第50話 魔王、再び魔神の陰謀を打ち砕く

「突入ーっ!」


 ジョシュフォファット選挙対策本部……つまりは、あやつの家であるが、そこに保安機構の面々が突撃していく。

 迎え撃つのは、ジョシュフォファットの支持者たちである。

 激しくぶつかり合う双方。


「アポイントを! アポイントを取ってください!」


「ちょっと調査を! 調査をするだけですから!」


 お互い、口調は丁寧なのであるなあ。

 我ら一行は、遠巻きのその様子を眺めている。

 魔神が手出ししてきたら、加勢するためである。

 ジョシュフォファットも、魔神が絡んでなかったら余はスルーしてやってもよかったのになー。


 わいわい、わあわあと二つの勢力が押し合っていると、奥からジョシュフォファットの部下らしき男が現れた。


「なんですか騒がしい! これは誰の責任でやって来ているのですか!」


 おっ、あやつ、余を怒らせた奴ではないか。

 もう回復して仕事をしておるのか、タフだのう。


「責任的には俺ではない! あのユリスティナ様が賄賂はいかんと言われたのだ! なので忖度そんたくせずに調査に来た!」


 オークキングが吼える。

 彼は、今までもらった賄賂らしきものをカバンに詰め、とても悔しそうな顔をしながら投げつけた。


「お金……!! でも命の方が大事……!!」


 オークキングめ、腐ってはいるが、最低限大事なものが何なのかは心得ておるようだ。


「でも彼は、新しい魔王が立ったらすげ替えになるんだろう?」


「ああ。腐った性根の者を、保安機構の長に据えておく事はできまい」


 ユリスティナの質問に答えておく。

 向こうでは、ジョシュフォファットの部下が言葉を失ったところだ。

 割ととんとん拍子に事が進んでいるではないか。

 ここで、保安機構とともに現れるデスナイト。


「ジョシュフォファット! 貴様が魔神の力を使い、支持者を増やしているという話を聞いたのだ! もしもそうであれば、魔王を目指す者の風上にも置けぬ! なぜ、己と仲間たちの力だけで魔王を目指そうとせん!! 不正はやめろ!!」


 おお、なかなか絵になる男である。

 察しが悪くて純粋な奴だが、見た目はがっしりした体格の男前な魔族であるからな。

 一人では不安だが……。


「こちらに証拠もあります。一月ほど前に、ジョシュフォファットの選挙対策本部に納品されたという、謎の遺跡から出土した魔神の遺物の取引目録が!!」


 ニューカムが証拠となる書類を出してきた。

 これで決まりであろう。


「ザッハ、あれは何をやっているのだ? 飛び込んでいって、がつんとやってしまえばいいのでは?」


「一応、魔界も法があるからな。手続きを踏まねばならぬのだ」


「どこも変わらないのだな……。面倒はいやだなーショコラー?」


「ピャーウ」


 今はユリスティナに抱っこされたショコラが、よいお返事をした。

 さて、捕り物現場はいよいよ大詰めである。

 野次馬も周囲に詰め掛け、正義の候補者たるデスナイトと、悪の候補者たるジョシュフォファットの対決を楽しんでいるようだ。

 明日には魔界中の噂になるであろうな。


「お、おのれ! ジョシュフォファット様! ジョシュフォファット様ー!!」


『グフォーフォーフォー』


 悪の候補者の部下がその名を呼んだ。

 すると、不気味な笑い声が響き渡る。

 出てきた出てきた。

 選挙対策本部の屋上に、半分とろけたヒキガエルのような魔族が姿を現したではないか。

 その手には、片方だけ瞳を入れられた目を怪しく輝かせる、魔神像が抱えられている。


『わしが魔界の王になることは、魔神様が定められた運命なのだ! だというのに、魔神様に逆らうおろかものどもめ!! ここでわしが断罪してくれよう!!』


 そう叫ぶと、ジョシュフォファットがぐーんと巨大化した。

 みしみし、めりめりと音を立てて選挙対策本部が潰れる。

 ジョシュフォファットは、黄金のとろけたカエルみたいな姿になった。

 あの黄金って言うのは、魔神の力が関連してるという意味なのだろうかな。

 案の定、ジョシュフォファットの後ろに、奴を操っている糸のようなものが見える。

 わあわあ、きゃあきゃあと周囲から悲鳴が上がる。

 保安機構なんてあっという間に士気が崩壊して、腰を抜かすやら逃げ出そうとするやら。

 貴様ら、弱腰すぎやせぬか?


「どれ、ここからは余の出番である」


「ああ、頑張って来るんだぞザッハ!」


「頑張れ、先生ー!!」


「マウマー!」


 ショコラが身を乗り出して、余の腕をぺちぺちっと叩いた。

 余を激励してくれるとは!

