第53話 魔王、イシドーロと共に旅人親子に出会う
「ショコラがたっちしただと!?」
衝撃を受けるユリスティナなのだった。
家に帰った後、余はいかにショコラが成長したのかを克明に語った。
ユリスティナはその歴史的瞬間に立ち会えなかったことを大変悔しがり、ふて寝した。
ということで、夕食も余が作ったのである。
夕食は猪肉のシチューであったので、ユリスティナはすぐさま起きてきて、ショコラを膝の上に載せ、二人一緒にもりもり食べた。
そして、ご飯を食べている途中、ショコラはスッとテーブルに手を付き、ユリスティナの目の前でつかまり立ちをしたのである。
「あっ!! ショコラが! ショコラがたっちしてる!!」
「なんと、本日二度目だと……!? やはり、ショコラは天才かも知れぬ」
余とユリスティナの心が一つになった。
我らは赤ちゃんの健やかなる成長を祝い、そしてその日は寝ることにしたのであった。
朝の事である。
「おうい、ザッハさん! 起きてるかー!」
扉がガンガンと叩かれた。
乱暴なようだが、あれはノックであろう。
ユリスティナが目を開けたが、「殺気を感じない」とかむにゃむにゃ言った後、また寝てしまった。
「ピャピャー」
「ショコラはすっかり起きてしまったな。ふむ、あの声はイシドーロだ。どうしたことであろうな」
余は廊下に顔を出して、
「ショコラのおむつを替える故、少々待て」
と発した。
イシドーロ、大人しく玄関前で待つ。
ショコラは新しいおむつになり、ご機嫌である。
最近のこの子は寝起きがよくなっているなあ。
ショコラがくるりとうつ伏せになり、猛烈な勢いの這い這いで余の膝をよじ登ってくる。
よーし、抱っこだ。
「待たせたなイシドーロ」
「いやいや。早朝に押しかけた俺も悪いんだ。もらった工具、すげえ調子がいいぜ。硬い木材だって、まるで出来立てのチーズみたいに削れちまう。お陰で仕事は大助かりさ。そこで、ちょっとザッハさんにお礼がしたくてよ。この時間しかできないことなんだ」
「ほう」
それは興味深い。
早朝限定のお礼とは。
「そこの森に、竹が生えててな。新鮮なタケノコが取れるんだ。朝の生えたてが一番旨いんだぜ」
「ほほう、フレッシュなタケノコだと? 実は余、タケノコを食べた事が無いのだ」
「なんだって!? そりゃあザッハさん、人生をその分だけ損してるぜ」
「そうなのか!」
大変なことを聞いてしまった。
目覚めたショコラを置いていくわけには行かぬので、おんぶ紐でくくる。
森の中には、乳母車は適さぬのだ。
「では行くぞ、イシドーロ」
「ほい来た。付いて来てくれ」
我らは村の門へと向かう。
まだ、門番のブラスコは寝ているらしい。
今までは、外に出るときは外出者の名前を書いた木の板を置いておくことになっていたようだ。
だが、最近は門番も交代制になっている。
夜間担当というのは。
「……ザッハ様、おはようございます」
「おお、ブリザード。夜通しの番、ご苦労であったな」
青い鎧に身を包んだ、長身の女が立っている。
四魔将の一人、ブリザードである。
こやつが門番に立っていれば、たとえ一国が攻めて来ようと凌ぎきれる。
世界一安心な門番の一人である。
「外にご用事が?」
「うむ、たけのこ狩りである。たくさん取れたら貴様とフレイムにも分けてやろう」
「ありがたき幸せ。お気をつけて」
ブリザードが頭を下げた。
余とブリザードのやり取りを、イシドーロが不思議そうに眺めている。
「なんつうか……。まるで、王様と騎士みたいなやり取りだよな。いや、本物は見たことねえけどよ」
「ハハハ、余は昔、ブリザードの世話をしておってな。その恩を返しておるのだ」
「へえー。ザッハさんは若いのに、色々な経験をしてるんだなあ」
「うむ。並みの人間の千年分は経験しておるな」
