第35話 魔王、ガーディアスとまみえる

 ベーシク村から見える空の上で、我が四魔将と魔法学院の戦いが始まった。

 いや、戦いと言っても、こちらが注意することは下手に犠牲を出し過ぎないようにするくらいで、あとは特に気を付けることはない。

 むしろ、オロチとブリザード、フレイムが暴走しないよう、ベリアルとパズスの管理能力が火を吹く戦いと言えよう。

 がんばれ、良識派四魔将の二人よ。


『あっ、魔王様! 地上からも何か来ます! ありゃゴーレムですな。物量で来てます! べたべたで足止めされたら、その上を乗り越えていく感じで』


『無茶をするものである。魔法学院め、今期の予算はこれで使い切ってしまうではないか』


 余はハラハラした。

 そんな余の浮かぬ顔を見て、ユリスティナが肩を叩いてくる。


「手が足りないか?」


「いや、足りないことは足りないのだが、余が出れば間に合う」


「ならば私が出よう」


 なんと!

 ユリスティナがそう申し出てくれるとは意外であった。

 彼女は聖騎士であり、人類の守護者である。

 勇者ガイと違い、余が特にマッチポンプしてないのに自然発生的に誕生した、規格外の超人類である。

 そんな彼女が、人類側である魔法学院と戦ってくれるとは。


「ショコラのためだ! 敵はゴーレムだと? 良かった、ならば遠慮はいらないな」


 ユリスティナは微笑むと、その足で外へと駆け出していった。

 うむ、これでゴーレムは全滅したな。

 さて、それでは余は……と。


「ピョ」


 ショコラが這い這いしてきて、余のズボンを引っ張った。

 おお、そうであるな。

 ユリスティナがいない以上、ショコラ担当は余である。


「よし、ショコラ、ちょっと散歩に出るとしよう」


「ピャー」


 ショコラが良いお返事をする。

 余は素早く、ショコラをおんぶ紐で固定した。

 スッと立ち上がった余を見て、まだ家の中にいた冒険者たちがざわめく。


「あの、どこ行くんですか」


「少々散歩にな。貴様らの依頼主が、貴様らを囮にして本隊を差し向けてきた。どう転んでも絶対に負けぬが、ガーディアスだけは少々きな臭いのでな。余が直々にお話をしてくる」


「赤ちゃん連れで……?」


「貴様……。赤ちゃんを一人置いていったらかわいそうであろう」


「そ、そうかな……?」


 ということで、冒険者たちを置いて外に出る余である。

 近所の奥さんたちが井戸の近くに集まっており、空を眺めながら不安そうな顔をしている。

 余は彼女たちの輪に入った。


「元気かね、奥さんたち」


「あらザッハさん」


「あのね、空で変なことが起きてるみたいで……。また戦争になるのかねえ……」


「もう、あんな悲惨な戦いは嫌だよ」


「戦争はもう起こらぬよ。空で何かやっているのも、一刻もせぬうちに片付けておこう」


 余は奥さんたちに保証した。

 不思議そうに余を見る彼女たちを背に、余は指を打ち鳴らした。


「オールステイシス」


 時間が止まる。

 この隙に、余は魔闘気を纏って飛び上がるのである。

 まだ、余が魔法を使えることは伏せておかねばならぬからな。


 四魔将たちが、魔法学院の魔法使い部隊を圧倒している様を横目に、その奥に飛ぶ。

 ベリアルが余に向かって手を振ってきた。

 オールステイシスの中で動き回れるのは、こやつと、あるいは魔神の手のものくらいであろうな。


 なので結論。

 目の前で余を睨みつけているガーディアスは、魔神の手に落ちたのであろう。


「姿形は変わっているが……間違いなくその魔闘気は、魔王様……いや、ザッハトール! この裏切り者め!」


 いきなり大きい声を出したので、余は背中のショコラを気にした。

 あ、時間を止めているのだったな。


「余所見をするな!」


「赤ちゃんが気になったのだ」


「このわしを前にして、ドラゴンの赤子などを気にするとは……!! お前、どこまでわしを、魔族を愚弄すれば気が済むのだ!」


「仕方なかろう。赤ちゃんが泣くと大変なのだぞ。それに赤ちゃんだって一生懸命なのだ。向き合うこちらが真剣でなくてどうする」


「うだうだと無意味なことばかり……! やはり、魔神の言葉の通り、お前は裏切ったのだなザッハトール! 勇者にわしら魔族を売り渡し……!」


 ほうほう。

 こやつ、魔神から色々吹き込まれておったな?