 元気百倍である。


「よし、では行くぞ」


 余はふわりと舞い上がった。

 己の姿を変える。

 それは、デスナイトが完全武装した姿を模している。

 ここでタイミングを合わせ、デスナイトがサッと消える。


「デスナイト殿!!」


「デスナイト様!」


 周囲の目が、余に注がれる。

 あたかも、正義の候補者であるデスナイトが、悪の候補者である巨大ジョシュフォファットに立ち向かうべく武装したように見えるであろう。


「余はデスナイトなり。悪逆なる魔法候補者ジョシュフォファットよ。神妙に縛につけい!」


 びしっと空中でポーズを決めたら、周囲がやんややんやと盛り上がった。


『グフォーフォーフォー。笑止なり。わしの偉大なる力を受けよ』


 ジョシュフォファットはそのぷるぷるな手をかざす。

 すると、そこから猛毒を帯びた油が次々にあふれ出してくるではないか。

 油は雨の様に降り注ぎ、地面にいる者たちを侵食しようとした。


「デス・バリヤー!!」


 余が叫ぶ。

 余の纏う闇の衣が変形し、降り注ぐ毒の油を受け止める。

 そして受け止めた端から消滅させるのである。


『な、なにぃっ!? なんだその技は、デスナイトっ』


「新技である。とーう!」


 余は空を飛んでジョシュフォファットまで近づくと、手にした剣で叩いた。


『ウグワーッ!?』


 ジョシュフォファットが仰け反る。

 実は剣は幻で、余が拳骨でぶったのだ。


「とーう! とう! とう! とーう!」


『ウグワッ、グワッ、グワッ、ウグワーッ!?』


 地上から歓声が上がった。

 大きさにしてジョシュフォファットの半分も無いデスナイトが、剣のラッシュで追い込んでいるのだ。


「ザッハ様、剣、剣。もう剣を握った手で殴っています! 幻がずれてます!」


 おっと、ニューカムからアドバイスが飛んだ。

 スッと幻の位置を修正する。


『グフォオーッ!! わ、わしは魔神様に選ばれた、新たなる魔王になる存在!! わしを認めなかった見る眼の無い魔王、ザッハトールなど超越するほどの魔族ぞ!!』


「そうか。とーう!」


『ウグワーッ!?』


 またぺちっと叩いておいた。

 どこからか、デスナイトの、「おれ、とーうって掛け声出してるっけ……?」という呟きが聞えた。

 細かいことは気にしてはならない。


『お、おのれ! こうなったら魔神様から与えられた毒の力を全開にして、魔界中を毒の海に沈めてくれよう! グフォーフォーフォー!!』


「な、なんだとー。その後臣民となるはずの、魔界の民が暮らす、この魔界を、毒に沈めて皆殺しにするだってー!? そんな奴が、魔王候補として選挙に参加してていいのかーっ!? どうだみんなーっ!!」


 余はジョシュフォファットの言葉を分かりやすくして叫ぶ。

 すると、下で観戦していた魔界住民たちや保安機構の面々が、「なんだってー!!」「とんでもないやつだ!」「ジョシュフォファットはだめだな!」と言い出す。


『おのれおのれおのれー!! お前、わしを嵌めたな!?』


「何を今さら。貴様が魔神などに頼るのが悪いのだ。それ、さっさと決めるぞ」


 余はギランと目を光らせる。

 我が身から魔闘気があふれ出してきた。


『……あれ? そ、そのお声、言葉、そして圧倒的な魔闘気……もしや、あなたは……貴方様は……!!』


「言わぬが華よ。食らえ、デス・スラッシュ! とーう!」


 余は剣の幻を掛けた拳で、ジョシュフォファットを叩いた。

 それと同時に、魔法を打ち込む。

 これはオールアブソリュートと言って、余が使う三大能力の攻撃用のものだ。

 見た目がとっても派手なのだぞ。


「ジョシュフォファットに炎が炸裂した!」


「いいえ、氷よ!」


「雷だ!」


「岩だ!」


「光と闇が合わさって最強に見える!!」


 そう、全ての証言は正しい。

 オールアブソリュートは、全属性を同時に発生させてバランスを調整し、威力を高め合わせながら叩き込む難しい魔法なのだ。

 今のところ、余しか使えないね。

 ちなみに滅多に使わない魔法なので、その存在を魔界の住民は知らぬのだ。


『ウググググ、ウグワワーッ!!』


 ジョシュフォファットは、魔法の輝きの中に消えた。

 ちょっと手加減したので、奴の本体らしきちっちゃいカエルが残った。

 余はこやつを摘むと、


「反省するのだぞ」


 と囁いた。

 カエルが涙目になってコクコクうなずく。

 ちなみに魔神像は、跡形もなくなっていた。

 余が主に砕いたのはこっちだからである。

 かくして、魔界には再び平穏が訪れる……はずなのだ。

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