第59話 魔王、ホーリー王国で思わぬ再会をする

「では行って来るのである」


「いってらっしゃい。子ども園は夕方には閉じるから、それまでに帰ってこれなかったらイシドーロさんのお宅で預かっておきますね」


「ええ。お手数をお掛けします」


 余とユリスティナは、ハンナにショコラのお世話をお願いした後、すぐさまホーリー王国へと旅立つのである。

 もう、余が魔法を使えることは村人に知られているようなので、子ども園から直で行く。


「なになにー?」


「ショコラちゃんのお父さんがまほうつかうんだって!」


「すげー」


「みせてー」


「あぶぶー」


 子どもたちに赤ちゃんたちまで寄ってきた。

 ショコラは泰然としたもので、「マウー」と我らに手を振っている。

 あの年でたくさんのイベントをこなしてきた赤ちゃんだ。

 目つきが違う。


「では行くぞ」


「ああ。……なんで手を繋がないといけないのだ?」


「接触した相手に限定せぬと、周囲の子どもや赤ちゃんまで連れて行ってしまうからな」


「そうか……ならば仕方ない」


 余はしっかりとユリスティナの手を握り、魔法を使用した。


「ワールドトラベル!」


 我らの体が、凄まじい勢いで空に向かって撃ち出される。

 目を丸くして見上げる、奥さんたちと子どもたちを眼下に、あっという間にベーシク村上空へと到達した。

 そして、ホーリー王国目掛けて一直線に飛ぶ。

 ベーシク村から魔界よりは全然近いので、大体十分くらいで到着した。


「よーし」


 我らはホーリー王国の門の前に降り立つ。

 急に我らが現れたので、門番は驚いたようだ。


「な、なにやつ!?」


「私だ」


 ずい、と歩み出るユリスティナ。

 ホーリー王国において、彼女の顔と名を知らぬ者は無い。


「ユ……ユリスティナ様ーっ!?」


「お戻りになられたのですか!!」


 門番の兵士たちは慌てて、直立不動の姿勢になった。


「お帰りなさいませ、ユリスティナ様!」


「どうぞお通り下さい!!」


「ああ。ご苦労だったな、お前たち」


 ユリスティナは門番たちを労いながら、門をくぐっていった。

 余も後ろに続いて、トコトコと歩いていく。


「ユリスティナ様、この男は何者で?」


「私の連れだ。通しておくように」


「はっ」


 ちょっと怪しんだものの、ホーリー王国の第二王女にして最強の聖騎士、さらには勇者パーティの一員として魔王を倒した大英雄の言葉である。

 従わぬわけが無い。

 余は何もとがめられることなく、入国をパスしたのだった。


「この国に来ると、ユリスティナの権威の凄まじさを思い知るな」


「魔界でのザッハと同じだろう? それに私の顔が利くのは、せいぜいこの小さな王国くらいだ」


 どこに行ってもファンがいて、魔界ですら高い発言力を持つ姫騎士が何か言っている。


「ユリスティナ王女殿下、ご帰還!!」


 門番が大きな声で叫ぶ。

 すると、門の詰め所にいた兵士がわーっと飛び出してきて、みんな一列に整列した。

 ラッパが吹き鳴らされ、どんどこ太鼓が鳴り響く。

 これに気付いた国民たちが、うわーっと集まってきて、ユリスティナのために道を作った。


「お帰りなさいませ、ユリスティナ様!!」


「我らの聖騎士、ユリスティナ王女殿下!」


 国民にめちゃくちゃ愛されているではないか。

 それはそうか。

 この国の王族で、英雄で、しかも見目麗しいとびきりの美女で、しかも余が知る限りにおいてユリスティナには一切の黒い噂がない。

 余が知らぬということは存在しないということである。

 彼女はこのままホーリー王国に残っていれば、姉のローラ王女を蹴落とすことすら容易いほど、全国民と軍部から敬愛されているのであった。


 なるほど、そう考えたら、これ以上に危険な人間はおらぬな。

 何せ、ユリスティナがいるだけで、国中の求心力は彼女に根こそぎ吸い上げられる。

 王位継承権も関係なしだ。

 しかも、仮に暗殺しようとしても、生来の聖騎士で人間という次元を超えた強さを持つ彼女には、毒も生半可な刃も通じない。

 というか余の魔闘気攻撃を食らって、単身でこれを防ぎきれる人間はユリスティナしかおらぬだろう。


「なんというか、分かってはいたがこそばゆいな」


 ユリスティナは大変居心地が悪そうだ。

 この、己の人気に驕らぬ辺りも人気の理由であろう。


「ところでユリスティナ様の後ろにいる男は誰だ?」


「あら、結構いい男じゃない」


「堂々としてて、王様みたいな態度だなあ」


 余についても色々言われておるな。

 だが、その真実はまだ語るべき時ではないのだ。


 国民たちが作った道を歩く我らである。

 その前に、二つの影が立ちふさがった。

 いや、立ちふさがったというか、彼らはユリスティナを迎えるためにやって来たのだ。


「ユリスティナ! 久しぶりだな!」


「久しぶりね、ユリスティナ。少し綺麗になったんじゃない?」


 勇者パーティの一員であった二人。

 戦王ファンケルと、魔拳闘士ラァムである。

 一年ぶりくらいであろうか。

 ファンケルは落ち着き、ラァムからは荒々しさが抜け、柔らかな雰囲気に変わっている。


「二人とも! ホーリー王国に来ていたのか!」


 ユリスティナの顔も笑顔になる。

 彼らは歩み寄り、再会を喜び合った。

 うむうむ。

 美しきかな、勇者パーティの友情。


「俺たちは、ガイに呼ばれてな。たまには顔を見せに来てくれってさ」


「私たち、色々忙しいんだけどね?」


 笑いあうファンケルとラァム。

 余の恋バナセンサーは、二人の左手の薬指に光る指輪を見逃さなかった。


「ご結婚おめでとう……!!」


 余は思わず、二人を祝福しつつ拍手してしまった。

 二人が出会った頃からずっとウォッチしていた身としては、なかなか感慨深いものがある。


「お、おう、ありがとうな」


 いきなり見知らぬ男に祝福され、戦王ファンケルは照れて頬を掻いた。

 ラァムも余に微笑みかける……が。

 彼女の表情が強張った。


「みんな離れて! ユリスティナ、その男がどんな存在なのか分かって連れてきたの!? こいつ……恐ろしい魔闘気を纏っているわ!!」


 勇者パーティの再会をほっこりと見守っていたホーリー王国民たちは、この言葉にざわつく。


「ほう……さすがは魔拳闘士ラァム。魔闘気と相反する聖なる闘気の使い手よ。だが、いささか感覚が鈍っていたようだな。この距離まで余を近づけるとは」


「なん……だと……!?」


 驚愕するファンケル。

 身構える勇者パーティの二人を前に、余はユリスティナの隣に歩み出た。


「初めまして……! ユリスティナのパートナーを務めているザッハである……!! これはお近づきのしるしだ……!!」


 余は彼らに向かって、持ってきていたものを差し出した。

 ベーシク村名物のパンと牛乳である。


「あ……これはどうも」


 機先を制されたラァムは、思わずそう返すのだった。

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