第42話 魔王一家、魔界の国境線にやって来る

 我らは駅馬車に乗り、ベーシク村が見えないところまで移動した。

 よし、ここまで来たら大丈夫であろう。


「では、ここで降りるぞ」


「えっ」


 チリーノがびっくりした。


「先生、ここはまだ街道だけど、いいの?」


「良いのだ。魔界に行くと言ったであろう。魔界は遠いぞ。このカオスナイトが旅をして、くたくたのしおしおになるくらい遠い。馬車では何日かかるか分かったものではないのだ。よって、余の魔法で移動する」


「魔法で! すごい!」


 チリーノが盛り上がる。

 その横で、ユリスティナとカオスナイトがお喋りしていた。


「カオスナイト、お前、移動の魔法は使えなかったのか?」


「はい、お恥ずかしいことに、私が使えるのは精神操作系とステータス低下系だけで」


 カオスナイトだものな。

 相手をカオスに陥れる魔法に特化しているからこそ、その名を冠しているのだ。


「馬で旅をしてきたのですが、馬も途中で倒れてしまい、そこからは徒歩で三週間ほど……。ハッ!? 三週間経つと、もう選挙も佳境です! まずいです……!」


「で、あろう。なので時間を掛けていられぬのだ。ほれ、行くぞ。集まれ集まれ」


 馬車から降りた余は、皆を近くに集めた。


「ピャァー」


 ショコラが乳母車から掴まり立ちをし、余の服の裾を引っ張る。


「うむうむ。これからちょっと移動するからな。危ないので座っているのだぞ」


「マウー?」


 余はしゃがみこみ、ショコラのほっぺたをぷにぷにした。


「ピャウー」


 じたばた抵抗するショコラ。

 そうしたら安定を失い、乳母車にすとんと腰を下ろすことになった。

 よし。


「長距離移動魔法を使う。ワールドトラベル!」


 余が指を打ち鳴らした瞬間、我らの足元が消失した。

 いや、一同、揃って空へと舞い上がったのである。

 我らは風の結界に包まれ、空気抵抗を無視して猛烈な速度で飛んでいく。


「ひええええー!!」


 チリーノが悲鳴を上げ、余にしがみつく。


「マウー!」


 ショコラは凄い速さで通り過ぎていく光景に、大喜びだ。

 ユリスティナはこの風景に慣れているようで、平然としている。


「あわわ、ま、魔王様、私、足元が無いのが苦手で……!」


 なんだカオスナイト、貴様は高所恐怖症だったのか……。

 ということで、怖がるカオスナイトの手を、ユリスティナがぎゅっと握った。


「私に掴まっているといい。万一放り出されても、私は聖なる鎧を呼べば単体で空を飛べるからな」


 えっ、ユリスティナ鎧まで呼べるの!?

 この姫騎士が、鎧を纏って飛び、盾で余の攻撃をも防ぎ、剣であらゆる邪悪を断ち切るところまでは知っていた。

 だが、防具まで召喚できるとは思ってもいなかったぞ。

 こやつ、実は勇者パーティで一番強かったのでは……?


