第92話 魔王と姫騎士大勝利!

 余とユリスティナ、並んでずこーっとずっこけた。

 神からの満足げな気配が漂ってくる。


『ありがとう、ありがとう』


「神ー。貴様最近弱ってると聞いてたが、割と元気ではないか」


『とんでもねえ。あたしゃ人間の信仰心が弱ってきてて、実際に弱ってるよ』


「そうかー」


『きっと、神の時代が終わりつつあるんだろうねえ。それはそこの魔神だって感じ取っているだろう』


「そうなの?」


『ぬうっ!』


 そうらしい。


「なあ、なあザッハ」


「なんだね」


「神様が来ているのか?」


「うむ。ユリスティナの右肩の辺りにちょこんと乗っかっている」


「なんと」


 思わず右肩をぱっぱっと払うユリスティナ。


『ウワーッ』


 神が落っこちた。


「しまった、つい……!」


 神を手で払ったのは、後にも先にもこの娘だけであろうな。

 力を失っているらしき神は、手乗りサイズになっている。

 余は落下しかけた神をキャッチした。


『というわけで、神はユリスティナに残る力を注いだ。神にできることはここまでだ。あとは任せた』


「任されました」


 ユリスティナがうなずく。

 重い上にとても曖昧な使命だが、簡単にうなずく辺りがユリスティナらしいところであろう。


『ぐふふふふ、ぐははははは! そうかそうか! つまり、貴様らを倒せば、人も魔も神も、全てが滅びるということか!! 話が簡単で良い!』


 魔神が笑った。

 ちょいちょいやけくそ気味であるな。


「魔神よ。まあ落ち着いて考えて見ぬか。神もこうして達観モードではないか」


「ザッハ、この後に及んで話し合いモードか? 私はいいと思う」


 ユリスティナの同意を得た。

 こやつ、どうも余に似てきた気がするなあ。


「魔神よ。時代が変わって、神の時代が終わるのであろう。それはそれである。神的に、やり方を変える時期に来ているとか前向きに考えてはどうだ?」


『それが気に入らぬのだ! 我は魔族全てを作り出した魔神ぞ!? 全ての創造物は我のものだ!!』


「生まれ落ちたら、そやつらはそやつらの意思で動くであろう。その先も好き勝手にできると思うのはどうかなーと余は思うのだぞ?」


『それこそ、貴様の考えであろうが!!』


「うむ、それはそうである。だが、世の中が実際そのように動いている以上、ある程度はすり合わせていかねばなるまいよ。力で現実を変えることは容易いが、そればかりでは誰も己の足で歩きだせまい。良いか、魔神よ」


 余とユリスティナは歩みを止めておらぬ。

 魔神は世界と同一化しつつあるとは言え、その核となる部分は前と変わっていない。

 既に、彼奴は目と鼻の先にいた。

 そして、余は魔神に向けて、この一年ちょっとで学んだ事を話す。

 余の脳裏にあるのは、ショコラが笑ったり、泣いたり、這い這いしたり、歩いたり。

 そしてパパと呼んでくる姿である。


「赤ちゃんはな、一年で歩きだして、喋ったりもするのだ。成長するのだぞ。貴様ら神が作った者たちもまた、己の足で歩き出し、喋りだしたのだ。見守ろうとは思わぬか?」


『全ては我のものだ!!』


「そうかー。そこは方向性の違いであるな。だが、今の世界にとって魔神よ、貴様はあまり良くない。ということで、余は貴様を倒すぞ」


『身一つしか残らぬ、元魔王風情が何をできる!! このまま同化してくれるわ!!』


「させんぞ!!」


 ユリスティナが剣を、盾を構える。

 ジャスティカリバーが世界を切り裂き、ジャスティシールドが世界を食い止め、ジャスティアーマーが輝きながら魔神が世界と同一化していくのを食い止める。


「やれ、ザッハ!」


 ユリスティナは、余をザッハと呼ぶ。

 余は魔王ザッハトールでは、既にない。

 ただのザッハなのである。


「うむ」


 拳を握りしめた。


「魔神よ。余は貴様から与えられた力を磨き上げ、鍛えた。魔力と魔闘気はそれなりに便利であったぞ。だが、これらは余の武器ではない。いたずらに相手を傷つけぬための、相手に対する鎧であった。今、余は鎧を失った貴様を叩く。歯を食いしばれ」


『何を言って、貴様……』


「余のパンチは、痛いぞ? そぉいっ!!」


 余は、力を込めて・・・・・、拳を撃ち込んだ。

 拳が唸りを上げる。

 世界と同一化とか、魔力とか魔闘気とか、そんなものは関係ない。

 本気のパンチが魔神の顔面に突き刺さった。

 そのまま、余の拳は最後まで振り抜かれる。


『ウッ、ウグワーッ!!』


 魔神が叫んだ。

 世界が揺れる。

 揺れ動く。

 世界中で、ぶちぶちと音がした。

 世界と混ざり合おうとしていた魔神が引き剥がされていく音だ。

 魔神は叩かれた勢いのまま、空に向かって吹き飛ばされていく。


『ウグワーッ!!』


 どこまでも、どこまでも飛んでいく。

 勢いが止まらない。


『ウグワワーッ!!』


 やがて、魔神の気配が感じ取れなくなる。

 遠く遠く離れていってしまったからだ。

 空に浮かんだ紫の雲には、魔神が突き抜けていった後の大きな穴が空いている。

 そして、穴は広がりゆき、雲を散り散りにしていった。

 世界の揺れが収まる。


「やったな」


 ユリスティナが構えを解いた。

 余を見上げてくる。

 笑顔であった。


「うむ……」


 余はうなずいた。

 手をさすってみる。

 叩いた後の拳は、ちょっと痛むものだ。

 勇者たちも立ち上がる。


『ほえー。これで世界は大丈夫だなぁ』


 神はなんか言いながら憎めない笑顔になり、姿を消した。


 戦いは終わったのだ。

 世界からは、嘘のように魔神の気配が消えていた。

 魔神がどこまで飛ばされていったのかは知らぬ。

 だが、百年やそこらで戻ってくることはできまい。


 さて、これで何もかも終わったと言っていいのか。

 すると、遠くから声が聞こえた。


「パパー! ママー!」


 ショコラの声だ。

 余とユリスティナを呼んでいる。

 我ら二人は顔を見合わせた。

 そして、猛スピードで駆け出す。

 一刻も早く、我らの赤ちゃんの元に駆け付けねばなのだ。

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