第34話 魔王、何者かの侵入を知る
乳母車を注文した帰りである。
余がベーシク村の周囲に張り巡らせた罠に、何者かが掛かったのが分かった。
『パズス』
『ウキッ、ここに!』
念話で呼び出すと、紫色のお猿から返答がある。
『敵がやって来たようである。見に行ってくるのだ』
『かしこまりでウキッ。ちょっとこども園の方に説明してから抜け出しますんで……』
『世話を掛けるな。後で余がおやつを作ってやろう』
『うひょー! 光栄ですウキキッ!』
パズスの念話がやる気満々になった。
ユリスティナは余を横目で見て、肩を竦めた。
「また念話で会話しているな。パズスか」
「!? なぜ分かる」
「ザッハが何か頼む時、大体最初はパズスだからだ。私も近ごろは、お使いの荷物持ちを手伝ってもらったりしている。お駄賃は果物でいいそうだぞ」
「余の四魔将をお手伝いさんみたいに使わないで欲しい」
いや待てよ。
パズス、余のおやつでテンションが上ったな。
最近、魔将であるという自覚を忘れてただの喋れるお猿さんになっていないか?
今度魔将を集めて、我らのスタンスをはっきりさせておくべきかも知れぬな。
魔将ミーティングだ。
『魔王様ーっ、魔王様ーっ、こちら現場のパズスです!』
『はいはい、パズス、どうぞ』
『実況します! えーと、魔法学院の連中ではないですね。罠にかかったのは、魔法使いを含む傭兵の一行のようで……ええと、あれは最近噂になっている冒険者というやつじゃないですかね?』
『ほう、冒険者とな』
パズスの視界を共有する。
それは上空から、罠を仕掛けた橋のあたりを見下ろした風景である。
一行の数は五人。
戦士二名に軽装の女一人、ローブを着た男が一人に、神官らしき男が一人。
『あれか。勇者パーティのフォロワーが始めたというあれか』
『でしょうねえ。魔王様が卵を温めている間に、冒険者ギルドなるものも発足しているようで。連中、どこかから仕事を請け負って動くので、十中八九魔法学院の依頼でやって来てるんじゃないですかね』
『ほほう。では、まだ話し合いの余地があるかも知れぬな。良かろう、余が行って話し合いを』
「マウマウー」
念話の途中だが、ショコラが余のほっぺたをぺたぺたした。
あー、これはショコラが遊んで欲しいやつである。
余は動けないなー。
『ショコラと遊ぶので動けぬ。代わりにベリアル行ってきて』
『御意にございます、我が偉大なる魔王! 我が、崇高にしていと気高く、そして尊き魔王様!!』
こやつ、表立っては余を魔王と呼べぬから、ここぞとばかりに念話で連発しておるな。
修辞が長いと言うのに。
『一応、敵対の意志を確認せよ。あくまで敵であるならば対処は任せる。だが話し合いに応じるようであれば、それで解決するのだ』
『お任せ下さい、我が魔王よ!』
『ってことで、ベリアルさんめちゃくちゃテンションが上ってるんで、あっし、抑えに回ります』
『うむ、いつも世話を掛けるな』
『そりゃ言わない約束ですよ、ウキキッ』
ということで、四魔将への指示は終わった。
これがオロチやブリザードとフレイムなら、冒険者たちの滅殺は確定になってしまうので、人選というのは大変大事なのだ。
「話は終わった? じゃあ帰ってお昼にしよう。買い置きの野菜があるから、炒め物でいいか?」
「うむ。野菜炒めは豪快なユリスティナでも美味しく作れるからな」
我らは帰宅するのである。
「ザッハ、我が家の鍋だと、一度に作れる量に限界があってな。こう……私がお腹いっぱいになるには少し足りないというか。そこで、大きな鍋を鍛えてほしいのだ、鍛冶師でもあるのだろう?」
「ほう、余に鍋を作れと言うのか? ……良かろう! 程よい感じで鍋を作っておこう」
今日の午後は鍋づくりだな。
マウマウ言う、ご機嫌なショコラと遊んでいると、ユリスティナが豪快に野菜を炒める音が聞こえてくる。
ショコラ用のそれは一口大に切って、程よい熱さに冷ましておくのだ。
『魔王様、交渉始まりましたー』
『ご苦労である。そのまま実況するのだ』