 そうこうしているうちに、周囲の光景が変わってきた。

 紫色の葉を茂らす木々が現れ、深い青色の沼があちこちに見えるようになる。

 ところどころに、風変わりな集落が点在する。


「ここから魔界である」


「へえー!」


「ええっ!?」


 チリーノとユリスティナの反応は真逆であった。

 未知の世界を知り、驚きと興奮を隠せないチリーノ。

 既知の世界のはずが、明らかに全然違う光景になっていて困惑するユリスティナ。

 だから、貴様ら勇者パーティが見た魔界は余の演出だと言ったであろう。


「なんだこれは!? 水が普通に澄んでいるではないか! 森の色は少々違うが、それでも葉がたっぷりと生い茂ってる……! 私が見たのは枯れ木ばかりだったのに」


「冬であったからな」


 十二月下旬頃である。

 魔界の木々も、葉を落として厳しい寒さに備える頃合だ。


「さて、この辺りで降りるぞ。半日も歩けば魔界の都、ザッハシティが見えて来よう」


「ザッハ……?」


 チリーノが首をかしげた。

 そして、すぐに思い出したようでポンと手を打つ。


「あ、そっか。魔王の名前がザッハトールだったもんね。ザッハ先生名前が似てるからなあ」


「何を言う子ども! この方は」


「カオスナイトストップ。余、それはダメって言ったでしょ」


「あっ、済みません」


 カオスナイトがしおしおっと小さくなった。

 そんなところで、我らは着陸である。

 すると、向こうから武装した一団がやって来た。

 おお、あれは魔界の国境警備隊ではないか。

 余がスルッと国境を飛び越えたので、慌てて追いかけてきたな。


「こ、こらー! お前たち! 白昼堂々と大規模移動魔法で国境を越えるとは大胆不敵!!」


 国境警備隊の先頭にいるのは、青い肌のオークである。

 ハイオークと呼ばれる魔族だ。

 チリーノが怖がって、余の後ろに隠れた。


「待ちなさい。私はこういうものです」


 ここで前に出たのはカオスナイト。

 彼女は懐に仕舞っていた紋章を取り出した。

 八騎陣の紋章である。

 国境警備隊の顔色が変わる。


「あっ! 貴方様は、八騎陣のお方でしたか……!!」


 カオスナイト、行き倒れるような娘だが、こう見えて魔王軍では四魔将、六大軍王に次ぐ地位だったのだ。

 純然たる武人では、最上位である。

 つまり、国境警備隊の者たちにとっては、いきなり自分たちのトップが現れたようなものなのだ。


「私はカオスナイト。故あって鎧は身に付けていないが、疑うならば実力で示そう」


「いえいえ! 八騎陣の御方の手を煩わせるわけには! あ、でも人間はちょっと、アポなしだと……」


 うむ、八騎陣の威光にひれ伏しつつも、仕事はきっちりやろうとするハイオーク。

 その真面目なところ、余には好印象だぞ。


「では、魔族なりのやり方で入国の許可を取ることにしよう。ユリスティナ」


「私が行くのか? 分かった、手加減はしよう」


 ユリスティナが出て行った。

 魔族なりのやり方とは、即ち力比べである。

 力こそが全て、と言われる魔族にあって、強さを示せば大体の許可は下りるのだ。

 ちなみに強さに人格が備わってないと、もっと強い人が出てきて捻り潰されるので注意である。


「ほう、人間の女か。いい度胸だが、どこまで持つかな」


 ブフフ、と鼻息を荒くするハイオーク。

 そして、ふと気付いて我らを見た。


「えっ、今この人のことをなんて呼びましたか?」


「ユリスティナである」


 余が答える。


「ははあ、ユリスティナ、ユリスティナね。うんうん、良く知ってる名前……えええええ────ッ!?」


 文字通りハイオークが跳び上がって驚いた。

 オークもこんなにジャンプできるのだなあ。


「聖騎士の?」


「いかにも」


「あっ」


 警備隊の面々が、スッと青くなって下がった。


「隊長、がんばれー」


「死んでも骨は拾ってあげますからー」


「いつも俺たちに、『俺は十二将軍に選ばれかかったくらい強いんだ』って言ってたんですから腕前を見せてくださいよー」


 普段、隊員たち相手に武勇伝を語っていたようである。

 ハイオーク、泣きそう。


「せ、せめて命だけは」


 ぶるぶる震えながら、バトルアックスを装備した。

 対するユリスティナは素手である。

 聖なるオーラを薄く纏わせている。


「ああ。大丈夫。私は手加減を覚えたからな。多分大丈夫だ」


「ひぃ」


 かくして、ハイオークはボコボコになり、我らは入国の許可を手にしたのである。

 ちなみにハイオークは余が回復させておいたぞ。

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