第九章 ホーリー王国は不景気なり

第57話 魔王、ホーリー王国からの便りを受け取る

 新たな仲間が増えたベーシク村。

 余が想像していた以上に懐が深いこの村に、ハンナとチロルの親子もすっかり慣れてきたようである。

 しかし驚いた。

 まさか余が魔王とまでは行かなくとも、何か魔に属する者であることに村人が気付いていたとは。

 人間恐るべしである。


「私としては、ザッハに隠す気があったかどうかすら怪しいと思うのだが」


「なにっ。余はそんなに分かりやすかったのか!?」


「それはそうだろう。普通に、人はそんな尊大な口調で話さないしな」


「なんということだ」


 完璧と思われた余の計算に、よもや穴が空いていようとは。

 この辺りの話を四魔将にしたのだが、


「ウキキッ、そりゃびっくりかもですけど、あっし普通に猿としてありえない体色で翼までありますからね! スルッと受け入れられてむしろびっくりしましたよ」


「魔王様の完璧な擬態に気付くなんて! やはり人間は危険ですわ! でもそれを許す寛大な魔王様も素敵!!」


「御意」


「姉貴それしかいわねえな」


「私はてっきり、我が偉大なる魔王はあえてその片鱗を見せることで、人間の民を従わせているのだとばかり思っていましたが」


「何というか貴様ら、参考にならぬなあ」


 流石というか何と言うか、こやつらの感覚は余に近いので、余が気づいてなければこやつらも気付いてないのは当然と言えよう。

 これはいかんな。

 余はもっと、余に無き感性を持ったパートナーとして、ユリスティナの言葉に耳を傾けねばならぬ。


「ザッハ、寝室で四魔将を集めて何を話しているんだ? 今日は私の朝食当番だからな。そいつらも食べていくといい」


 ユリスティナが呼びに来た。

 ということで、せっかくなので四魔将にも、彼女のスクランブルエッグを食べさせるのである。

 相変わらず、全ての卵料理をスクランブルエッグに変える卵の錬金術師ユリスティナ。

 しかし、スクランブルエッグの腕前は確実に上がっている。

 美味い。


「マウー!」


 最近、手づかみでご飯を食べられるようになったショコラ。

 スクランブルエッグをむんずと掴むと、もぐもぐもぐーっと食べる。


「あーっ、ショコラ、手が油で汚れるであろう」


 油を弾く魔法で、ショコラの手をきれいにする余。


「すっかりショコラちゃん、自分で食べられるようになりましたなあ」


 ショコラとの付き合いが長いパズスが感心している。

 ショコラは、そんな目の前の紫のお猿が、スプーンを使って器用にスクランブルエッグを食べるのを、じぃーっと見ている。


「ピャ?」


「ショコラ、あれはスプーンだぞ」


「ピュピューン?」


「おっ」


「あっ」


 それっぽい言葉を口にしたショコラに、余とユリスティナがガタッと立ち上がる。

 ベリアルが真剣な顔をして、口を開いた。


「これはまずいですよ魔王様。ショコラ様が初めて口にされる言葉がスプーンでは、一生の思い出が台無しです!」


「そう言えば……」


「パパかママがよろしいでしょう」


「パパとママだと!?」


「パパとママ!!」


 余とユリスティナに衝撃走る。

 我らは視線を交わしあい、ショコラにちゃんと喋らせる言葉は、パパかママを最初にしよう、と固く誓い合うのだった。




 食事が終わり、ブリザードとフレイムがいつもの仕事に出掛けて行った。

 オロチは余の護衛だと称して、四魔将の控え室へと姿を消す。


「あっしは今日はお休みです。村の中をぶらぶらしようかと、ウキッ」


「ほう、では私と散歩でもするかね? 村を見下ろす丘でサンドイッチでも食べようではないか」


「いいですなベリアル殿!」


 ということで、ベリアルとパズスは散歩に行ってしまった。

 こやつら良く働いているからな、たまには休んでもらわねばだ。

 そして、そろそろショコラが子ども園に行く時間だ。


「ショコラちゃーん!」


「イッショニイコー」


 扉の外から元気な声が聞こえた。

 チリーノの妹と、チロルがショコラを迎えに来たのだ。

 あの二人はすっかり仲良しになり、子ども園の外でもしょっちゅう遊んでいるらしい。

 チリーノ妹としては、新しい妹ができてお姉さん気分を満喫できるのであろう。

 魔族とドラゴンが妹なのである。

 考えてみると凄いな。


「よし、では我らも行くか。ショコラ」


「マーウ!」


 ショコラはテーブルにつかまって立ち上がると、よちよちと歩いて乳母車の所まで来た。


「マウマウ!」


「よーし、ショコラ、乳母車に乗り込むぞ」


「ピャー!」


 ショコラを持ち上げて、乳母車へとドッキングである。

 威勢よく声を上げるショコラ。


「では行こうか。待たせたね、二人とも」


 ユリスティナが戸を開けると、元気一杯のショコラのお姉さん二人が飛び込んできた。

 後ろには、今日の子ども園当番であるハンナが一緒である。


「ショコラちゃんくるまでいくの?」


「アルコ、アルコ」


「ピョ?」


 ショコラは、お姉さんたちからお誘いを受けて、何か考える風である。


「ピャ!」


「ほう、ショコラ、今日は歩いて通ってみるのか!! 挑戦であるな。だが、その意気やよし!!」


 余は、ショコラの挑戦心を尊重することとした。

 最近では、家の中をよちよちと歩き回るショコラである。

 お外デビューをしても良かろう。

 こんな日のために、ユリスティナが戦闘にも使える強度の赤ちゃん用靴を編み上げている。

 乳母車は念のため、余が押していくと。


「ショコラ、ついにこれを履かせるときが来たんだね……!」


 ユリスティナがしゃがみ込み、ショコラに可愛い靴を履かせる。

 これは牛の毛とミスリルの糸で編み上げたものに、余が保護の魔法を掛けている。

 魔法的な守護だけで言えば、世界でも五指に入るマジックアイテムであろう。


「ショコラちゃんのおくつかわいい!」


「キレイ!」


「よし、では二人にも今度作ってやろう」


 自分の作品を褒められて、ニコニコのユリスティナ。

 ショコラのお姉さん二人は、「ヤッター!」と大喜びである。


 そのような流れで、我らは今日も子ども園へと向かう……のだが。


「おーい! 先生ー! ユリスティナ様ー!」


 村の入口から走ってくる者がいる。

 誰かと思えば、チリーノではないか。

 後ろに、見慣れぬ男を連れている。


「どうしたのだ、チリーノ」


「あのね、ユリスティナ様に、ホーリー王国からお手紙だって」


「ほう」


 見慣れぬ男は、ベーシク村を管轄する貴族の部下らしかった。

 ホーリー王国から直接の手紙が送ってこられたので、慌ててやって来たのだという。


「実家か」


 ユリスティナが顔をしかめた。

 手渡された、格式高い作りの手紙を雑に開封する。

 紋章印を押された封蝋をぷちっと外して捨て、取り出した手紙に目を通した。

 そして、ため息。


「どうしたのだ?」


「ザッハ。実家が私に、お見合いをしろと言ってきたのだ」


「なんだと」


 またか。

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