第55話 魔王、チロルを弟子たちに会わせる
「それで貴様ら、どこに行くつもりだったのだ?」
食事が終わった母子に尋ねてみる。
ハンナは食事の礼を言った後、答えた。
「実は、魔界に行こうと思っていたのです。この子が暮らすにはそれしか……」
「そうか。だが魔界は人の足では辿り着けぬぞ?」
「え? 私達は歩いていったぞ?」
ユリスティナがいらんツッコミをしてきたぞ。
「いいかユリスティナ。貴様や勇者パーティは例外だ。素手で魔族を張り倒すような娘と一緒にするな」
「そう言うものなのか」
明らかに分かってない顔をするユリスティナ。
分かんないかなあ。
「魔界に向かうのは諦めよ。それに貴様、あまり体が強くないであろう。そして年端も行かぬ、赤ちゃんと子どもの間くらいのチロルだ。無理であるぞ」
「そんな……」
しょんぼりするハンナ。
夫が魔族だったらしいので、魔界に行こうと思ったのだろう。
「人は人の間で暮らすのが良いぞ」
「いえ……。この子は、人の間では拒絶されます……!」
「そうなの?」
「そうなのです。ひどい目に遭わされて」
チロルがハンナに駆け寄って、むぎゅっと抱きついた。
その頭を撫でるハンナ。
「人は、自分と違うものを恐れます。そして害しようとするのです」
だから人の間には居られないと言うわけか。
いやあ、どうだろうな。
「ここの人間は大丈夫だと思うぞ? 特に子どもは、不思議なものを受け入れられるようになっている」
「はい……?」
ハンナは不思議そうな顔をするが、イシドーロはうんうんと頷いている。
「ま、子供だけじゃねえがな」
「うん?」
「いや、こっちのことだ。っていうかザッハさん、気付いてなかったのかよ」
何を苦笑しておるのだ、イシドーロ。
「ほれ、ザッハさん、お弟子さんが来てるぜ」
「うむ?」
「先生ー!」
「イシドーロさんところに行ったって聞いたけど!」
「先生ー!」
ほう、あれは小さき人々の声。
余に教えを請いに来たようだ。
そう言えば、最近は魔法教室をお休みしていたな。
子どもたちの声に、ハンナは慌ててチロルを隠そうとした。
「いや、必要はないぞ。見てみよ」
イシドーロ宅にどやどやと入ってきた小さき人々は、見慣れぬ二人に気付いたようだ。
「新しい人だ」
「旅の人?」
「ちっちゃい子いる」
「マウマウマー」
ショコラがテーブルに掴まって立ち上がり、チロルのところまで歩いていく。
よろっとよろけた。
危ないーッ。
「ショコラチャン!」
チロルが咄嗟に動いて、ショコラを抱きとめた。
すると、ハンナで隠れていた角が見えるわけだ。
「角がある!」
子どもたちの指摘に、ハンナはギュッと目を閉じた。
チロルもおろおろとする。
だが、ここでチリーノが得意げに口を開く。
「魔界はもっと凄いのばっかりだったぜ? それにほら、うちの村、紫のお猿さんとか、すっげえ魔法使うザッハ先生とか、ぶん殴ってゴーレム蹴散らすユリスティナ様がいるんだぜ?」
「そう言えばそうかあ」
「角くらいはふつうだよね」
「ショコラちゃんと仲いいの?」
「ちっちゃいおねえちゃんだねー。かわいい!」
わーっと寄ってきて、チロルに話しかけたり、頭を撫でたりしてくる。
これには、ハンナとチロルの母子は目を丸くする。
「あの……なんで……?」
「ベーシク村はこのところ、奇妙なことが多くてな。というか、チリーノ、貴様ユリスティナがこの間の騒ぎで、外でゴーレムを殴り倒していたのを見に行っていたのか! 危ないではないかー」
「あっ!」
やべえ、という顔をするチリーノ。
全く、貴様が怪我をしたらブラスコとアイーダが悲しむではないか。
「良いか? ちょっと冒険をしたい時は、余に言うのだ。そうすれば、貴様らをビシバシと鍛えて、冒険できるだけの力をつけさせてやろう」
「ほんと!?」
チリーノばかりではない、小さき人々全員が目をキラキラと輝かせた。
いかん……!!
全員に言質を取られてしまった。
「うかつだぞ、ザッハ」
笑うユリスティナ。
イシドーロもゲラゲラ笑う。
「というかザッハさん、あんたやっぱり魔法が使えたんだな。いや、それどころじゃないだろって、村のみんなが知ってるが」
「なにっ!?」
衝撃が余を襲う。
一体どういうことなの……。
「なに、俺ら村人も、あのでかい戦争の後だろ? お人好しなだけじゃねえよ。それに、あんたが来たっていうオルド村、見に行ったことがある奴がいるのさ。あそこは人が住めるような状態じゃなかった」
なんたることであろう。
余の素性は、微妙にバレていたのだ。
「何ということだ。余が巧妙に正体を隠していたというのに」
すると、イシドーロもユリスティナも、子どもたちも笑った。
「ワラッテル」
「マウー」
きょとんとするチロルのほっぺを、ショコラがぺたぺたと触った。
「ショコラチャン、ヤワラカーイ」
「ピャア」
「こんな場所があったなんて……。チロルを受け入れてくれる場所が……」
呆然とするハンナ。
「時代は変わるぞ。人も魔も無い、そういう時代になる。この子どもたちは、そういう新しい時代を作っていく者たちなのだ。どうだ貴様。ベーシク村で暮らしてみぬか?」
「ああ。住む所なら、うちがちょうど部屋が余ってる。好きに使うといい」
余とイシドーロの言葉に、一瞬だけハンナは無言だった。
そして、じわりとその目に涙が浮かんできて、彼女はこくりと頷いたのだった。
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