第八章 やってきた母子
第52話 魔王、久々に子ども園に行く
ベーシク村に帰還した翌日である。
昨夜は、村中に魔界土産を配るので大忙しであった。
今日は久方ぶりに、ショコラを子ども園に連れて行くとしよう。
「ショコラ、お友達と会えるぞ」
「ピャーウー」
朝ごはんを綺麗に平らげたショコラは、笑顔で答えた。
うむ、やはり何を言っているのかさっぱり分からぬ。
ショコラを着替えさせると、乳母車に載せた。
「マウ!」
ショコラがお気に入りのポジションにつく。
乳母車では、赤ちゃんは取っ手側に頭を向けて寝る事が多いようだ。
だが、ショコラは這い這いの要領で、前方にしがみついて周囲の光景を見える状態にすることを好む。
乳母車の重心的に、前のめりになってしまいそうな状態である。
そこは名工イシドーロ。
しっかりと対策が取られていた。
「ショコラお散歩モードに変形である!」
「マウー!」
乳母車の後方に、錘を装備する。
ショコラの体重が増すに連れ、この錘を重くすれば良いのだ。
これで乳母車の重心が前後で拮抗する。
「行くぞショコラ」
乳母車が走り出した。
搭載されたショコラは、ピャーピャー言いながら、目に付くものに片っ端から手を伸ばそうとする。
最近、どんどん活動の量が増してきたショコラである。
家の中にある、手が届くものでショコラのよだれの洗礼を受けていないものは存在しない。
しかもドラゴンなので、手を触れようとしたお花が行き過ぎたら……。
「ピャ!!」
ふわっと飛び上がるショコラ。
ついに、人間の赤ちゃんモードのまま自在に飛べるようになったか!
乳母車に、幻で隠された尻尾を引っ掛け、お花をむぎゅっと掴む。
「マーウー」
「あらショコラちゃん……って凄い体勢!」
「おっと!」
お花の持ち主である奥さんがびっくりしたので、余は素早くショコラを抱っこした。
「お花を握ってしまったようだ。済まぬな」
「気にしないで。赤ちゃんはなんにでも興味があるものだもの。それにこれ、食べても大丈夫なお花だから。ああ、ザッハさん、お土産のビスケット美味しかったわ」
「それは良かった。お花の件も感謝である」
余は、ショコラにあむあむとお花を食べさせつつ、子ども園へと急いだ。
到着すると、ショコラのお友達が待っていた。
男の子三人、女の子二人の赤ちゃんたちである。
「ピャー!」
「あばー!」
「まむー!」
ショコラの登場に、赤ちゃんたちがキャーッと喜ぶ。
彼らの目には、ショコラは元のまま、ドラゴンの赤ちゃんとして映っているのだ。
よく食べ、よく眠り、そしてパワフルで活動的なショコラは、赤ちゃんたちのアイドルである。
「マウマー」
「あぶぶ」
「だー」
ショコラを交えて、六人の赤ちゃんが車座になって、だあだあ、ばぶばぶと遊び始めた。
「ザッハさん、昨日はお土産ありがとう」
今日の子ども園当番の奥さんからもお礼を言われる。
「なに、常日頃からショコラが世話になっておるからな。余とユリスティナからの感謝の気持ちである」
「うちの子も喜んでねえ。でも、一番喜んだのがうちの旦那で。ザッハさんからのお土産だから、亭主の俺が食わないとだめだよなーって」
「甘いものに飢えておったのかも知れぬな」
余と奥さんたちで、ぐはは、おほほ、と笑いあう。
余がおらぬ間、ベーシク村はどうであったかの近況などを聞くことになった。
その流れで、衝撃的な情報を余は聴くことになる。
「そうそう。あの子ね、最近つかまり立ちができるようになったんですって」
「な……なんだと……!?」
余の脳裏に衝撃走る……!
つかまり立ちということは、二足歩行で動き回る寸前ではないか。
赤ちゃんとして一つ、高次元の赤ちゃんへと進化するということである。
「ほら、たっちしてみて、たっち」
奥さんが、つかまり立ちをマスターしたという赤ちゃんの下へ行き、連れてくる。
赤ちゃんは不思議そうに世を見上げていたが、近くの棚に、うーんと伸びをして手を掛けた。
そして……おお……!
小さい体が、徐々に起き上がっていくではないか……!
「あぶうー」
「立った……!?」
余の脳裏に衝撃走る……!
今正に、この赤ちゃんは新たなステージに立ったのである。
「では、もしやショコラも……?」
「そうだろうねえ。ショコラちゃん、這い這いはたくさんしてるんでしょ? だったらそろそろ、つかまり立ちし始めると思うよ」
「ぬうーっ!!」
なんと言うことだ。
ショコラにも進化の時が近づいておったのか。
ついこの間まで卵だったと思ったが……。
そう言えば、せっせとたくさんご飯を食べ、ショコラは大きくなっておったな。
太ったと思ったが、縦にも大きくなっていたので単純に成長していたのだ。
こうして見てみると、他の赤ちゃんと比べてもショコラはちょっと大きい。
つまり、いつ立ってもおかしくないということである。
これはユリスティナと情報を共有せねばならんな。
「ショコラ、貴様も近々、あのようにたっちできるかも知れぬのだな。赤ちゃんの成長とは早いものだ……」
「ピャウー?」
ショコラは首をかしげた。
そして、お気に入りの場所である余の膝の上に登ってくる。
いつもであれば、余の膝の間にお尻を乗せてまったりするのだが……。
今日は少し違った。
ショコラは余の肩に手を伸ばすと、
「マムムムムー」
何か真剣な顔で唸りながら、ぐうっと足に力を込めたのである。
ま、まさか────ッ!?
「きゃー、ショコラちゃんが立ったわ!」
「ザッハさん、おめでとう!」
なんと言うことだ!
ショコラは余に掴まったまま、二本の足で立ち上がったではないか。
「ばかな……、ついさっき赤ちゃんが立ったところを見たばかりであるぞ? それを見たショコラが立ち上がる……!? 早い、早すぎる……!! だが、凄いぞショコラ……!!」
「マウー」
足をぷるぷるさせるショコラ。
ドラゴン赤ちゃんであるショコラの場合、普通の赤ちゃんよりも、翼や尻尾があるので足が支えるべき体重が多いのである。
足を鍛えねばな……!
「よし、今宵はショコラつかまり立ち記念として、ご馳走を作らねばならぬな!!」
余はショコラを抱き上げると、高い高いした。
ショコラは良く分からないなりに、今夜がご馳走であるということだけを理解したようだ。
よだれを垂らしながらニコニコ笑うのだった。
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