第89話 魔王、村人を避難させる。そしてついに……

 村人たちに、これから何が起こるか、というお話をし終わったのである。


「魔神! とんでもないのが来るなあ」


「でも、うちにはザッハさんと勇者様がたがいるから」


「安心だねえ」


「ちょっと長めのピクニックでいいかしら」


 村人、のんきなものである。

 これ、多分今まで見てきた国々で一番肝が据わってるであるぞ。


「危機感が無いようであるが大丈夫かしら」


 余が心配したら、ブラスコとイシドーロが笑った。


「そりゃ、俺たちはずーっとザッハさんと付き合いがあるからな! とんでもないことなんか慣れっこになってきたよ!」


「だな。というか、みんなあんたがいるから安心できてるんだぜ。頼むぜ、ザッハさん!」


「なんと!!」


 つまりそれは、村人が余を信頼してくれているということか。

 むむむ、余がやってきたことは無駄ではなかったのだな。

 余は元魔王ではなく、ベーシク村の村人として認められていたということだ。

 よし、これからはベーシク村の住人を名乗ろうではないか。

 あと、ショコラにパパと呼んでもらえれば、欲しい称号はコンプリートである。


「いよう、ザッハトール! いよいよ本番か! 俺、子どもたちに技とか教えるだけだと思って気を抜いてたらさ、空から魔神の眷属が降って来るんだもん。いやあ、めっちゃ興奮したよ!」


 やって来るなり、ガイが余を本名で呼んでくる。


「こら! フルネームを呼ぶでない」


「あ、悪い、ザッハ」


 ブラスコとイシドーロが目を丸くしている。

 だが、二人ともすぐに納得した顔になった。


「事情はよく分からないけどよ、まあ驚きはそんなに無いよな」


「だよなあ……。同姓同名の別人かもしれないし、そもそも普通、魔王が勇者と仲良く喋ったりしないしな」


 ベーシク村は懐が深いな。


「じゃあ、俺らは家族を連れて避難するよ! 頑張れザッハさん! 後でうちのチリーノにも顔見せに来てくれよ!」


「おお、うちのチロルもショコラちゃんに会いたがってたんだ」


「よし分かった。さっさと片付けて、子どもたちと遊ぶとしようではないか」


 話はまとまった。

 ベーシク村の住人たちは、わいわいと村の外に移動し始める。

 家畜も一緒である。

 モーモー、ぶうぶう、コケコケ賑やかだ。


「収穫前に畑の作物をやられちゃたまらないよ。なんとか守っておくれ……!」


 おや、アウローラのお母さんではないか。

 後ろには、彼女と共同で畑を運営している奥さんたちがいる。


「任せておくがよい。畑には防御魔法をかけておこう。貴様らが精魂込めて育てた作物、麦の一粒であろうと魔神にはやらせぬぞ」


「さっすがザッハさんだねえ!」


「すてき!」


 キャーッと奥さんたちから歓声があがった。


「ザッハ、もてているなあ」


 ユリスティナが感心したように言う。

 それを見て、アウローラのお母さんはにやにや笑った。


「大丈夫だよ。ユリスティナ様から取りやしないから」


「?」


 本気で分かってない顔をするユリスティナなのだった。

 これを見て、奥さんたちは「こりゃあザッハさんも大変だね」「ユリスティナ様もまだお若いからね」「私たちが色々教えてあげなきゃ」などと結束を深めている。

 何を企んでいるのだ。


 次いで現れたのは、我が弟子である小さき人々だ。


「先生!!」


「がんばって、先生!」


「ぼくたちまだ弱いから戦えないんでしょ?」


「強くならなくちゃ!」


 わいわいと騒いでいる。


「うむ、貴様らはまだ弱い。だが、戦いが弱いことは悪いことではないのだぞ? 生きることはこのような戦いばかりではない。また別の戦いがあり、そこでは貴様らの方が強いかも知れぬのだ。その戦いに備える為に、貴様らは生き残らねばならん。生き残ることもまた戦いであり、さらには、避難した村のみんなを守れるのは貴様らしかおらぬのだ」


 おおーっとどよめく小さき人々。


「では行くが良い! 村人を守るのだ! これより貴様らを、ザッハ魔法スクール一期生と命名する!」


「はいっ!」


 小さき人々……一期生はよいお返事をした。

 最後に、チリーノが残る。


「先生、おれ、がんばります!」


「うむ。一期生筆頭チリーノ。皆を統率して村人の安全を守るのだぞ」


「はいっ!!」


 わーっと去っていく、一期生たち。

 成長したものである。

 最後に、赤ちゃん軍団が乳母車に乗って現れた。


「しょこあー」


「しょこ、あぶー」


「だうだうー」


 余に抱っこされているショコラに向けて、赤ちゃん軍団が手を伸ばす。


「マウー!」


 ショコラもうーんと伸びをして、赤ちゃんたちの手にちょんちょんちょんっと触れていった。

 赤ちゃんがショコラを激励している!

 いや、ショコラもこの子たちと一緒に避難するのだがな。

 ほら、預かり役の村長の奥さんがいる。

 ショコラまで、何をやる気になった顔をしているのだ。

 危ないから避難してなさい。


「ピャ!」


 何やらショコラ、余の顔を見上げて顎をぺちぺち叩いてくる。


「なんであるか?」


「ピャ、ピャ! ピャ、パ!」


「!?!?!?!?!?!?!?」


 その時、余の全身に衝撃走る……!

 今、なんと……!?


「ばかな……!!」


 ユリスティナも衝撃で震えている。

 村長の奥さんがにっこり微笑んで、


「あら、ショコラちゃん、上手にパパって言えたわね」


 パパ……だと……!?


「ママじゃないのか……!!」


 ユリスティナががっくりと地面に膝を突いた。


「お!? ユリスティナどうしたんだ!?」


 ガイは分かってない風である。

 だが、余はそれどころではない。


「ショコラ、余はその通り、パパである。では、ユリスティナはどうだ?」


「マ」


 ショコラはユリスティナを指差す。

 そして、言葉を続けた。


「マゥ……マ、マ!」


「お、おおおおおおおお、おおおおおおおおおおおお!!」


 膝立ちになったユリスティナ、全身が輝きだす。

 な、なんという量の聖なるオーラであろうか!

 これは全盛期のベリアルに匹敵する……!


「そうだぞ! 私が、私がママだーっ!」


「あっ」


 余からショコラを奪い取るユリスティナ。

 そして、キャッキャはしゃぐショコラを高い高いしながら、飛んだり跳ねたりする。

 やれやれ。

 これは、余もユリスティナもスイッチが入ってしまったな。


「おお……!? ザッハトールの体からすげえ魔闘気が!」


「フフフ……。ガイよ、余は今、やる気に満ち満ちているのだ。魔神めも間の悪いことよ。今の余は、ここ千年で一番やる気になっているぞ……!!」

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