第11話 魔王、明日の段取りを確認する

 ゼニゲーバ王国に到着したのである。

 余は変身しているからいいが、ユリスティナはそのままでは世界一有名な女だからして、目立つことこの上ない。


「ユリスティナよ。希望の姿はあるか?」


「希望だと? 一体私に何をしようというのだザッハトール!」


「ククク、知れたこと。王都の人間にばれないように変装させるのだ」


「あ、なるほど」


 というやり取りのあと、ユリスティナは黒髪の女性に変身させることにした。

 余の幻覚魔法は、見た目を変えるだけではない。

 ある程度、その存在を見た目通りの形状に変えてしまう力を持つ。

 例えば今、おくるみに包まれてぐうぐう寝ているショコラ。

 本来ならば尻尾と翼があるのだが、幻覚で人間の赤ちゃんになっている間、それらは消えてしまう。

 同じように、ユリスティナも鍛え抜かれた肉体とかは一時的に消えるのだ。


「むっ……なんだか頼りないな……。全身にあるべきものが無い感覚だ」


 肉の落ちた腕や足、腹筋を確かめて、ユリスティナが眉をハの字にする。

 人間の女子は普通、その辺が減ると喜ぶものだと思ったのだが。

 やはりこの女、規格外。

 余の目に狂いは無かった。

 こやつしか、ショコラのお母さん役は務まるまい。


「……どうして私に熱い視線を送ってくるのだ」


「余は今、必ずや貴様を自由の身にせねばならぬと誓っているところだ」


「はあ……」


 かくして、我らは王都にて宿を取ることにした。

 金は、狩りを手伝った際に受け取った分しか無いため、中程度の宿に二泊三日である。

 これと滞在中の食事、他に予定している諸々の出費で、所持金は無くなる。

 ふむ、人間の生活というものも、色々と物入りなものだな。


「……同じ部屋なのか……?」


「何を言う。違う部屋にする予算は無いぞ。それに、余が一人でショコラの面倒を見切れるはずがあるまい」


「むむっ……。確かに、魔王と赤ちゃんをずっと同じ部屋にしておくのも……! 汚い、さすが魔王汚い」


「クハハハハ、何とでも言うが良い。余は貴様にお母さん役を引き受けてもらうまでなんでもするぞ。覚悟するが良い! ──それはそうと、ショコラが結構貴様を気に入っているようなので本当に引き受けてくれると嬉しい」


「い、いきなり殊勝な物言いになるな!? だが、確かにショコラちゃんはぷにぷにのふわふわでだな……」


「そうであろう、そうであろう……」


 余とユリスティナ、角を突き合わせていかにショコラが可愛いかを話し合うのである。

 ショコラは、宿のベッドの上に寝かせている。

 この子はよく食べ、よく動き、よく寝る。

 

「では、ショコラが起きぬ内に作戦の詰めと行こう。いでよ四魔将、東のオロチ」


 余が名を呼ぶと、足元に緑色の魔法陣が浮かび上がった。

 そうそう。

 本来はこうやって出てくるものなのだ。

 さっきのように、オロチが勝手に登場するのはよろしくない。

 街中であんなことがあれば、目立つことこの上ない。


『魔王様ーっ!!』


 来た。

 光が描く魔法陣が、強く輝く。

 それに紛れて、半人半蛇となったオロチが飛び出してくる。

 余に抱きつこうとしたので、その両腕をブロックした。


『ああん、魔王様のいけず!! どうして防御するのですかあ!』


「冷静にせよ、オロチ。明日の作戦について貴様に伝える」


『あっ、もう少し、もう少しで魔王様をハグ出来ますう』


「話を聞くのだ」


 余は一瞬だけ正体を現した。

 魔闘気が湧き上がり、一瞬でオロチを包み込み、制圧する。

 地面に押し付けられて、潰れたようになったオロチが呻く。


「明日、貴様は人間の街で暴れよ。ただし、人が死なぬよう注意するのだ。万一死者がいれば、余が復活させるがな」


『そ、そんなの、魔族のやり方ではありません! 魔族は人間どもを殺し、喰らうものです! ですけど、魔王様がご命令なさるのならぁ』


「……ザッハトール。やはりこいつを使うのは危険では……?」


 横にやって来たユリスティアが困った顔をする。


「理由は簡単だ。良いか? 演技でしか無いものには、どこか嘘くささが付き纏う。余も策略を巡らせる際には、尖兵となるものを魔法で洗脳し、与えた設定を信じ込ませた。それでこそ、尖兵は相手を騙すことができ、余の策略は成ったのだ。

 つまり、オロチのように人間を食い物としか思っておらぬ魔族だからこそ、ムッチン王子を怖がらせることができるということだ」


「もっともなような……。むむ? しかし、ザッハトール、騙すとは一体? お前の策略とは」


「安心せよ! 余がオロチを暴走はさせぬよ。クハハハハ!」


 ユリスティアの詮索がとても危険なところに触れそうになったので、余は笑ってごまかした。

 勇者一行の冒険に、やらせはない。

 いいね?


 そして、余とユリスティナとオロチは、今後のタイムテーブルについて話し合った。

 明日の夜、ムッチン王子がユリスティナを探す旅の壮行会を行う。

 そこでオロチが出て暴れる。

 余が止める。

 余が正体を表す。

 ムッチン王子が腰を抜かす。

 ユリスティアが余を倒し、彼女の豪腕にムッチン王子ドン引き。

 これだ。


「待て、ザッハトール! おかしいところがあるぞ!」


『そうですわ!』


「何かね」


『わたくしの出番、それで終わりなんですか!?』


「うむ。仕事が終わったら、魔将の控室で休憩をしているように。暇であれば、パズスと共に村を守ってもいいが、貴様人を喰うだろう」


『人間はおやつですもの』


「終わったら控室に戻るように。はい、えーとか言わない。で、ユリスティナはどうしたのだ?」


「……これ、今日から丸一日以上空いてるじゃない。なんでこんなに早く来たの……?」


「観光である。安心せよ。観光予算はしっかりと用意してきてある。余はこのような予算関係の計算は得意であるからな。魔王時代によくやったものだ」


「どうして魔王が……」


「ユリスティナよ。我が魔王軍に、そのような細々とした作業が得意そうな幹部はいたか?」


「いなかったな。皆脳筋だった……!」


 ハッとするユリスティナ。

 そして、余を、えも言われぬ感情を込めた目で見た。


「苦労……していたのだな……」


「なに、慣れている」


 さて、そろそろショコラがむにゅむにゅ言い始めた。

 起きたショコラはむずかるのだ。

 余は、赤ちゃんをあやす用意をした。

 さあ、これから観光をするぞ。

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