第40話 魔王、魔族の使者にご飯を食べさせる
「はふっはふっ、ぱくぱくっ、がつがつ」
「落ち着いて食べるのだカオスナイトよ」
「むぐっ、うっ」
「ほら、喉に詰まった。牛乳をぐっとやるのだ」
「むっ……ぐむっ……んっんっんっ……ぷはあっ」
牛乳を一気に飲み干したカオスナイトは、口の周りを真っ白にしながら涙目だった。
「死ぬかと思いました……」
「魔王軍八騎陣ともあろう者が、喉にパンを詰まらせて死んだのではあまりにもアレであるぞ」
「反省します……。ご飯美味しかったです」
カオスナイトはしおらしく頭を下げた。
「ところでザッハ。彼女は何だ? 食事をさせるのはやぶさかではないが、どう見ても魔族でないか?」
「マウマー」
居間にて、余とユリスティナはテーブルを挟み、カオスナイトと向かい合っている。
ちなみにこの居間は、ショコラが這い這いできるよう、裸足で歩けるように加工してある。
床には上質の干し草を編んで作った、特製マットが敷かれているし、テーブルだって床に直で座って囲むよう、足が短い専用のものを使っている。
カオスナイトは、床に直座りするこのスタイルが落ち着かないようで、しきりにお尻を気にしている。
「大丈夫、座ってもお尻は汚れないから。ザッハが考えた、赤ちゃん向けの家なんだ」
「は……はあ……。……と言うか、あなたは我が魔王軍の宿敵、聖騎士ユリスティナ……!? なぜ魔王様と一緒に赤ちゃんを育てているのですか!? しかも親しげにザ、ザ……恐れ多くも魔王様の名前の一部を呼んで……」
食事をしてやっと人心地がついたようで、カオスナイトは今更なことを突っ込み始める。
ここで余は、彼女に断りを入れておいた。
これは言っておかねばならぬからな。
「カオスナイトよ。余は魔王ではない。赤ちゃんを育てる人だ」
「魔王様……それは世間一般では父親と言うのではないかと……」
戸惑いがちに突っ込みを返された。
余が困った顔でユリスティナを見ると、姫騎士はそら見たことか、私が何度も言っているだろう、と得意げな表情を返してきた。
うーむ。
父親と呼ばれるのは嫌いではないが、まだ余はショコラにそこまでのことをしてやれておらぬような。
そもそも、ドラゴンとは父親が育児に参加せぬ種族なのだ。
ショコラが余に懐いているのは、実にイレギュラーな事態と言えよう。
「マウマーマー」
「おお、ショコラどうしたのだ。余の膝を上ってきて……おっ、久々に余をよじ登るつもりか。ハハハ、いいぞいいぞ。最近ではショコラも、やたらと何でもかんでも口に入れたりしなくなってな」
「なんて子煩悩そうな笑顔……! 魔王様がこんな顔をなさるなんて……!」
「カオスナイトが衝撃を受けているぞザッハ。……しかし、彼女があのカオスナイトだというのか。信じられない。私たち勇者パーティが戦った八騎陣は、そのどれもが化け物じみた大きさと強さを持つ、邪悪な騎士だったと思ったのだが」
「我々は皆、魔闘気の使い手です。大型の鎧に搭乗する形になり、魔闘気を使ってこれを動かしているのです。ですから、八騎陣は皆、私のように小柄なのです」
「そうだったのか……!!」
今になって知る、意外な事実に驚きを隠せぬユリスティナ。
こやつ、その巨大な八騎陣と真っ向から生身で殴り合っておったからな。
生身のカオスナイトでは、文字通り指先一つでダウンさせられてしまうであろう。
「して、カオスナイトよ。貴様がここにやって来た理由を聞こうではないか」
余が促すと、カオスナイトはハッとした。
貴様、ここに来た目的を一瞬忘れておったな?
「お、覚えています! 覚えていますから! ちょっと魔王様のご飯美味しすぎて頭の中が空っぽになっただけですから! もう、魔界は大変な騒ぎになっていて、まともに美味しいご飯も食べられなくて……」
「ほうほう。どういう状況なのだ?」
「はい。実は新しい魔王を選びだそうという動きになっていまして……。ですが、最強の魔王であったザッハトール様も勇者に負けたということで、力のみで選んでもダメなんじゃないかという方向に議論が進んでですね」
「いい傾向ではないか」
余は厳密には負けてないので、力のみで選ぶ方針は否定されてないんだけどね。
「そして、魔界大選挙が行われる運びとなったのです」
「魔界」
「大選挙」
余とユリスティナが、耳慣れぬフシギな言葉を呟く。
「私たち旧魔王軍幹部の生き残りがですね、選挙管理委員会になりまして、立候補者を募って選挙戦を争わせるのです。あまりに泡沫な候補が出ても票が割れるので、委員会で立候補者の経歴や人望を見てですね」
本格的ではないか。
「こういう事務的な仕事が上手いのは、十二将軍のニューカムであろう? あやつ、余が勇者との戦いの終盤に人間からスカウトしたからな」
「あ、はい、おっしゃる通りです! ニューカム殿が選挙管理委員長となり、今回のシステムを作りました。いや、本当に魔王軍は直接戦うのが得意な人材は多いのですが、事務仕事となると全然ダメのダメダメで……」
「分かる」
「ザッハ、カオスナイト、苦労しているのだな……」
宿敵であった姫騎士に同情される魔王軍。
ちなみにカオスナイトも事務作業は壊滅的であるぞ?
ちょっと天然なところがあるので、致命的な計算ミスをよくやるのだ。
絶対に数字を扱わせてはいかんぞ?
「そこで人手不足のせいで、私が開票所の責任者になってしまいまして」
「うわーっ」
「どうしたのだザッハ? この世の終わりのような顔をして」
「どうしたもこうしたもない。このままでは魔界が終わるぞ。人魔戦争の再来だ」
「それほどの事が、今のカオスナイトの言葉の中に……!?」
愕然とするユリスティナ。
うむ、これは一大事である。
この魔界大選挙、つつがなく終わらせ、平和な世の中を維持しなくてはならぬ。
余はそう決意したのであった。
「あの、魔王様、困っているのはそっちではなくて、立候補者の選挙戦で大きないざこざがですね……? 魔王様ー」
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