第33話 魔王、乳母車を作りに行く
朝食当番がユリスティナである時、片付け当番は余である。
水作成の魔法で水を生み出し、これを用いて食器の汚れを洗い流す。
その後、火と風を組み合わせた温風魔法でこれを乾かせば終了となる。
「手早いものだな……。その魔法、便利そうだから私も覚えようかな」
後ろでじーっと見ていたユリスティナが言う。
「うむ。そう難しいものではない。一般の人間はともかく、貴様ならすぐに覚えられるであろう。今夜辺り教えてやろう」
そのようなやり取りをした後、それでは乳母車とやらを見繕いに行くかという事になった。
余とユリスティナ、厳正なるじゃんけんの結果、今日ショコラを抱っこするのは勝者である余となった。
ふはは、ふかふかもちもちのショコラを抱っこする権利を得たぞ。
「マウーマウー」
「どうしたショコラ、余のあごをペタペタ触って」
「ああ、この間、ブラスコ殿がショコラを抱っこしたんだが、髭の剃り残しでじょりじょりやられてな。ピャーピャー悲鳴を上げていたのだ。お前のあごに髭の剃り残しが無いのが不思議なのだろう」
「この姿は仮の姿故な。そもそも、余にはあご髭は無い。そういう種類の魔族である。おほー」
ショコラが伸びをして、世の顔にほっぺをすりすりして来た。
なんという役得であろうか。
なんというもちもちすべすべであろうか。
「うらやましい! うらやましい!」
ユリスティナが悔しがる。
余は、ぐはははは、と笑いつつ、乳母車職人の工房へ向かうのだった。
職人はイシドーロと言い、別に乳母車専門に作っているわけではなかった。
主に、農具の作成や修理をやっているらしい。
その他、木工全般を担当し、村では重宝されているのだとか。
「おう、あんたが噂のザッハさんか! 村の色々な仕事をそつなくこなす凄い若者が来たって評判だぜ!」
イシドーロはスキンヘッドの大柄な男だった。
顔のあちこちに傷があり、黒く立派なあご髭を生やし、それがまたよく手入れしてある。
「そうか、余が評判か。それは良いことであるな。余も、貴様が腕の良い職人であるということを聞いてここまでやって来たのだ。期待させてもらうぞ」
余もニヤリと笑う。
その横で、ユリスティナも挨拶をした。
「ユリスティナだ。よろしく頼む、イシドーロ殿。あなたの腕前を見込んで、私たちの娘に乳母車を作って欲しくてやって来たのだ」
割と絶世の美女であるユリスティナが微笑むと、イシドーロがぽかんとして、顔を赤くした。
「お、おう! 任せてくださいよ、姫様!」
「ああ。私もザッハ同様、あなたに期待している」
イシドーロ、
木工用の板はあらかじめ用意されていて、加工したものを幾つも立てかけて乾燥させている。
この板が乳母車専用というわけではなく、様々な用途の木材へと姿かたちを変えるわけだ。
イシドーロはまず、ショコラの寸法を測る。
切り株を使ったテーブルの上で、ショコラが仰向けに転がった。
イシドーロが目盛りを刻んだ金属の棒を持ってきて、赤ちゃんの背丈や足の長さ、胴回りなどを測るのだ。
「この金属は、熱くても寒くてもほとんど伸び縮みしないんだ。じいさんの代から受け継いだ、ミスリルっつー希少な金属でな」
「ほう、ミスリル銀の物差しか。それはなかなかの業物だな」
イシドーロの手際が良いので、余も見入ってしまう。
ショコラは強面の職人に持ち上げられたり、バンザイさせられたりしているのが面白いらしく。
キャッキャと喜んでいる。
途中、手を伸ばしてイシドーロの整えられたあご髭をもさもさ触った。
「俺の髭が気に入ったのかねえ」
あご髭をもさもさやられながら、イシドーロは動じない。
横合いの木板に寸法を刻み込むと、未だ髭に触るショコラのわき腹をこちょこちょした。
「キャー」
くすぐったがって、手を離すショコラ。
イシドーロはにっこり笑いながら立ち上がった。
「随分、赤ちゃんの扱いに慣れているのだな」
「ああ。俺も以前はかみさんと息子がいたからな」
「ほう、道理でショコラの扱いを心得ていると思った。では貴様の子は店の奥に?」
「いや、以前流行病があってな。それで死んだよ。かみさんは産後の肥立ちが悪くてな。それより前に、神様のところに行っちまった」
「そうか」
こらユリスティナ、何をショックを受けた顔をしておるのだ。
今の世の中、イシドーロのような者は珍しくはないぞ。
子どもたちの三分の一ほどは、大人になる事ができず、死ぬ。
「まあ、息子はまだ神様の使いのままだったんだな。あんたの娘さんが、ちゃんと地上に根付くのを祈ってるぜ」