現場のパズスによると、やって来た冒険者は、やはり魔法学院からの依頼を受けていたと言うことだ。
パーティのリーダーである戦士が、ベリアルとの話し合いに入っている。
彼らは余が仕掛けたべたべたする罠に掛かり、一歩も動けない状態なのだ。
交渉に応じるのが賢明であろう。
『ははあ、こいつら、最初から交渉するつもりで来てるみたいですねえ。ベリアルさん、すっかりやる気を失ってます』
『あやつ、何気に強者と戦うの好きだからなあ。どうだ、パズス的に見て、冒険者たちは安全な連中っぽいか?』
『大した実力じゃないですから、まあ人畜無害ですねえ。どうします?』
『我が家まで連れてくるが良い。余が手ずからお茶を淹れて、話を聞き出すとしよう』
『了解、ウキキッ!』
話が終わったところで、ちょうど野菜炒めも仕上がったようである。
大きな皿に山盛りになった炒めものがどっさりだ。
野菜の他、村で保存している干し肉の、古くなったものを水で戻して使用している。
「ユリスティナ。これより、我が家に客人が来る。冒険者とやらなのだが」
「ああ、知っている。しかし、このような何も事件が起こらない村に冒険者だと? なにか起こったとしても、お前が全て解決してしまうだろう」
「その、余の存在が厄介事を招き寄せているかも知れぬのでな。かと言って、余はショコラを育てる関係上、この村を離れる訳にはいかんのだ」
「そうだな。ショコラには友達も必要だし、私も周りの人たちからたくさんの事を教えてもらっている。ベーシク村から離れるのは良くないな。それに……魔王が厄介事を起こすのは普通のことだろう。たまには私を頼れ、ザッハ」
ほう……!
今一瞬、ユリスティナが頼もしく見えたぞ。
その後、我が家に冒険者一行がやって来た。
彼らはパズスに案内されつつ、緊張した面持ちであった。
だが、案内された先にユリスティナがいたので大いに驚いたようである。
「ほ……本物のユリスティナ様……!?」
「聖騎士ユリスティナに会えるなんて!」
そして、赤ちゃんを抱っこしているので二度びっくり。
「ユリスティナ様に子どもが!?」
「誰の子どもなの……!?」
「余だよ」
余が姿を現し、これより冒険者たちとの会談となった。
「多分、貴様らガーディアス……ガーディや魔法学院から依頼を受けてると思うのだが」
「あ、そうです」
冒険者はアッサリと話した。
余が仕掛けた罠に
茶など出しつつ話を聞いていると、魔法学院はベーシク村を調査して報告せよという依頼を出していたという。
ふむ。
おかしいな。
調査能力であれば、学院の魔法使いのほうが高かろう。
どこの馬の骨とも知れぬ冒険者を使う理由があるか?
「ザッハ、これはちょっとおかしいな。お前が何度か私たちに仕掛けてきた作戦を考えると、これはつまり、陽動なのでは?」
「あっ、貴様もそう思うか。そうだなあ、余もそう思う」
余とユリスティナが頷きあっているのを、冒険者たちはポカンとして眺めている。
陽動作戦だとする、この冒険者たちは捨て駒であるな。
で、本隊は別のところから向かってくると。
例えば、空とか。
余は窓を開けて、空を見上げた。
魔法学院の者どもめ、冒険者を使って罠の所在を調べ、対策してこちらに攻めてきたというわけだ。
案の定、ゼニゲーバ王国側の空から多数の魔法の反応がする。
『オロチ、ブリザード、フレイム、貴様らの出番である。迎え撃て』
『はーいっ!! わたくしにお任せ下さい、愛しい魔王様ぁー!!』
『御意!』
『待ってたぜ! やっと暴れられる!』
『ベリアルは……』
『既に現着しております、我が偉大なる魔王よ!!』
状況を確認した後、余は冒険者たちに向き直った。
「まあ気にするでない。それより、茶と茶菓子を楽しんで行け。そして貴様ら、残念だが前金以外の報酬はもらえぬかも知れぬぞ」
余と魔将たちが、これより魔法学院を叩くからな。
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