第90話 魔王、魔神と合い見える

 村人たちの避難は完了した。

 ショコラも、村長の奥さんに預けた。

 我らから離れることに、ちょっとむずかっていたが、奥さんが作ったスティックケーキを与えられ、ご機嫌になるショコラ。


「ウママー!」


 口の周りをケーキの欠片だらけにしながら、にっこにこで我らと別れるのである。

 守りたい、あの笑顔。


「よし、やるぞ!! やるぞー!!」


 ユリスティナ、猛烈に張り切って、屈伸をしたり、腕を振り回したりしている。


「なんでユリスティナ、こんなにやる気になってるの?」


「子どもを守るためだろ。ラァムもすぐ分かるようになるさ!」


「そうね。赤ちゃんたち、可愛かった……! ものすごくハードワークだったけど!!」


 子ども園担当だったラァムとファンケル、赤ちゃん軍団のお世話に大変苦労したらしい。

 だが、その顔は充実している。

 今後行われるであろう子育ての、予行になったことであろう。


「さてさて、やるとしますか。まさかまた、お前らと一緒に戦える機会がくるなんてな」


 そう言うのは、大魔道士ボップ。

 あの後さらに魔法に磨きをかけ、幾つかの複合魔法を編み出しているらしい。

 そして勇者ガイ。


「へへっ、魔神がもうすぐ来るんだな。びんびんに強烈な魔力を感じるぜ。俺、ワクワクしてきたぞ!」


 戦闘民族であるなあ。

 まあ、こやつにとって、これが最後の羽を伸ばす機会かも知れぬ。

 戦いの後は王配としての勉強期間が待っているであろうからな。

 ローラ姫はなかなか強烈だから、離してはくれぬぞ。


 最後に余である。

 魔将はまだ、各地の建て直しを行っている。

 彼奴らが戻ってくるまでに、魔神との戦いは決着しよう。


「まさか、お前と共闘するなんてな、ザッハトール。一年半前には思ってもみなかったぜ」


 並び立つ勇者ガイ。

 こやつは、あの頃よりも明らかに背が伸びている。

 かつてまだ少年の面影があったガイだが、今やすっかり、青年である。

 人が成長する速度は早いな。

 このように、ショコラもどんどん大人になっていくのであろうか。

 魔王と聖騎士に育てられ、人の間で大きくなったドラゴンの子がどうなっていくのか。

 実に楽しみではないか。


「何を笑ってるんだ、ザッハトール? ってか、いつまで人間の姿をしてるんだよ。もう誰もいねえぞ」


「おっと、そうであったな」


 余は体を覆っていた幻を外す。

 黒い甲冑に似た、余の本来の姿へと戻る。

 漆黒であり、裏地が血のように赤いマントが翻る。


「本当にザッハトールなのね……」


「分かってはいたが、あの魔王が今度は味方だというのがピンとこないぜ」


「魔力の気配とか、もろ師匠だもんなあ。なんで気付かないかなあ俺」


「やっぱ、ザッハトールはそうでなきゃな! 魔神をぶっ倒したら、また一戦やろうぜ!」


 勇者パーティは口々に、余に声を掛ける。


「よし、私もやるか!」


 ユリスティナが、ガイとは反対側の隣までやって来た。

 そして気合を入れる。


「来い!」


 彼女の短い叫びに合わせて、ジャスティカリバーを初めとした三つの装備が飛んできた。

 ユリスティナの全身に装着される。


「ユリスティナ、その装備って自動で飛んできたっけ……?」


 ガイが首をかしげている。

 あれっ、貴様も知らぬのか!?

 ユリスティナ、誰も知らないところで進化しているのか……?

 

「ふっふっふ、女子三日会わざれば、即ち克目して見よ、だ」


 女の子は三日会わないうちに変わっちゃうから、びっくりして見ててね! くらいの意味であろう。

 それはそうかも知れぬなあ。


「おっと、みんな、来たぞ! 魔神が降りてくる!」


 ボップが空を指差した。

 紫の雲が渦を巻いている。

 その中心からは、螺旋を描いた錐状の雲が突き出してきた。

 ベーシク村を目掛けて一直線である。


「村を戦場にするわけには行くまい。塀ゴーレム!!」


『ヘイ!』


 村の周囲から、返事が聞こえた。


「貴様らの真価を発揮する時である! 立ち上がり、集まれ! 村を覆って戦場となるのだ!」


『ヘイ!!』


 次の瞬間、村を囲んでいた塀が、一気に延びた。

 そして村をドーム状に覆っていく。

 余は勇者たちに飛行魔法をかけ、ともにドームの上へ着地した。


「こりゃあ、驚いたな……!」


 ガイが目を丸くする。


「なんで村をモンスターが囲んでるんだと思ったけど、これが目的だったのか!」


「うむ。いざとなれば、余の命令一つでベーシク村を守る機能を発揮する。だが、今回は敵が魔神ゆえ、村人は外に逃がしたがな」


「だったら、どうしてこんなものを?」


 ファンケルの疑問はもっともであろう。

 だが、この村でそれなりに長く暮らせば答えは出る。


「村には、家であったり、畑であったり、色々なものがあろう。それらが壊れては悲しむ者がいるではないか」


 うんうん、と横で頷くユリスティナ。


「私たちは、何も犠牲にしないで勝つ。そういうことだなザッハ」


「そういうことだぞ」


 よく分かっておるではないか。

 やがて、錐状の雲がドームの真上に達した。

 雲が触れると同時に、そこに黒い球が生まれる。

 球は一気に大きくなり、漆黒の稲妻を走らせ始めた。


「出るぞ!!」


 ボップの声が響く。

 球から飛び出す、六本の腕。

 四本の足。

 一対の巨大な翼。

 そして、球を突き破って、鋭い角が生えた。


『おおおおっ!! ザッハ……トォォルゥゥゥッ!!』


 球が砕け散った。

 その中から現れたのは、薄暗い緑の鱗に覆われた、異形の怪物であった。

 カエルとドラゴンを足し合わせたような顔には、金色の目玉が三つついている。

 それがギョロギョロと動き、余に焦点を結んだ。


『貴様が! 貴様が邪魔をしなければ! 我はセンター大陸の中央に顕現していたものを!! 多くの贄を喰らい尽くし、この身を大陸と一つにしていたものを!!』


「そんな事考えてたのであるか。こわあ」


 余はびっくりした。

 そんな事したら、大陸中に知覚が分散するので、魔神の意識も曖昧になるではないか。

 大陸と一体化した、ぼんやり意識の魔神なぞ、何もかも食い尽くす単細胞生物みたいなものであるぞ。

 危険なんてものではない。


『こわあ、ではない!! 我の野望をことごとく、サラッと潰していきおって!! 魔王を辞めたくせに、口出し手出しをして来るでない!! 我は迷惑なの!!』


「いや、貴様の好き勝手にさせたら余が迷惑だし」


『我が迷惑なの!!』


「余が迷惑なの!!」


 にらみ合う、余と魔神。

 ついに、元魔王……いや。

 ベーシク村の住人にしてショコラのパパ、ザッハトール、多分最後の戦いが始まるのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る