ショコラのふわふわ髪の毛を撫で撫でして、イシドーロは作業に入った。
ユリスティナはショコラを持ち上げると、何やらぎゅーっと抱きしめている。
あ、こら。
今日は余がショコラを抱っこする番だと言うのに。
まあ仕方あるまい。
ユリスティナは元々お姫様であるし、下々の者が常に死と隣りあわせであるなど、知らなかったのだからな。
それに、彼女はまだ若い。
母親になるとしても、今は若すぎるくらいの年頃だ。
その気になれば、不老不死になれる程の神の加護を受けているのだがなあ。
さて、余はイシドーロの作業を見守るとしよう。
余も、魔法を使って乳母車のようなものを作ることはできる。
だが、魔法で作ったものは、常に魔力を込めるか付与していないと分解してしまうのだ。
無理やり部品をくっつけているに過ぎない。
故に、余は聖なる武器や魔法の武具を作る際、魔力を込めながらきちんと素材からこの手で打ち出す。
何気に、鍛冶屋的な技能が高い余である。
そんな余から見ても、イシドーロはなかなかの腕前だ。
切り出した木材の継ぎ目を、段々にする。
木材と木材を組み合わせると、釘も使っていないのにぴしっとはまり込んだ。
これを四方組み合わせ、木槌でコンコン叩くと、乳母車の乗り込む部分が完成だ。
「釘を使わぬのだな」
「おうよ。金属と木ってのは、まあ分かりやすく組み立てられるが、いつか
下に取り付ける車輪は、あらかじめ組み立てたものが幾つか存在しているようだ。
それも木製なのだが、余が目を見張ったのは構造だ。
木の皮をなめして作った、板ばねが仕込まれている。
「これは何だ? 何故、板ばねがあるのだ」
「お! 一目でこいつをばねだって見抜くとは。あんたやるな。乳母車で路面を走るとガタガタ言うだろ? 大きい都市の舗装された道ならともかく、こんな田舎の村の道じゃ石ころだって転がってる。だからな。ガタガタ言うのはこのばねで吸収しちまうんだ。そうすりゃ、赤ん坊に衝撃が伝わってこねえ」
「ほお……! 大したものだ」
余は感心してしまった。
人間の職人技、なかなかのものだな。
余も鍛冶師としてそれなりの腕前があるが故に、イシドーロの技術を裏打ちする研鑽と、工夫は素晴らしいものだと分かる。
「あとはこのまま馴染ませるだけだ。二、三日したらまた来てくれよ。代金はその時でいいぜ」
「うむ。仕上がりも良いな。感謝する」
「こちらこそ、久々に緊張感ある仕事をしたぜ。ザッハさん、あんたも何かの職人だろ。目が違うわ」
「分かるか。余は実は鍛冶師も
「やっぱりか! しかも嗜むなんて次元じゃねえだろそれ。じゃあ今度、俺の工具を見てくれよ。たまに都会に出て買ってくるんだけどよ、最近馴染みの店の親方が代替わりして、なんつうかモノが悪くなってな」
「うむ、構わぬ。ならば、余が手ずから貴様の工具を打ってやろうではないか」
「本当か! 助かるぜ!」
余とイシドーロ、硬い握手を交わす。
余もこの木工職人が気に入ってしまった。
どれ、聖剣を作り出した我が手で、イシドーロの工具を作ってやるとしようではないか。
帰り道で、ユリスティナが意外そうに聞いてきた。
「知らなかった。ザッハトール、お前は鍛冶もやっていたのか。魔王なんて王座でふんぞり返って、顎で手下をこき使うものだとばかり思っていたが」
「余は自ら率先して動く魔王であるからな。部下も育てるが、緊急時には余が全て対処した方が早い」
「意外だなあ。私の父上は、自ら動くことなど滅多にないのに」
「人の王であればそれで良かろう。臣も様々な業務に対応したものが揃っていようが。魔界はな、少々武力に偏っておってな……」
遠い目をする余。
ユリスティナはいちいち頷いて、感心している。
そして、何か思いついたようだ。
「そうだ! では今度、私の聖剣の具合を見て欲しい。六大軍王ドラッゲルとの戦いの前に、神の伝承を語り継いだ一族から託されたものなのだが、使うたびにパワーアップして行っているようで、呼ぶと飛んできたり邪悪な敵の結界を弱体化させたりするんだ」
「えっ。何その機能。余、知らない」
「……? それはそうだろう。聖剣ジャスティカリバーについて、魔王であるお前が知っているはずが無いだろう」
危ない!
余は慌ててお口をチャックした。
あれが余が作ったもので、一族も余が演出した魔族の劇団だったと知られてはならんのだ。
しかし解せぬ。
なんでジャスティカリバー、パワーアップしてるの。
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