第12話 魔王、王都の裏で蠢く策謀に気付く

 しっとりした感覚で目が覚めたのである。

 横を見ると、ベッドの真ん中にショコラ。

 おしめが湿っている。


「ぬお、大放出だ」


 余はパッと起き上がると、ショコラのおしめを替え始めた。

 ショコラを超えた隣で寝ているユリスティナも、湿り気を感じたようで目をぱちっと開いた。


「むっ、この感覚……」


「うむ。おねしょだな」


「まさかおしめを超えてここまでとは。ショコラちゃんは将来大物になるな」


「間違いあるまい」


 我らはそう囁き合うと、ショコラが目覚めぬよう、手早くおしめを交換し、ベッドのシーツも交換した。

 宿の者を呼び、追加料金で新たなシーツを注文するのだ。

 大丈夫、おねしょによってシーツがダメになる可能性も鑑み、そのための料金は旅費に計上してある。


「マムー」


 ショコラがむにゃむにゃ言い始めた。

 眠りが浅くなってきている。


「貸せ、ザッハトール」


 ユリスティナは余からショコラを預かると、胸に抱いてよしよし、と優しく揺すり始めた。

 小さな声で、ショコラに聞かせるように歌い出した。

 すると、むにゅむにゅしていたショコラが、また寝息を立て始める。

 誰から習ったわけでも無いのだろうが、あれはなかなか凄腕の赤ちゃんあやしである。

 やる……!

 余の目に狂いは無かった。


「ザッハトール、もう夜が明け始めているがどうする? ……というか魔王と同室で、私もここまで熟睡してしまうとは」


「ククク、旅疲れというものであろう。余は外を見てくる。貴様はもう少し寝ているが良い」


「くっ、魔王に気遣いされるとは……! だが寝ることにする。ありがとう」


 そう言うと、ショコラを寝かしつけたユリスティナもまた、真新しいシーツのベッドで眠りについた。

 さて、この間に、余は明け方の王都を散歩するとしよう。


「おや、旦那さんお散歩かい」


「そのようなものだ」


 余は宿のスタッフに声を掛けられつつ、外に出た。

 夜明けである。

 どれ、今夜決行予定の『ムッチン王子にユリスティナ求婚を諦めさせる作戦』の現場を確認してくるとしよう。

 余は魔闘気を纏うと、ふわりと浮かび上がった。

 腕組みをし、街道をするすると滑っていく。


「ふむ、この時間は誰も動いておらぬな。もっとも、そうでなければ余も、魔闘気移動法など使わぬがな」


 会場まで向かってみると、そこには動く人影があった。


「むむ?」


 余は建物の影で停止した。

 顔を覗かせて、様子を窺う。

 何もかがぼそぼそ話しておるな。

 どれ、聞いてやるとしよう。

 余は聴覚を強化する。

 魔闘気の応用である。


「これであの方も満足されるかな」


「ああ、だろうぜ。この国の王族は、魔法学院をないがしろにし過ぎるんだ。ガーディさんが来てくれなかったら本当にやばいところだった」


 男たちは、ムッチン王子の壮行会会場に何かを仕掛けているようだ。

 魔法を使った罠であろう。

 ほう、という事は、これは暗殺計画か。

 ガーディだと?

 何者であろうかそやつは。

 余はここ半年ほど、ショコラの卵温めに注力していたため、世の中の動きには疎いのだ。


「よし。静かに現われよ、四魔将西のパズス」


 余の足元が、ぼんやり光った。

 そこから、ニュッとパズスが顔を出す。


「静かにってオーダーを受けましたけど、どうしたんですかね魔王様」


 紫のお猿は、よいしょ、と魔法陣から体を引っ張り出す。


「余の計画に不確定要素が影響しようとしておる。貴様はここで、彼奴らを観察せよ。そして余に報告するのだ」


「ウキッ! おまかせ下さい!」


 パズスが二本足で立ち上がり、魔王軍流敬礼のポーズをした。


「これは貴様のお弁当である」


 余はポケットに潜ませていた、ドライフルーツの類を取り出した。

 昨日の夕方、買っておいたものである。


「キキーッ! ありがたき幸せ!」


 パズスはドライフルーツを受け取ると、もちゃもちゃ食べながら任務を始めた。

 その間にも、仕掛けを行う者たちは増えている。

 口々に、ガーディ、ガーディと謎の者の名を呼んでいる。

 妙に気になる名であるな。


「うーん、どうも臭えですなあ」


 うむ。

 陰謀の臭いがするのである。

 その後、余が宿に戻ると、完全に夜が明けたのである。

 流石に、歩いて帰ることにする余。

 途中で市場が開いていた。

 朝市である。


「ほう……これは……!」


「いらっしゃい! お兄さん見ない顔だね。旅人かい?」


「分かるか。偶然朝市に出会ってな。こうして覗きに来たところである」


「はっはっは、うちの野菜はな、採れたての新鮮だぜ! 煮物にしてよし、焼いてよし!」


 ふむ、この地方の人間は、野菜を生では食わぬようだな。


「では一つもらっていこう。ヤムヤムとカブカブをもらおう」


「毎度あり!」


 余は大きな芋と、丸い根菜を抱え、宿へと帰還した。

 食堂で働き始めていた宿の奥さんに、野菜を手渡す。


「朝食だがな。これで赤ちゃんも食べられるものを作るがよい」


「あら、立派なヤムヤムとカブカブだね! ありがとう! 腕によりをかけて作るよ!」


 余は奥さんにオーダーを出すと、安心して部屋に戻った。

 部屋の中では、まだユリスティナが爆睡しているではないか。

 目覚めたショコラが、ユリスティナの上に乗ったり、転がってみたりして冒険している。


「おお、ショコラ、目覚めていたか」


「ピョ?」


 余の声に気づき、ショコラが顔を上げた。


「マーウ!」


「うむ、今そばに行くぞ」


 余がベッド際まで来ると、ショコラはユリスティナをお尻の下に敷いて座り込んだ。

 こうまでされても起きぬとは。

 恐るべき眠りの深さである。

 いや、今「むぎゅう」と言ったな。

 余がショコラを抱っこすると、ユリスティナもモゾモゾ動き始めた。

 起床である。


「起きよ。今日は忙しいぞ。望まぬ婚姻から貴様を解放するために、大いなる策略が待っているのだからな」


「ふぁい」


 寝ぼけ眼のユリスティナは、よく分からない返事をしたのであった。

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