第91話 魔王、勇者パーティとともに魔神を討つ

 思えば、魔神との出会いは余が物心ついた時だった。

 余は、幼い頃の記憶がなく、突然この世界に出現したのだが、その時に余を導いたのが魔神であった。


『よくぞ現れた、次代の魔王よ。我は魔神なり』


「ほう」


『魔王よ。貴様には、我が強い力を与えた。この力を使い、今はまだ獣に過ぎぬ魔族共を統率せよ。我が信仰の力を集め、人界を掌中に収めるための足がかりを作るのだ』


「それが役目か」


『そうだ。我の命に従い、魔族を統率していた先代は討たれた。ゆえ、また魔族は獣に還ろうとしている。貴様の力が必要なのだ。名乗れ、新たなる魔王よ』


「名か」


 余はその時、どうしたであろうか。

 手にしていた、色とりどりの紙を見下ろしたのだ。

 ぺらぺらの紙に、鮮やかな色合で描かれた甘味の絵。

 それには不可思議な文字で、名が記されていた。


「ザッハトル……」


『ザッハトール! それが貴様の名か! では行くがよい、ザッハトール! 見事、魔族を獣から人へと変えてみせよ! それこそが我が世界をこの手に収めるための道筋となる!』


「ほう」


 ──そんな事があったなー。

 余、結局千年かけて魔族を文明化して、文化を根付かせて平和的な種族にしてしまった気がする。

 ベリアルとか、本質的に怪物なのは変わらぬけどな?

 理性というものがあれば、野生は抑えられるものなのである。


「おいザッハトール! 戦闘中に物思いにふけるな!?」


 ガイによるツッコミの声で我に返った。

 おお、いかんいかん。

 魔神との馴れ初めを思い出しておった。

 そもそも、なんで余と魔神は出会ったのかのう。

 あれか?

 もしかして魔神が余をどこかから召喚したのか?


