第58話 魔王、出掛けるばかりでも良くないと考える

「どうしたのー?」


「ドウシタノ?」


 チリーノの妹とチロルが首をかしげている。

 いざ子ども園! というところで、足止めを食らっているからである。


「ユリスティナよ。その辺りはこの後考えればよい。なに、余に任せておけ」


「ああ。こういう厄介ごとが起こったとき、ザッハは頼りになるからな」


 ということで、ホーリー王国からの便りの話は一時棚上げとなった。


「いこ、ショコラちゃん!」


「テヲツナゴ!」


「マウー!」


 ショコラはお姉さん二人に両手を繋いでもらい、トコトコと歩いていく。

 おお……。

 ついこの間、卵から孵ったばかりだと思っていたのに。

 もうトコトコ二本の足で歩いているのだ。

 はて、ドラゴンは二本足で歩くのだったか……?


「ザッハ、何を百面相しているんだ。それより、ショコラはまだ、いつ転ぶかわからないからな。転んだら泣くぞ。備えておかないと」


「確かに」


「ピャアーピャアー」


「あっ転んだ!」


「泣いた!」


 駆け寄る、余とユリスティナ。

 助け起こそうとしたところ、ハンナが「ちょっとお待ちになって」と止めて来る。


「人生はたくさん転ぶものです。いつも助けていたら、その子は、いつでも助けてくれるものだと思って大きくなってしまうかも知れません」


「おお……!」


 なんということであろうか。

 余とユリスティナは、目から鱗が落ちる思いである。


「応援しましょう!」


「うむ! 頑張るのだ、ショコラー!」


「ショコラ、たっちして、たっち! 私の手を取ってたっち!」


「ピャ……」


 涙とか鼻水でびしょびしょのショコラだが、ハッと顔を上げてユリスティナを見る。

 ショコラを見守る、チリーノの妹とチロルも、ぐっと拳を握り締めている。


「がんばれ、ショコラちゃん!」


「ショコラチャンガンバッテ!」


「マ……マウー……!!」


 ショコラ、ぐっと手を伸ばし、ぷにぷにの指先でユリスティナをむぎゅっと掴んだ。

 そして、立ち上がっていく。

 ちなみに転んだときに発生するダメージは、靴に掛かった魔力が軽減している。

 全てのダメージを九割軽減する効果を持っているのだ。

 だがちょっぴり痛い。

 転んだら痛いものなのだ。


「マーウー!!」


「うおおおおお! ショコラが一人で立った! よくやったぞショコラ!!」


「頑張った……! ショコラはがんばった!」


 ぎゅっとショコラを抱きしめるユリスティナ。


「やったー!」


「ヤッター!」


 お姉さんたちからも喜びの声。

 ショコラは今、大きな壁を一つ乗り越えたのである。

 感動である。






「ショコラが成長するに当たって、とても良い環境であるベーシク村から離れるのはどうかと思うのだ」


「確かに」


 ユリスティナが深く頷く。

 ここは、子ども園の庭である。

 本日は、子どもも赤ちゃんもみんなで砂遊びをしている。

 赤ちゃんが口に砂を入れてしまわぬよう、見張りの大人は真剣な眼差しだ。

 何、安心せよ。

 余が魔法で、赤ちゃんたちの口の周りに砂限定の魔法障壁を張ってある。


 砂場はそれなりにばっちいのだが、ここで遊ばせて、ある程度余が子どもたちの体調を管理する魔法を使うと、皆に病気などへの耐性がつくようである。

 これは必要な事であるので、余が子ども園担当になってより、砂遊びは推奨している。

 ちなみにこれら、体調管理の魔法などは、余の弟子たる小さき人々にも何人か使えるものが出てきている。

 ゆくゆくは、この仕事を彼らに委任するつもりである。

 さて、話を戻そう。


「つまりユリスティナ。貴様はお見合いなど受けたくないのだな?」


「無論だ! 私にはショコラがいる。この子をおいてどこかへ行けるものか!」


 名前を呼ばれたショコラが振り返って、「ピャ」と手を振ってきた。

 以前は周囲の真似をして、手を握ったり開いたりするだけだったのが、今では自分の意思で手を振ったりできるのである。

 赤ちゃんの成長は早い……!

 なるほど、このような赤ちゃんから目を離すわけには行くまい。

 一分一秒がドラマである。

 しかしだ。

 これまでユリスティナの好きにさせていたホーリー王国が、今になって見合いせよと言って来るのは、相当なことである。


「何か、かの国で起こっているのかも知れぬな。そもそも、ホーリー王国は戦争で受けたダメージから回復しきれておらぬのだろう?」


「ああ。そんな中、第二王女である私が王国を離れたのは今となっては心苦しい。だが、私も今や、守るものを手に入れたのだ」


「分かる。余もだ」


 うんうん、と頷きあう余とユリスティナ。

 ハンナと、今日の子ども園担当の奥さんがこちらの会話を気にしている。

 奥さんたちは、ゴシップが大好物なのである。

 いらぬ詮索をされるよりは、こちらから話題を振ろう。


「実は、ユリスティナにホーリー王国から見合いの話が来てな」


「ええー!? ユリスティナ様にはザッハさんがいるのに」


 そういう反応が得られたので、余とユリスティナは生暖かい微笑を浮かべた。


「でも、私たちでもホーリー王国の台所事情が厳しいっていう話は聞くものね。どこか裕福な国と親戚になって、支援してもらうつもりなのかしら」


 十中八九そうであろう。

 それが最初はゼニゲーバ王国であり、相手がムッチン王子だったというだけだ。


「私としては、ムッチン王子に特に含むところは無いのだが、ほら。姉上がガイと結婚した直後だろ……?」


「あー」


「あー」


 余と奥さん、分かる分かると頷く。

 ハンナは良く分かっていないが、説明することでもなかろう。

 勇者ガイに振られて傷心であったユリスティナは、すぐに結婚するという気持ちではなかったというだけのことだ。

 この時代、恋愛で結婚するものなどほとんどおらぬ。

 家同士の縁によって結びつく事が全て。

 故に、ユリスティナも政略結婚自体は嫌ではない。

 むしろ、そういうものをするのが王族だと教えられて育ったのである。


「だが、今の私にはショコラがいる……! ショコラを残してはいけないし、ショコラにはこの村が一番いいのだ!!」


「分かる」


 余は何度も頷く。

 よって、この見合いは受けるわけにはいかぬ。

 かと言って、ホーリー王国を窮乏のままにしておくわけにもいかぬ。


「ではユリスティナよ。これからしばらく、昼はホーリー王国に通ってその辺りを相談していこうではないか」


「なに!? お前、ホーリー王国まで日帰りで移動する手段が!?」


「長距離移動魔法、ワールドトラベルがある」


「そうか、そう言えば魔界にもその魔法で移動したのだったな! ……おや? その魔法はボップも使うが、確か行ったことがある場所にしか向かえないのでは無かったか?」


「うむ、だから行けるぞ? 余は戦争中、ホーリー王国に遊びに行ったりしていたからな」


「な、な、なんだとぉ!?」


 仰け反るユリスティナ。

 全く、あの時、ホーリー王国で勇者パーティに、大魔導師トルテザッハが会ったではないか。

 あれは余だぞ?


「ということで、ホーリー王国までの日帰りが可能なのだ。これでよかろう?」


「うむ……うーむ……分かった。分かったが……。どうも、私たち勇者パーティはお前の手のひらの上で転がされていたのではないかという気がしてくるのだ……」


 鋭いな、ユリスティナ。

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