「そりゃすげえや」
とりとめもない話をしつつ、我らは森の中へと入る。
やがて、森は竹林に変わった。
イシドーロは、僅かに盛り上がった土のあたりを掘り返し、見事に新鮮なタケノコを発見する。
「ここからはプロの出番だ。たっぷりタケノコを掘るぜ。ザッハさんも挑戦してみるかい?」
「うむ。食べられるタケノコは、このように土を被っているのだな。まあ待て、今パターンを見つけ、余がタケノコを攻略してやろう」
「ピャウー?」
「そうだな、タケノコだなー」
「ピャア」
ショコラが肩越しに、タケノコに手を伸ばす。
だが、土がたくさんついててばっちいので、洗ってからな。
イシドーロに隠れて水の魔法を使い、タケノコを洗う。
そしてショコラに手渡した。
「マウー!」
タケノコを握り締めて、楽しげに天に掲げるショコラ。
これを見て、イシドーロが目を細めた。
「おう、ショコラちゃんはタケノコが気に入ったかあ。そのまま食べちゃダメだぞ。渋いからなー」
だが、赤ちゃんは急に止まれないのである。
ショコラはタケノコをあーんと口に入れて、
「ピャー!」
慌てて吐き出した。
美味しくなかったようだ。
これを見て、笑うイシドーロ。
余はタケノコに関する新たな知見を得て、ふむふむと頷くのだった。
こうして、タケノコ狩りは続いていく。
一時間かそこらで日がすっかり昇り、そろそろ帰るかという時である。
「む?」
余は視線に気付いた。
じいっとこちらを見ている者がいる。
「誰であるか」
「ミュッ」
小さい子どもの声が答えた。
なんであろうか。
竹林の陰から、小さな顔が覗いている。
フードを被った、まだ幼い子どもである。
「どうしたのだ? 貴様一人か?」
「おや、ザッハさん、なんだい? ありゃ、子どもが一人で竹林にいるぜ。しかも、まだ赤ちゃんと子ども間くらいの年じゃねえか」
余とイシドーロが並ぶと、子どもはちょっと警戒したようだった。
フードの下で顔はよく分からないが、竹を掴んでいる手が青白い。
人間の子どもではないな。
「オ……オジチャンタチ、イジメナイ?」
たどたどしい声で聞いてくる。
「余は人も魔族も差別せぬぞ。どうした貴様、何か言いたい事があるのではないか?」
余は膝をかがめ、目線を子どもに近づけてあげる。
すると、背中にいたショコラが身を乗り出してきて、余の頭をぺちぺち叩いた。
「マウー!」
「アカチャン!」
フードの子どもが、ふらふらと出てくる。
「そうだ、ショコラである。可愛いぞ」
「ショコラチャン……ショコラチャンノ、パパ? ト、ママ?」
ママと振られて、イシドーロは慌てて首を横に振った。
「違う違う! だけど、こんな森の中で小さい子一人じゃ危ねえぞ。村が近くにあるんだ。こっちに来いよ」
イシドーロは、いかつい顔に精一杯笑顔を浮かべる。
声色も可能な限り優しくしているではないか。
この男、何気に子どもの扱いを心得ているからな。
すると、フードの子どもはくしゃっと顔を歪めた。
「マ……ママ、ママヲタスケテ! ママ、ビョウキナノ!」
「よし、分かった」
即座に頷くイシドーロである。
ほう、素早い決断ではないか。
「病気か。余は医術に関しても一家言あってな。余も貴様のママを診てやろう。案内せよ」
子どもは、余とイシドーロを連れて竹林を走る。
少し先の、竹が密集している所で、旅装の女が倒れていた。
顔が赤くなり、熱が出ている事が分かる。
「ママー!」
子どもが女にすがりつく。
その時、子どものフードが取れた。
「おっ」
一瞬、イシドーロが驚いた声を上げる。
子どもの額には、一本の角が生えていたのである。
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