第十三章 そして日常がやって来る

第93話 魔王、子どもたちと塀ゴーレムを治す

 戦いは終わった。

 ショコラを抱き上げる我らの前で、塀ゴーレムによる村の覆いは消えていった。

 現れたのは、大きな被害が無い村の姿であった。

 見張り塔やら、背が高い建物はあらかた壊れてしまっていたがそれだけである。


「おおー!」


 村人から歓声が上がった。

 空も真っ青に晴れ渡り、みんな何もかも終わり、日常が帰ってくることを予感しているのだ。

 誰もが急いで、村に戻っていく。

 家を確認したり、畑を見に行ったり。

 だが、我が弟子たる小さき人々は違った。

 戻っていく塀ゴーレムに異変を感じたのであろう。


「先生、あれって……!」


 塀ゴーレムからは、弱々しい魔力しか感じられない。

 チリーノが余を見上げたので、うなずいて言った。


「村を守り、神と勇者と魔王の戦いを支えたのであるからな」


 そう、それは一介のゴーレムが果たすには、重い任務であったのだ。

 だが塀ゴーレムはその身を挺し、見事にこの役割を務めきった。

 そして今……。


「塀ゴーレム……!」


「ヘイヘイ言ってくれよ!」


 ザッハ魔法スクール一期生の面々は、塀ゴーレムに必死に呼びかける。

 だが、塀は答えない。

 答えられぬのだ。


「ピャ」


 ショコラがおててを上げた。

 何やらやりたいことがあるようである。


「なにかしたいのか?」


「マウー」


 ショコラを連れて塀に近づいてみる。

 ショコラは余の腕の中から、目一杯伸びをして、塀ゴーレムにペタッと触れた。


「マウマウマー」


『ヘイ』


 かすかな声が返ってきた。

 一期生たちが顔を見合わせる。


「ヘイってゆった」


「まだいきてる!」


 正確にはゴーレムだから、生きてるかどうかは微妙であるがな。

 だが、まだこやつに意思は残っているようだ。


「でも元気ないねえ」


「どうしよう……」


「おくすりあげる?」


「塀はおくすり飲めないだろ」


 子どもたちは、頭を捻ってうんうん考えている。


「ザッハ、いいのか?」


 ユリスティナが聞いてくる。

 助けてやらなくていいのかと言いたいのだろう。


「良い。これは彼らが考え、解決していくことである。少しずつ自分たちだけでできることを増やしてやらねばな」


「そうか。信じているのだな?」


「余の弟子たちだぞ?」


 子どもたちの中心には、リーダーであるチリーノがいる。

 彼はじいっと塀ゴーレムを見つめていた。


「そうか……! そうだ!」


 何か思いついたようである。


「みんな! 塀ゴーレムは魔法で生まれただろ?」


「うん」


「どうしたんだいチリーノ、いきなり」


「あのさ、魔法で生まれた塀ゴーレムが困ってるっていうことは、魔法で治してあげられるんじゃないかな」


 チリーノ、ナイスアイディアである。

 子どもたちはみんな、あっと声を上げた。


「そっか……! 魔法だ!」


「そうだね! わたしたちならできる!」


「みんなで魔法を使って、塀ゴーレムをたすけよう!!」


 わーっと盛り上がる一期生。

 いいぞいいぞ!


「ほう……!」


 ユリスティナが感心している。


「なるほどな。お前が魔神に啖呵を切ったとおりだ。赤ちゃんも、子どももどんどん成長していくんだな。私たちはそれを見守るわけだ」


「うむ。少し見ているだけで、彼らはどんどん成長するぞ。間違った方向に行かぬようにだけ、我らは気を割いていればよい」


 なぜなら、次の時代は作るのは彼らであるからだ。

 さあ行け、子どもたちよ!


 まずは、土魔法を使える子どもたちが、基礎を作る。

 塀ゴーレムの破損した箇所を修復している。


「壊れてるから弱ってるのかな? それだけじゃないんじゃないかな」


 チリーノは魔法を使いながら考え込んでいるな。

 ちらっと、チリーノがショコラを見上げた。


「ショコラちゃん、塀ゴーレムとお話できたよね」


「ピョ?」


「塀ゴーレムが弱ってる所、わかんないかな」


「マー」


 ショコラは口をむにゅむにゅさせた。

 これは言われたことをよく分かってない顔だな。


「チリーノ。赤ちゃんにはむつかしい言葉は分からぬぞ。ショコラは最近、話が分かるようになっては来ているが、まだ分かりかけなのだ。ならば、分かるように話さねばな」


「うん! わかったよ先生! えっと、えっと、塀ゴーレムがさ、ヘイヘイってわかる?」


「ピャ! ピャーピャー!」


 ショコラがヘイヘイを真似する。


「そうそう! でね、ヘイヘイが、うーんって。痛いよーってなってるの。どこが痛い痛いかわかる? いたいいたいーって」


 一生懸命、ジェスチャーを交えて呼びかけるチリーノである。

 いい感じであるぞ。


「ピャイピャイ?」


「そそ!」


「ンー」


 ショコラが考え込んだ。

 ショコラが考えている!!


「ザッハ! おいザッハ! ショコラが……!」


「うむ! うむ……! だが、我らは黙って見守り……くくくぅ……」


「耐えろ、耐えるんだザッハ!」


「パーパ! マーマ!」


 余とユリスティナがうるさいので、ショコラに叱られてしまった。

 全力で口を閉じる、余とユリスティナである。


「ピャイピャイ、ンー」


 ショコラが手を伸ばし、壁をペタペタする。

 そして、「ンー!」と力んだ。

 うんちかな?

 いや、ショコラの背中に、余の幻を突き破って翼が出てくる。

 赤ちゃんドラゴンの翼である。

 そして、ショコラがぱたぱたっと飛び上がった。


「────!」


「────!!」


 余とユリスティナ、声を殺してお互いをぺちぺちしながら、ショコラを見上げる。

 ショコラは一生懸命羽ばたいて、壁のちょっと高いところまでやって来た。

 そして、顔の落書きがされた一番高いところを、ペタペタした。


「ピャイピャイ!」


『ヘイ……』


「ピャア!!」


「そこだね、わかった! えっと、治す力がある人!」


「はーい!」


 一期生の女子が走ってくる。


「でも、塀でも治るの?」


「魔法だもん。できるよ!」


「そっか! うん、やってみる! んーっ、治る力、出てーっ!!」


 女の子の手から、光が出てくる。

 ほう、以前見た時よりはずいぶん光が強くなっておるな。

 彼女の後ろから、坊主刈りの男の子が走ってきて、がしっと抱きついた。


「空飛ぶ力! つかまってろよー!!」


 ほう!

 力を合わせて、高い所を癒やしに行くか。

 飛ぶ魔法の男の子に連れられて、女の子は高い所にある塀ゴーレムに手を伸ばす。

 癒やされていく。


「マーウー」


 おお、くたびれたショコラが降りてきた。


「おかえり、ショコラ!」


 キャッチするユリスティナ。


「マウマー」


 ショコラのお腹が、ぐーっと鳴った。

 うむ、これで塀ゴーレムも救われるな。

 我らはここで、食事に行こうではないか。

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