第41話 魔王一家、魔界にバカンスの計画を立てる
「バカンスである」
余が宣言すると、ユリスティナがとても嫌そうな顔をした。
「なんであるか、その顔は」
「魔界がバカンスするような場所か? 私が知る魔界は、魔王城とその周辺ばかりだが、どこも毒の沼地と岩山と枯れ木しか無かったぞ」
「あれ、通りそうな辺りだけ毒にして、他は毒っぽい幻を掛けたただの水なのである。それから岩山は春になると芽吹いて一面緑になるのだぞ。貴様ら勇者パーティが偶然、冬にやって来たに過ぎない」
「なん……だと……」
衝撃を受けるユリスティナ。
余がスケジュール調整と、若干の気候操作を行い、ちょうどおどろおどろしい時期の魔界に勇者パーティが訪れるようにしたのである。
あれは細心の注意を必要とした。
「そう言うわけで、カオスナイトからお願いされた選挙の件を手伝いつつ、ゼニゲーバ王国ではできなかったバカンスを楽しむのだぞ」
「うーむ……。そもそも私は、お前を倒しに魔界に乗り込んだ勇者パーティの一人なのだが……」
「魔族は力こそ全てだからな。いかなる形であれ、力と呼べるものを示す相手に敬意を表す。貴様を憎く思っている魔族など、少数派ではないか?」
私怨で動く魔族は、基本的にいない。
魔神がそそのかさない限りは、である。
ガーディアスはその辺りの犠牲になったっぽいので、そのうち余は、魔神をぶっ飛ばしに行かねばならぬ。
「それはそうと、バカンスだぞショコラ」
「マーウー」
余に高い高いされ、ご機嫌のショコラである。
割とこの子はご機嫌であることが多い。
とても良いことだ。
袖や足をパタパタさせるショコラを見て、余もユリスティナもほっこりする。
「あ、あの……。いらっしゃるのは魔王様とユリスティナ殿と、ショコラ殿の三名ですか?」
おずおずと、カオスナイトが聞いてきた。
「うむ、その予定である。四魔将は呼べばどこにでも来るが故な。だが、余がいない間の子ども魔法教室は、ベリアルに引き継がせる。よってベリアルは来ない」
ブリザードとフレイムにも仕事はあるし、パズスはパズスで最近はこども園の手伝いをしている。
なんと、自由にできるのはオロチだけではないか!
ちょっと頭数が足りぬか……?
余は結構、賑やかな方が好きなのだ。
「むむ」
「どうしたザッハ。真面目な顔で考え込んで」
「思ったよりも四魔将を連れていけぬと思ってな。別に、余が一人いれば十分なのだが、せっかくのバカンスならば賑やかな方が良かろう。さて……」
考え込む余。
すると、家の戸を叩く音がした。
「先生、こんにちはー!」
チリーノであった。
よし、あやつを連れて行こう。
余はブラスコ一家に話を通し、チリーノを弟子として連れて行くことにした。
見込みある若者たるもの、魔界の一つや二つ見ておいた方が良いからな。
「先生……! 俺、魔界なんて初めてで……」
「うむ。だがチリーノよ。貴様はそもそもベーシク村から出たことすらあまりないであろう。初めてではない村の外はどれだけある」
「うーん……。お父さんに連れてってもらった、大きい池とか」
「では、どこに行っても初めてではないか。なに、ベーシク村から一番近い宿場に行くのも、魔界に行くのも同じだ」
余は微笑みながら、彼の肩を叩いた。
チリーノも納得したようで、緊張が無くなる。
「そっか! 俺、どこ行っても初めてだもんね。そうだなあ、先生の言うとおりだ」
物分りがいい弟子である。
ほれ、ショコラもマウマウ言って同意している。
こらそこ。
ユリスティナとカオスナイト、何を真顔で首を傾げておるか。
さて、これから魔界に向かう段となり、荷物チェックを行うのである。
着替えよし。
魔界にも洋服の店はあるから、いざとなればそこで買うのが良い。
何故かユリスティナが、魔界の洋服店と聞いて目を白黒させていたが、魔族が暮らして経済活動がある以上、店があって当然ではないか。
次に、おむつの代え、よし。
これは随時、余が水の魔法を使って洗濯して循環させる。
乳母車、よし。
念のために、余が強化の魔法をかけておいたぞ。
余は荷物を指差し点検し、腕組みしながら深く頷いた。
これらを、大型の取っ手付き木箱に詰め込む。
木箱には乳母車から着想を得たタイヤが付いており、コロコロと転がしながら引っ張っていけるのだ。
名付けて木箱車である。
かなりの大きさがあるので、チリーノ一人くらいなら軽く入ってしまうであろう。
「先生、おまたせ!」
チリーノも荷物を持ってやって来た。
肩がけのカバン一つに収まるくらいだから、下着しか入っておらぬな、あれ。
あとは母親のアイーダが作ったお弁当であろう。
いざ、ベーシク村から旅立とうという時に、ブラスコ一家と余の弟子たる小さき人々が総出でお見送りとなった。
「ザッハさん、チリーノをよろしく頼むよ」
「チリーノ、ちゃんとザッハさんの言うことを聞いていい子にしてなよ?」
「分かってるよ!」
「いってらっしゃーい先生ー!」
「チリーノいいなー。私も行きたかったなあー」
「でも、僕たちの中でチリーノがいちばん魔法うまいもんね」
おっと、今、魔法という危険ワードが出たな。
だが、小さき人々の言葉である。
ブラスコもアイーダも、本気に取りはしない。
「先生これ! ショコラちゃんにとちゅうで食べさせてあげてね!」
小さき人の中から歩み出た女の子が、小さな可愛いクッキーを差し出してきた。
魔法教室開講の際、余に真っ先に疑義を突きつけた娘である。
今では教室でも三番目に優秀な生徒だ。
無論、余は全ての子どもたちが自分のペースで魔法を身につけられるよう、個別指導を行っているのである。落ちこぼれなどおらぬぞ。
「ありがとう。だが、砂糖は高かったのではないか?」
「ううん、この間ね、森で蜂の巣を見つけたから、ハチミツた~っぷり使ってるの! 生だと赤ちゃんに良くないって言うから、クッキーに使って焼いたの!」
ハチミツに含まれる毒素を持った菌については、余は暇つぶしに調べてある。
これは120℃程度で4分以上熱すれば不活性化するため、クッキーならば安心なのである。
「よく調べたな、偉いぞ」
余は小さき娘の頭を撫でた。
嬉しそうにしている。
「マウマウー!」
そして早速クッキー食べたさに、手をパタパタさせるショコラ。
日に日に食いしん坊になっていっているな。
育ち盛りかも知れぬ。
「ではな、皆のもの。余がおらぬ間、困ったことはベリアルに頼むが良い。時折変なことを言うが、そういう男なので気にせぬようにな」
それだけ伝え、余と仲間たちは旅立ったのである。
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