第49話 魔王、今後の対策を練る

「聞こえておる? 聞こえておるかオロチー?」


『はあーい! よく聞こえていますわー』


 デスナイト選挙対策本部にて、堂々とオロチと通信をする余である。

 何しろ、ここでは余の秘密を隠すべき相手が、チリーノとお手伝いのおばちゃんくらいしかおらぬ。

 おばちゃんは、お土産を広げるユリスティナとチリーノの相手をしに行ってしまったから、既に心配すべきことは少ないのである。

 危惧することは、ショコラが通信中におむつ交換せねばならぬ状況になることだけである。


「そちらの様子はどうであるか?」


『はいはい! ジョシュフォファットとか言うナメクジとヒキガエルを足して割らない感じの魔族ですけれども、とっても美味しそうですわ。一のみにしても?』


「それはちょっと。あれの姿かたちを克明に伝えているということは、貴様、既に潜入できておるな?」


『もちろんです! 人間どもの魔法学院とやらのほうが、よほど警備が厳重でしたわねえ』


 オロチは何気に、優秀なスパイであるな。

 余の前では、ニューカムとデスナイトがドキドキしながら余とオロチの通信を聞いている。

 今回は、こやつらにも通信のチャンネルを開いてあるのだ。


「さすがはオロチ様だ。まさか、戦いばかりでなく潜入も得意であられたとか。他は呪殺や催眠術による支配など、多才なお方だ」


 デスナイトが戦慄する。

 そうだなー。

 オロチはあの人格だけ癖が強いが、割となんでもできる万能タイプの魔族よな。


『それほどでもありませんわ。この程度のこと、魔王様なら幾らでもできますもの』


 オロチ、余以外にはそっけない。

 ベリアル相手には余の寵愛合戦みたいなのを繰り広げるので、テンション高くなるんだけど。


「して、オロチよ。状況はどうだ?」


『はい! 結論から言いますとですね、ジョシュフォファットのみならず、こちらの陣営は黒ですわね! と申しますか、根っこの方から魔神の息がかかった陣営ですわよ。神棚に魔神の像が飾られていて、みんなで拝んでますもの』


「あちゃー」


 また魔神か。

 あやつ、どれだけ世の中を引っ掻き回せば気が済むのだ。

 ちなみに魔神の像というのは、この世界では割とポピュラーな願掛けの道具で、魔神をデフォルメした丸っこいものだ。

 開かれた目には瞳が入れられておらず、願いが成就した時に、持ち主が魔神の像にペンで黒目を書き込むのである。

 無論、オロチが報告してくるのだから、ただの魔神の像なのではあるまい。


「魔力がびんびんか」


『魔力がびんびんですわね!』


 これを聞いて、ニューカムとデスナイトが「あちゃー」と顔をしかめた。

 神様の力を借りるのは、ニューカムが定めた選挙法違反だからである。


「いきなり失格にもできますが、証拠がオロチ様の証言だけですからねえ」


「ああ。そもそもオロチ様が死んでなかった事が他の魔族には初耳だろうしな」


 悩み始めたな。

 一見して選べるものが幾つもあると、迷うものである。

 ここは選択肢を減らしてやるとしよう。


「手っ取り早く済ませるならば、魔界の保安機構どもに連絡すれば良い。魔界は文明化した故、魔神への信仰もかなーり薄くなっておるからな。平気であやつらを逮捕するであろうよ」


「それはまた身も蓋もない……。ですけれど、合理的ですね、それ。そうしましょう」


「ええ……選挙で勝つんじゃないのか……」


 デスナイト一人だけがドン引きしている。

 フハハ、勝てばよかろうなのだ。

 善は急げということで、即座に保安機構に連絡を取った。

 元十二将軍と、元八騎陣がいる選挙対策本部である。

 すごい速度で、保安機構の長がやってきた。

 魔王軍幹部は、ある意味名誉職みたいなものではあるのだが、それなりに尊敬されているのだな。


「保安機構長官、オークキングであります!」


 魔界の兵士連中は、オーク勢が上を占めているんだろうか。


「ご苦労さま。実は我々の掴んだ情報では、ジョシュフォファット候補が選挙法違反を行っているようでしてね」


 ニューカムがニコニコしながら話す。


「一つ、調査をしてもらえませんか?」


「あ、いや、その……では、向こうにアポイントを取りませんと」


 オークキングが煮え切らない態度をしている。

 んんー?

 これは、臭いぞ。


「アポなど取ったら魔神の像を隠されてしまうでしょう」


「ですがー。あの、ほら。何分、魔界では初めての選挙でございますし……。前例というものが無く……」


「おやおや? どうも嫌そうな御様子ですね。何か、かの陣営と仲良くなさっておられるとか……?」


「いやいやいや!!」


 ははあ。

 これは、賄賂とかもらっているであるな?

 道理で、暴徒が好き勝手していたはずである。


「マウー?」


 赤ちゃんご飯をたらふく食べて、お腹いっぱいになったショコラ。

 いかつい魔族のおじさんが喋っているのを、指差して首を傾げている。


「そうであるなー。賄賂をもらっているから断れないであるなあ」


 余がニコニコしながら言うと、オークキングの肩がビクッと撥ねた。


「な……何を人聞きの悪い事を言うのだ! 我ら保安機構にそのようなこと……!」


「ほう、何の話をしているのだ?」


 そこにやってくるユリスティナ。

 この姫騎士は、曲がったことが大嫌いなのである。

 その辺り、デスナイトと一緒だが、デスナイトよりは察しが良い。


「人間が口出しを……」


「貴様、オークならば部下から聞いておらぬのか? 先日魔界に入国した、かの聖騎士ユリスティナの話を」


「はっ」


 オークキングが目を見開いた。


「ま、ま、まさか」


「いかにも」


 余は立ち上がり、ユリスティナを両手で指し示した。


「この女こそ、勇者パーティの一員にして聖騎士。魔王と渡り合った人間族最強の戦士、ユリスティナである!! ほらユリスティナ、聖なるオーラを出すのだ。景気よくな」


「また何か企んでいるなザッハ? だが、悪い事を考えているのではなさそうだ。ふんっ」


 ユリスティナが神々しいオーラに包まれる。

 これを真っ向から浴びて、オークキングはよろめいた。


「ウグワーッ!? そのオーラはーっ!!」


「保安機構長官殿。彼女を前にしても、賄賂は受け取っていないと言えるのですかね?」


 ニコニコしながら、ニューカムがオークキングの肩を叩いた。

 がっくりうなだれる、オークキング。

 魔界とは、力が全ての世界である。

 それは、権力や金の力も含まれる。

 だが、最後に物を言うのは武勇なのである。

 魔界最強の存在である余と戦ったユリスティナは、その事実だけでほぼ全ての魔界の者達を凌ぐ力を持っていると目される。

 実際そうだし。


「も……もらっていましたーっ!!」


 がっくり膝をつき、叫ぶオークキングなのだった。

 ちなみにデスナイト、この後に及んでも急展開についていけず、きょとんとした顔で座っているのだった。

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