第56話 魔王、魔族の子を子ども園に連れて行く
ということでだ。
チロルの子ども園デビューを果たしてしまおうという事になった。
ハンナはまだ少し及び腰である。
だが、この村の子どもはあれである。
ドラゴンの赤ちゃんであるショコラを見慣れているのだ。
不思議と、年の浅い子どもには、余の幻術が通用せぬのである。
今ふと思ったが、まさか余の本当の姿も見破られてはおるまいな?
「ピャ、ピャー」
「ヘイキカナ、コワイナ」
チロルは不安そうに、ハンナに抱きついている。
角があって、肌の色が青白いが、それを除けば人間と変わらぬ。
魔族など、全く姿かたちが違う物がたくさんいるのだぞ。
ちょっとくらい姿が違うくらいで、相手を無駄に差別したりなど、人間というのはおかしなものであるな。
「大丈夫だよ! うちの村の子、みんな優しいから!」
チリーノが、チロルを安心させようとしている。
彼は魔界で、周囲全部が魔族という状況を体験してから、一回り大きくなったようである。
細かいことを気にしなくなったとも言う。
「ホント?」
「ほんとほんと!」
「だよなー」
「パズスちゃんだって、羽の生えた紫のお猿さんってふつうに考えたらまぞくだよねー」
「えっ!?」
我が弟子たちから衝撃的な言葉が飛び出してきて、余は思わず振り返る。
パズスは、子どもたちに怪しまれる事なく溶け込んだのではなかったのか……!?
「ザッハ。パズスの事は誰だって分かると思うぞ? 気付いてなかったのはお前と四魔将たちくらいではないか?」
今さらになって、ユリスティナが指摘してくる。
そうかー。
余と四魔将たち、普通ではないと知られてしまっていたのかー。
衝撃の事実である。
人間は思ったよりも鋭いのかもしれぬ。
「ザッハが大雑把過ぎるだけではないか?」
「まさかユリスティナに言われるとは……!」
ということで、子ども園到着なのである。
今日は、子どもたちも赤ちゃんたちも、外で遊んでいる。
赤ちゃん用に
我らが現れると、皆の視線が集中した。
チロルが、身を縮めて視線から逃れようとする。
「つのがある!」
「あたらしいこだ!」
わーっと子どもたちが集まってきた。
「ピャピャー」
ショコラが、チロルに向かって手を伸ばし、その背中をぺたぺた触る。
「ショコラちゃんのともだちなの?」
「そっかー、ショコラちゃんのともだちなんだねー」
おっ、子どもたちが納得したようである。
「あそぼ!」
「あそぼー!」
子どもたちが、チロルに声を掛ける。
この子たちはまだ、名前をもらう年齢になっていない。
割と自他の境界線が曖昧な年頃であるな。
それで、ショコラというとびきり変わった赤ちゃんが身の回りにいるようになった。
故に角があるくらいでは全く動じない。
「……イジメナイ?」
「いじめないってなに?」
「あそぼ!」
ハンナはびっくりしていたようである。
そして、チロルと目を合わせ、頷いた。
「大丈夫よ」
「ウン」
チロルが地面に下ろされる。
すると、子どもたちが彼女の手を引っ張って、砂場に連れて行く。
「これからおっきなへいをつくるの!」
「へいが、へいへい! ってゆうの!」
余が作った塀ゴーレムなー。
今も元気に活躍しており、外から近づく不埒者をヘイヘイ言いながら追っ払っている。
チロルは子どもたちからスコップを手渡され、最初は戸惑っていたようである。
だが、皆がめいめいに砂をほじくり返し、せっせと塀を大きく育てているのを見ると、一緒に砂を掘り始めた。
「ウエニノセルノ?」
「そう!」
「じょうずー!」
きゃっきゃとはしゃぎながら、みんな遊んでいる。
子どもたちの中でも、特にチリーノの弟と妹はショコラに慣れ親しんでいる。
チリーノの妹が、チロルの横にやって来て、
「わかんないことは、ぜーんぶあたしにきいてね! まかせて!」
とお姉さんぶっている。
「あっ! ぼくだっておしえるから、ぼくにぜーんぶきいて!」
チリーノ弟が参戦である。
「ちい兄ちゃんじゃま! このこはあたしがおせわするのー!」
「なんだよー! ショコラちゃんだってひとりじめしてるくせにー!」
「なーになーに?」
「けんかはだめだよー」
「アワワ」
子どもたちがわいわい集まってくる。
チロルはおろおろ。
だが、そこに年上のお兄さんお姉さんたちが参戦である。
我が弟子たちよ、行くのだ。
「よし、ここは俺たちにまかせろ!」
「みんなで塀のべつのところを作ってね、いちばん大きくするか、かっこよくできた人が、チロルちゃんのお兄ちゃんかお姉さんでどう?」
「おー!」
「おっきく!」
「この子なまえあるんだねー。ショコラちゃんといっしょだー」
小さい子どもたちは、その方法で納得したようだ。
一斉に、塀を肥大化させていく作業に掛かる。
ハンナはこれを見て驚いていたようだ。
そんな彼女に、今日の子ども園担当の奥さんたちが声を掛けてくる。
「新しく暮らすことになった方? よろしくね」
「ここはみんなで助け合ってるの。どの子どもも、村みんなの子どもなのよ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「うむ。余からもよろしく頼むぞ」
余は奥さんたちに告げたあと、腕の中でもぞもぞ動いていたショコラを、赤ちゃんたちに向かって放流する。
「マウマー!」
「だうー!」
「あぶー!」
赤ちゃんたち大盛り上がりである。
「この村はね、ザッハさんが来てから、小さい子が亡くならなくなったの」
「病気があってもね、ザッハさんがやって来てすぐ治してしまうの。だから、この村にいれば安心よ。苦労したでしょ」
「はい……。こんな素晴らしいところがあったなんて……」
ハンナは感激している。
だが、余としては病気のたびに呼ばれるのもちょっと大変なので、最近はこの役割をベリアルに委譲しようかと考えているのだ。
「エーイ!」
「わー! チロルちゃんすごい!」
「へいがまるくなった!!」
「へいがふとった!」
わーっと盛り上がるお砂場。
すっかり、魔族の子チロルも受け入れられたようであるな。
良いことだ。
ベーシク村は本日も異常なし、なのである。
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