第51話 魔王、開票を手伝って魔界を後にする
事件が終わり、魔界大選挙はつつがなく行われた。
票を金で買っていたと噂だった、ジョシュフォファットが消えたので、ほぼデスナイト一強になったらしい。
我らはやる事も終わったので、そのまま魔界バカンスを楽しんだのである。
「うわーっ、湖の色が変わっていくー!」
「うむ。魔界の七大観光地である、魔晄の湖である。その昔、余と魔神がここで喧嘩をしたときの余波で、湖が変質を起こしたのだ」
「どういう規模の喧嘩なのだ。あ、七色ケーキというのがあるぞ」
「マウー!」
湖畔のお店にて、みんなでケーキを食べるのである。
赤ちゃん用ケーキもあったので、ショコラをそれをもりもりと食べた。
最近、食べ物を自分で掴んで食べたがる事が出てきたのである。
これは、手づかみで食べられるご飯を用意すべきではあるまいか。
余の料理の腕が唸るぞ。
次に、魔界七大観光地の一つであるデモンペイン山脈を歩く。
ここは、九百年前に余が魔神の送り込んだ偽の魔王108人を、旧四魔将を率いて迎え撃った戦場である。
懐かしい。
そして、魔界七大観光地の一つとなった旧魔王城を歩き、魔王城カフェで魔王パフェを食べた。
魔王城の地下迷宮はアミューズメントパークになっており、チリーノとユリスティナは一日中、アトラクションを巡っていたのである。
余とショコラは、赤ちゃんも安心して乗れる螺旋木馬なるアトラクションを楽しんだ。
それなりに広い円形の台上で、ゆったりと上下運動をする木馬が、螺旋を描いて中央の力場目掛けて進んでいくのだ。
力場は短距離移動装置を兼ねているようで、飲み込まれた木馬は外縁付近に出現する。
とても安全な乗り物だ。
「これを考え出した者は天才であるな」
余は感心した。
そして係員の話を聞くと、これは魔王城に残った余の魔力が、魔力結晶として実体化したものを動力としているのだとか。
よくできておる。
「ザッハ。ここ数日で様々な観光地を巡って、実に楽しかった。連れてきてくれてありがとう」
夜の事である。
遊び疲れて寝てしまったチリーノを背に、余とユリスティナはのんびりしていた。
「うむ。魔界はまた、人間界とは違う風景が楽しめるのだ。悪いものではないぞ」
「ああ。私も魔界への印象が改まったよ。今度は私が、ホーリー王国を案内しよう。しかし、魔界はどこに行ってもザッハの名前を聞いたな。というか観光地全部お前絡みじゃないのか?」
「あっ、確かに」
余が即位するまでの間、魔界は原始時代みたいな世界だったのだ。
無論、観光地という概念など無い。
考えてみれば、全部余が関係してるのは当然かも知れぬな。
「この地に来て、ザッハトールという男が、憎き魔王であるだけではないのだと知る事ができた。むしろ、魔王であるお前は、ほんの一部でしかないのだな」
「うむ。戦争は世界が大きく動く故に目に留まりやすいが、為政者にとっての戦いとはむしろ、世界の日常をつつがなく運営していくことである。余が作り上げた最大の発明は、魔界における日常であろうな」
「お前が、魔族たちから慕われる理由が分かったよ」
ユリスティナが大人っぽいことを言っているな。
彼女の今回の旅で、色々考えるところがあったらしい。
ショコラのお母さん役としても成長してくれることであろう……。
ちなみにそのショコラは、赤ちゃん用のベッドでぷうぷう寝息を立てて熟睡している。
夜中におむつにうんちでもしない限り、起きないからな。
ショコラは大物である。
「ユリスティナよ。今日、選挙が行われたようだ。我らの仕事もこれで終わりであるな。明日には魔界を発ち、懐かしきベーシク村へ戻ろうではないか」
「ああ。何も無い村だが、とても懐かしいな……。奥さん会議での話のねたができたよ」
魔界では英雄みたいな扱いのユリスティナだが、ベーシク村の奥さん会議では、最年少でみんなの妹みたいな扱いなのであった。
こうして、余とユリスティナが静かな夜を楽しんでいた時だ。
「魔王様! 魔王様ーっ!」
扉がガンガン叩かれたので、余はびっくりした。
「扉、開け」
念動の魔法で扉を開けると、そこからカオスナイトが倒れこんできた。
「カオスナイトよ。夜は静かにな」
「す、すみません! ですけど魔王様!! 大変なんです! 開票作業をしてたのですけど、票がごっそり、突如出現した亜空間に飲まれて……!」
「あ、ついにやったか貴様」
事務作業に関して、マイナスの才能を持つカオスナイト。
だが、選挙管理センターの優秀なスタッフは彼女に仕事をさせず、しっかりと選挙を進めていっていた。
それでも、上にカオスナイトを責任者として抱えているのである。
因果律とか、概念とか、そういうものに歪みが生じていたのであろう。
カオスナイトのマイナス才能は、とうとう世界を捻じ曲げ、せっかく集めた投票用紙を亜空間に放逐したのである。
「よし、最後の仕事である! 行って来る」
余は立ち上がった。
そもそも、カオスナイトがいるのにここまでトントン拍子だったのがおかしかったのだ。
「行って来るといい。良い魔王が誕生すると良いな!」
ということで、余はユリスティナに見送られながら、カオスナイトとともに開票所にやって来た。
開票所中央に生まれた亜空間が唸りをあげ、全てを飲み込もうとしている。
さあ、先代魔王ザッハトールの全力を以って、奪われた投票用紙を取り返してやろう!
余の戦いが始まった。
そして夜が明け、つつがなく選挙は終わり、新たなる魔王、デスナイトが選出された。
魔王でナイトはおかしいので、デスサタンという名前に改名するそうだ。
魔界を挙げての祝賀会が始まる。
そんな楽しい空気の中、我らは人間界に戻るのである。
「ではザッハ様、お達者で! たまにはまた、遊びに来てください」
「うむ、ニューカムも達者でな。冗談抜きで魔界の明日は貴様に掛かっておるからな。相談などがあったら余を頼るがいい」
「ザッハトー……ザッハ様!! 本来であればこの席は、貴方様がつくべきの……!」
「民が貴様を選んだのだ。魔王として励むのだぞ、デスサタン陛下」
「魔王様! 助かりました!」
「もうー! カオスナイトは最後まで呼び方改めないんだから!」
魔界の者たちに別れを告げ、我らはベーシク村へと帰還する。
この旅で、魔界が変化していこうとする空気を感じる事ができた。
そしてショコラとチリーノはちょっぴり太った。
「さて、次に訪れる時は、ショコラがもう少し大きくなってからであるな。一緒に魔王城のアトラクションに乗ろうな」
「ピャア!」
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