 怒りに満ちたガーディアスの姿が変わっていく。

 余が知っているガーディアスは、角の生えた赤い肌の巨人だ。

 だが、今目の前で正体を現しているガーディアスは、真っ青な肌と全身に金色の入れ墨が彫られている。


「貴様、魔神から力をもらったのか。ほうほう、強くなっておるな」


 余もまた、久々に己を覆う幻像を解く。

 闇の衣が翻る。

 そして、ショコラが落ちないようにそーっと包み込んだ。

 よし。


『わしらは、魔族はお前に夢を託していたのだ! 後少しで世界を征服できたというのに、お前はその寸前で裏切った! なぜだ! 勇者を呼び寄せ、次々と魔王軍を打ち破らせた!』


 あっ、こやつ、余が勇者を育てたり装備を与えたりしたことまでは知らないのだな。

 魔神の情報収集も穴はあるか。


「余はそもそも、世界を征服するつもりなど無かった。飽いていたのだよ、千年の治世に。それ故の地上世界の侵略よ」


『なん……だと……!? まさか、ただの暇つぶしだったと言うのか!?』


「そうなるな」


 ガーディアスがぶるぶると震えた。

 そして、その全身から稲妻が放たれる。

 ほうほう、これは、余が半年前に戦った偽勇者パーティの魔法使いが使ったものの大規模版だな。

 稲妻が魔闘気とぶつかり合い、あちこちで爆発が起こる。


『許さん……! 許さんぞザッハトール!! お前は、我ら魔族の夢を踏みにじった! 裏切り者め! 絶対に許すことはできん!!』


「ならば、さっさと余の首を取りに来たら良かったであろう。魔王とは力の権化ぞ? 余を倒せばその者が

魔王だ。新たな魔王の下で世界征服でもなんでもしたら良かったのだ。それに、世界など征服してどうする。管理する対象が増えるだけではないか。面倒なだけだぞ」


 そう。

 余は世界征服なんかする気はさらさら無かったのだ。

 だって、魔族を千年治めていたのに、さらに地上世界までこの先治めなくてはいけないのかと考えると……。

 気が遠くなる。

 千年の治世に飽いていたのはあったが、余が勇者に倒される演出は、あれはあれで良い幕引きだったかなーと思っているのだ。


『うるさい! 黙れザッハトール! なぜ最後まで夢を見せてくれなかった! わしは、わしはずっとお前の……あなたの背中を見て走ってきたのに! あなたは魔族の誇りで、魔族の象徴そのもので……!!』


 ガーディアスの手に、稲妻が宿る。

 それが大きな矛になり、余に向かって突き出された。

 闇の衣とぶつかり、火花が散る。


「そこを魔神に付け込まれたか。余は付き合いが長いから知っているが、案外魔神はろくでなしだぞ……と言っても話は聞けぬようだな。貴様、実は既に死んでいて、魔神の力で動いておるな?」


 まだ、心の内を叫ぶガーディアスを前に、余は目を凝らした。

 ふむふむ。

 ガーディアスの全身に、色の違う稲妻が見えている。

 これが魔神が使う操り糸のようなものか。

 その先は、余を良く思っていない魔神へと繋がっている。


「そのうち、魔神は一度懲らしめてやらねばならぬな」


 余はガーディアスに向けて手を開いた。


「さらばだガーディアス。魔族の方は余もそれなりにケアしに行くから安心せよ」


『ザッハトー……!』


「オールイレイザー」


 余が口にした魔法で、凍てつくような輝きが放たれた。

 広がりゆく波動のようなそれが、ガーディアスを飲み込み、稲妻を飲み込み、魔神と繋がる糸を飲み込んだ。

 魔法的なもの全てを消し去る、消滅の魔法がこれである。

 この間は勢い余ってオロチを消したが。


『ああ……おおお……!』


 魔神の糸が消え、ガーディアスの姿が見知った赤い肌の巨人に戻っていく。

 そして、それもまた光の中に消える。

 最後にガーディアスは余を見ながら、口を動かした。


『魔王様……またお会いできて……良かった……』


「うむ。大儀である」


 余が手を握りしめた時には、そこに何も存在してはいなかった。

 そして時は動き出すのである。

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