第39話 魔王、魔界からの使者と会う

 すっかり平和になったベーシク村で、余は今日も小さき人々に魔法を教えている。

 攻撃に使える魔法などは、子どもの人格を見てから教えるかどうか決めている。

 他に家庭環境などであるな。

 余の一番弟子であるチリーノは、既に三つの魔法を使えるようになっていた。


「水作成は、井戸の桶がいっぱいになるくらい水を出せるようになりました! 風操作は、洗濯物を乾かせるくらいの風を、乾くくらいの時間使えます。あと、土操作で焼き物に使う粘土だけを選んで取り出せるようになりました!」


「ほう、やるではないか。驚くべき進捗だ。皆、チリーノに拍手するのである」


 子どもたちが、ワーッとチリーノに向かって拍手する。

 チリーノは照れて、えへへと後頭部を掻いた。

 他の子どもたちも、水作成は全員がマスターし、他の魔法の勉強中である。

 余が一人一人面談をし、それぞれ覚えやすい魔法を教えている。


「先生! これね、召喚魔法でカブトムシを呼んだら、紫色のが出てきちゃったの」


「これは魔界のカブトムシであるな。昆虫のみ召喚できる貴様の魔法だが、どうやら才能があったようだ」


「先生先生! 明かりの魔法、こんなに明るくなったよ!」


「ほう! 僅かだが熱も感じるようになっているな。これを極めれば、光で火を点けることもできるようになる。火は危ないゆえ、点けられるようになったら余に教えるのだぞ」


「はーい!」


 毎日大忙しである。

 ちなみに、チリーノは地味な魔法ばかり好んで覚えている。

 周りの子どもたちは、それがあまりかっこよくないと思っているようだ。

 しかし、チリーノの選択は大正解なのである。

 全ての元素魔法は、基礎に通じる。

 地味な魔法を完全にマスターすれば、後はそこから発展した魔法をどんどん使う事ができるのだ。

 チリーノの成長速度であれば、あと一年程で魔法学院の魔法使いと同レベルの腕前になるであろう。

 無論、これは平和な世の中で、余にのんびり魔法を教えてもらうことが前提だ。


「えっと、水と風を組み合わせて……あっ、雪になった!」


「なにっ」


 いきなり複合魔法を使った。

 前言撤回である。

 チリーノはあと一ヶ月ほどで、魔法学院の魔法使いと同レベルになるであろう。

 このお子は、自分で試行錯誤してどんどん前に進むタイプだった。

 正に、勇者ガイと同じである。


「余は恐るべき才能を見出してしまったのかもしれぬな……!」


 余は己の才能を見極めるセンスと、そしてチリーノという未来の大器に、興奮を禁じえないのであった。

 後々強くなったら、魔界辺りを任せてみても良かろう。

 余が強力に推せば、魔王決定戦にも参加できるであろうな。


 そんな事を考えていた余。

 あまりにも自分の世界にどっぷり浸っていたので、その者がやってきた事に気付かなかったのである。

 ふと、懐かしき魔界の気配を察した時には、その者はすぐ後ろまでやって来ていた。


「あっ、先生!」


 チリーノがその者に気付き、声を上げた。


「人が倒れてるよ!」


「なにっ」


 余の後ろにある茂みから、倒れた頭が突き出している。

 それは、青い肌をして、尖った耳の魔族であった。


「これは魔界の住人であるな」


「魔界だって」


「こわーい」


 子どもたちが口々に言う。


「なに、魔界の住人とは言え、魔族も人である。戦争は終わったのだから、恐れることも無い」


 余はトコトコと住人に近づいて行った。

 チリーノも後をついて来る。


「これ。貴様、なぜこのような所に倒れておる」


 余が声を掛けると、その人物は閉じていた目を何とか開いた。

 女の魔族である。


「おお……その威厳に満ちた声……。そして微かに感じる強大な魔闘気の気配……! あなたはもしや、まお」


「オールステイシス」


 余は時間を止めた。

 不味いワードが出たからである。

 困るなあもう。


「うザッハトール様では」


「そうだが、勇者に敗れて魔王を引退したのであるし、余はただのザッハトールである。あまり軽々しく魔王と言うな。余の田舎暮らしに差し障りが出るであろう」


「あっ、すみません」


 倒れたまま、魔族の女が謝った。

 えーと、こやつ、どこかで見た事があるような。

 いや、外見は初めて見る。

 だが、この女が纏った魔闘気に覚えがあるのである。

 魔闘気を使えるのは、それなりに上位の魔族だけのはず。

 とすると、こやつは……。


「魔王様、私のこと忘れたのではないですか」


「えっ、そんなことはないぞよ」


 鋭い事を言われたので、余は誤魔化した。

 そして頭をフル回転させる。

 余は時間を止めたというのに、何故急がねばならぬのだ。

 いやいや、まずはぶつくさ言うよりも、思い出すのが先だ。

 そして、余の記憶は一人の魔族の名を引っ張り出してきた。


「えーと、鎧を着ておらぬから分からなかったが、貴様もしや、八騎陣のカオスナイトでは?」


「その通りです! おお……やはり魔王様は我らの事を良く分かっていて下さった……」


 倒れたまま、はらはらと涙を流すカオスナイト。

 ちなみに八騎陣は全部ナイト系の魔族で、ワンダリングナイト、カースドナイト、デスナイト、ダークナイト、キラーナイト、メタルナイト、ヘルナイト、そしてカオスナイトの八名である。

 色以外、見た目は同じだ。

 だから鎧を脱がれたらさすがの余も分からぬ。

 鎧を着てやって来たらよかったのに、もう。


「そしてカオスナイトよ。貴様、一体何用で人間界に?」


「はい、それには重大な理由がございまして……! 魔王様、どうか魔界へお戻りください。魔界は今、大いなる混乱の最中にあるのです……! 私はこの混乱に巻き込まれる民を思い、この状況を解決できるのは魔王様だけであると考えました。そして、貴方様が生きていると信じ、長旅をしてここまで……! ですが、ついに今、力尽きようとしているのです」


 そこまで言ったカオスナイトから、ぐ~っという腹の虫が聞えてきた。


「貴様、お弁当が尽きたのだな」


「面目次第もございません」


 元魔王軍八騎陣ともあろう者が、空腹で行き倒れとは様にならぬ。

 ちょうど、今日の子ども魔法教室も終わるところだ。

 家に帰って、食事をさせようではないか。


「ついて参れ、カオスナイト。家につくまでの間、余が子どもたちにあげるように作ったご褒美ビスケットを食べて飢えを凌ぐがよい」


「なんと……! 魔王様手ずからのビスケット……! ありがたや……」


 カオスナイトは、はらはらと涙をこぼしてビスケットを食べた。

 さて、昼食をあと一人分多く作らねばならぬな。

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