「どうだったかな?」


『ええい貴様!! 魔闘気で殴りながら尋ねてくるな!!』


 姿を現した魔神は、見上げるほど大きい。

 サイズだけであれば、余も見上げるほどの大きさになることができる。

 だが、神というやつはそもそもの規模が桁違いなのだ。

 おおよそ、世界そのものの半分の大きさがある。

 闇と光に世界を二分する神の片割れなのだから当然であろう。

 それを、このサイズまで圧縮して出現しているのだ。

 存在そのものの重さによって、世界が歪みかけている。

 ただの人間であれば、ここにあるだけで命を落とすだろう。


「魔神め、覚悟しろ!!」


「ファンケル、合わせるわ!」


 ファンケルとラァムの夫婦が真っ向から仕掛ける。

 連続攻撃が、魔神の鱗を弾いていく。


『小虫どもが!! 調子に乗るな!!』


 魔神が腕を振り回した。

 ファンケルとラァムがなぎ倒される。

 だが、そこに注がれるのは大魔道士ボップの回復魔法だ。


「やらせねえぜ!! こっちには、このボップ様がついてるんだ!」


 片手で回復魔法を使いながら、もう片手では複合魔法を練り上げておる。

 無詠唱複合魔法か、やるではないか。


『ええい、人間風情が!! 喰らえい!!』


 魔神は口から、極低温の輝く吐息を放つ。

 触れるものを何もかも凍りつかせる攻撃である。

 どれ、これは余が防いで……。


「任せろ!」


 ユリスティナが盾を構えた。

 余が作ったジャスティシールドが、見覚えのない輝きを放って聖なるオーラを増幅する。

 何、あの機能。

 聖なるオーラが、輝く吐息を相殺していく。


「ええ? えー?」


「ザッハトール! なんで小首を傾げてるんだ! いくぞ! うおお、ドラゴンチャージ!!」


 いきなり必殺技を出す勇者ガイである。

 そういうのは破られるフラグだぞ。


『ぐはははは! ちょこざいな! 魔王めには通用したかも知れぬが、我には通じぬぞ!!』


「ぐおお!?」


 ガイ、ドラゴンチャージの刺さりがいまいち甘いのは変わっておらんなあ。

 だが、隙ができたぞ。

 余は小走りで魔神の懐に入り込む。


「そいっ、ザッハトールパーンチ!」


『グワアーッ!?』


 えぐりこむような余のボディブローが、ドスッと魔神の腹に突き刺さる。

 見た目は超地味だが、重いダメージが内臓に残るぞ。


「ザッハトールパーンチ!」


『グウオーッ!? させぬぞ!!』


 慌てて魔神が距離を取る。

 ぬうっ、ボディブローは射程が短いのが弱点である。

 好機である。


「ゆけい、勇者たちよ!」


「いやいや、なんでザッハトールに仕切られてるの!? 行くけど!」


 ラァムがぶつぶつ言いながら突っ込んでいった。

 魔拳闘士ラァムと戦王ファンケルは、常に安定した力を発揮する。

 魔神が弱るほど強くなるぞ。

 二人の連携攻撃で、魔神は確実に体力をそがれている。

 そこに、ボップが連続して魔法を撃ち込んでいくのだ。


「よーし! じゃあ、俺がドラゴンチャージを!!」


「ちょいとガイよ。いいかな」


「なんだよーザッハトール」


「貴様、いつも一歩くらいチャージの踏み込みが足りないんだけどなんで?」


「え? そうかな? 俺がいい感じだと思う乗りでやってるんだけど」


「いつもよりもうちょっと無理する感じで踏み込んでみよ。上手く行くから」


「そう? よし、じゃあ、ドラゴンッッッチャージッッッ!!」


 力んでる。

 だが、魔神へと飛びかかったその勢いは、なかなかのものであった。

 避けられたら次は無いという突撃である。

 いいぞいいぞ。

 魔神はこれを見て、さすがに回避しようと身を捩った。

 そこに、余が魔闘気を絡める。

 魔神の動きが止まった。


『貴様っ!! ザッハトールッ!!』


「魔神よ。貴様は単体でかなり強いかも知れぬが、余はほれ、仲間みたいなのもいるのだ。そこのところが違うのだぞ」


『おのれえっ!! 魔王たるものが、仲間だと!? どこまで腐った奴……!!』


「おおおおおっ!!」


 身動きが一瞬止まった魔神に、いつもよりも踏み込みの深いドラゴンチャージが突き刺さった。


『ウグワーッ!!』


 魔神が無視できぬダメージを受けて叫ぶ。

 あのチャージなら、余にも攻撃が届いたであろうな。

 ガイはあれだ。

 我流が良くなかったな。

 良い師匠がついていればもっと強くなったであろう。

 ま、世界は平和になるからその必要もなかろうな。


『ぐぬぬぬぬっ……! 大人しくしていれば調子に乗りおって……!!』


 魔神が凄い目付きで我らを睨んでくる。

 魔神はボロボロだが、こちらも無傷ではない。

 ファンケルとラァムは回復したとは言え、限界が近い。

 無限の魔力とも言えたボップも、人の身の限界を超えた魔法を連発して、そろそろあっぱらぱーになって来ている。

 本当にあっぱらぱーになったら、マリナに悪いなんてものではない。

 そしてガイだが、今魔神のカウンターを受けてふっ飛ばされた。


『もはや、このような世界などいらぬ! 余は世界ごと、貴様らを滅ぼしてくれるぞ!!』


 魔神はそう叫ぶと、変身した。

 巨大だった体の輪郭が曖昧になり、世界と混ざり合い始める。

 世界ごと何もかも飲み込むつもりなのであろう。

 あっという間に、周囲の世界は魔神と同一化した。


「う、動けないわ!!」


「力が入らん……!」


「あれっ、俺の魔法が!」


「くっそ、なんだこれ!?」


 勇者パーティが戸惑っている。

 どうしたのであろう。


『余は世界と同一になる。余に抗うことは、世界に抗うことなのだ。貴様らがこの世界にいる以上、余には勝てぬ!』


「つまり貴様、世界と一つになって、世界の法則を操ってる的な?」


『そうだ!!』


「なるほど」


 確かに、余の体を覆っていた魔闘気が消えている。

 魔力を集めようにも、魔力そのものの存在を感じない。

 なるほど、さながら、今の余は丸裸である。


『貴様が作り出した強大な魔法も、魔力や魔闘気が無ければ力を発揮するまい! 我は程なくして世界との境界を失い、消えるだろう! だが、それは世界そのものが変質して滅びることと同じよ!』


「そうかそうか」


 余は、魔闘気を纏わぬ自らの足で歩みつつ、拳と手のひらを打ち合わせる。


「では、貴様が完全に世界と同じくなる前に、叩きのめす他あるまいな」


『魔力と魔闘気を失った貴様に、何ができる!』


「できるだろう。私がいるからな!」


『なん……だと……!?』


 おっ!?

 魔神が驚く気配。

 余の横には……。

 平然と立つユリスティナの姿があった。


「ユリスティナは平気なの?」


「不思議なことに平気なんだ」


「なんでかな」


『き、貴様か、神!! 貴様まさか……全ての加護をこの娘一人に集めているのか!?』


 魔神の呼びかけに応じ、見知った気配が集まってくる。

 これは……、神が降臨する気配である。

 ユリスティナの背後に降り立ったそのものは、厳かに告げた。


『とんでもない、あたしゃ神様だよう』

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