第13話 魔王、作戦を決行する
昼間は観光を楽しんだのである。
ゼニゲーバ王国は、世界でもトップクラスの経済規模を誇る国だ。
人魔大戦において、この国だけは自国の軍隊を戦争に派遣せず、金や物資の支援だけに留めたのだから当然であろう。
かくして、各国はゼニゲーバ王国を非難した。
だが、王国は人的損失をほとんど出していない強みで経済力を高め、それらの国々を飲み込んでいったのである。
ホーリー王国が、ユリスティナを嫁に寄越せというゼニゲーバ王国の要請を断れなかったのは、そこに要因があろう。
かの国は、魔王軍と最も果敢に戦った国であるからな。
その分だけ、戦争が残した傷跡も深く負っている。
「いや……豊かなものだなあ」
「マウー」
「驚いた。市には多くの品物が並び、人々の衣装も色とりどりだ。ホーリー王国では未だに戦争から立ち直ることができていないというのに。男たちの数は減り、物だってあまり手に入らない。だが、あるところにはあるものだな……」
「うむ、そういうものであろう。さあ、夜までに英気を養おうではないか」
ユリスティナには、余計な情報は与えないようにしておくのだ。
企みの類が得意な女では無いからな。
我らは、赤ちゃん連れ歓迎のお店で食事をした。
ショコラは赤ちゃん用ランチセットをもりもり、うまうまと食べ、ご機嫌であった。
さらに、我らは洋服の店に向かった。
ゼニゲーバ王国では、服飾の職人に革命が起こっており、比較的安価な洋服が出回っているのだ。
ここで、ショコラ用の可愛い服を吟味する余とユリスティナである。
「やはりピンクじゃないか? ショコラちゃんは女の子だから」
「いや待て。髪色が瑠璃色だからして、青ではないか」
「ぬぬぬ、一理ある」
「では両方買おう」
「マウマー」
「だけど、ショコラちゃんもすぐに大きくなるだろう。同じ服というわけには行かない。服を作るために、布を買っていくのがいいかも知れない」
「おお……!」
余は、ユリスティナの発想に驚愕した。
そんなやり方があったのか……。
この女、やはり只者ではない。
余の目に狂いは無かった。
かくして、作戦に入る前におみやげをいっぱい買い込んだ我らである。
宿の部屋に一旦帰り、物を置いた。
「戻れ、パズス」
余が名を呼ぶと、魔将パズスが帰ってきた。
「ただいまですぜ魔王様!」
「うむ、報告を受けよう。そして、貴様にはショコラのお世話を任せる」
「ははーっ、謹んで拝命いたします!」
ここは、宿と他の建物の間の通り。
ユリスティナは宿で、ショコラを着替えさせているころであろう。
余も着替えたショコラが見たい……!
だが、ここは情報収集をしておかねばならないのだ。
「それで、どうだったのだ?」
「ははーっ。あの連中は、間違いなく魔法学院の人間ですね。んで、罠は魔法的なダメージを与える軍事用のものですね。本来はあっしら魔族を相手取ったものなんでしょうが、終戦しちゃって使い所がなくなったんでしょう」
「それを人間に使って威力を見せると? 下手をすればムッチン王子が死ぬではないか。いや、それが狙いか」
「でしょうねえ。あのおでぶ王子を死なせて、あっしら魔族に責任を押し付けるんじゃ? んで、戦争再開して魔法学院は存在感を示すと」
「救いようのない阿呆だな。それでは余が安心してショコラを育てられぬではないか」
「ですなあ。で、ガーディとか言うのを調べたんですけど、こいつは正体不明ですね。ただ、出現した時期が魔王様がちょうど失脚してた半年間なんで、もう臭い臭い。出所不明の出資と、ずば抜けた魔法の力で学院上層部に食い込んできたんだそうですな。で、今回の話はこいつのアイディアらしくてですね」
「ガーディという男を探し出し、なんとかせねばならぬな。ご苦労であった」
余はポケットから果物を出し、パズスに与えた。
パズスはウキウキいいながら、果物をパクパク食べる。
その後、ユリスティナと合流する。
新しいピンクの服を纏ったショコラは、それはもう可愛らしかった。
「どうだ、ザッハトール」
「うむ……うむうむ」
「ただでさえ可愛いショコラちゃんがさらに可愛くなった!」
「うむ……!!」
余は強く頷いた。
「……それで、お前の後ろにいる紫色の猿は」
「余と貴様が作戦を行っている最中、ショコラのお守りをする役割を負っている。先日も我らが狩りに出た時、ショコラの子守をしていて面識もあるゆえな」
「ウキキッ、お任せ下さい」
「ええ……」
ユリスティナが嫌そうな顔をした。
そんな顔をするのはよすのだ。
だが、結局はショコラをパズスに預けることになった。
「よーしよし、ショコラ嬢ちゃん、魔王様とユリスティナの姐さんが働くのを見守ろうなー」
「ピョピョ」
「いい子ですなー。よーしよし」
「ピョ、ンマー」
パズスが赤ちゃんをあやす腕前も悪くはない。
だが、あくまでお猿さん。
あまり長時間、ショコラのご機嫌は持たぬであろう。
作戦は迅速に行わねばならぬ。
余とユリスティナは、会場へと急いだ。
周囲はとっぷりと日が暮れ、街角には贅沢な魔法の明かりが灯されている。
壮行会会場に向かうに連れ、人通りが多くなってきた。
我らは街の細い通りに入り、そこで余が魔法を使用する。
「フロート」
浮遊の魔法である。
余とユリスティナ、パズスにショコラを対象にする。
ふわりと我らは舞い上がった。
そして、比較的高い建物の最上階に立つ。
「うわあ」
高いところから壮行会を見下ろしたユリスティナが呻いた。
眼下に広がっているのは、贅を尽くした宴である。
市民の参加は自由。
ムッチン王子と側近たちも集まっている。
おや、偽勇者一行もいるようだ。
彼らはどうやら、ムッチン王子に正式雇用されたようであるな。
「どれ」
余は目を凝らした。
会場のあちこちに、濃厚な魔力溜まりができている。
あれが罠か。
ええい、余の華麗なる作戦を邪魔しおって。
作戦の片手間に全ての罠を排除してくれる。
「いでよ四魔将、東のオロチ」
『待ち焦がれておりましたぁぁぁっ!! 魔王様ぁぁぁぁ!!』
「うむ。いよいよ貴様の出番だ。存分に暴れるが良い。幸い、人間のほとんどは壮行会に出てきているようだ。貴様は人がいなくなった建造物を破壊するが良い」
『はぁぁぁぁいっ! わたくし、大暴れいたしますっ!!』
半人半蛇、黒髪の女が夜の街に身を躍らせた。
その姿が、一瞬でシルエットになる。
そして、魔法の明かりに照らされたシルエットは膨れ上がり、巨大な蛇のものになった。
四魔将が一角、オロチ。
生半可なドラゴンであればひとのみにしてしまう大蛇である。
緑の巨体が地響きを立てて、ゼニゲーバ王都に降り立った。
壮行会に集まっていた誰もが、オロチに注目する。
余は、堂々と宣言した。
「よし、始めよ! 此度の作戦を以って、ショコラのお母さん役であるユリスティナから、不本意な婚約の呪縛を取り除く! 名付けて、婚約破棄大作戦!!」
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