第六章 魔王一家、魔界へ行く
第36話 魔王、朝のベーシク村を行く
何事も無かったかのように日が暮れ、夜になり、そして夜が明けた。
ベーシク村の朝は早い。
余はベッドから起きだすと、まだむにゃむにゃ言っているユリスティナを寝かせたまま、顔を洗いに行くのである。
「ピャピャー」
びくっとして振り返るが、ショコラの寝言であった。
いや、寝息であろうか。
余、ショコラ、ユリスティナの並びで寝ているのだが、夜間はショコラが縦横無尽にベッドの上を転げ回る。
凄まじい寝相である。
今のショコラは、ユリスティナのお腹の上に横たわっている。
ピンク色の寝巻き姿の赤ちゃんを、そっと抱えてベッドの上に寝かせる余である。
水を魔法で生み出し、顔を洗ってから外に出る。
既に、働き出している人々がいた。
「やあザッハさん、おはよう! 今日もいい天気になりそうだねえ」
「うむ。日々晴天であるな。ところで雨が欲しくはないか?」
「そうだな、そろそろ一降りあってもいいよなあ」
「良かろう。きっと今日の昼辺りに雨が降るぞ。余は天気が少し分かってな」
「へえ! たいしたもんだ!」
仕事に向かう農夫と会話を交わし、今日の予定を立てる。
昼ごろに雨を降らせる、と。
余はその足で、村の門まで向かった。
今は早朝であるから、門番のブラスコもまだ寝ている。
ということで、門は硬く閉ざされているのである。
余は魔闘気を纏い、ふわりと舞い上がった。
門の上に立つ。
村の外には、昨日行われた戦いの形跡など無かった。
余と四天王が、サクッと後片付けをしたのである。
徹底的に手加減を行ったので、死傷者もゼロ。
死んでたものは余が復活させたしな。
「外、よし。今日も何事も無く、一日が始まりそうであるな」
ベーシク村異常なし。
異常があるのはゼニゲーバ王国は魔法学院であろう。
突然、太い出資者であるガーディアスが消えたのだからな。
頑張って欲しい。
構成員は皆記憶を消し、そちらに返したからな。
しかしまあ、各国が戦争で疲弊している中、あれだけの魔法使いを保持しているというのは大したものだ。
今度、余が姿を変えて訪問し、各国の復興を手伝うよう魔法学院に要請しても良いかも知れん。
その時、余の耳がショコラの泣き声を捉えた。
『ピャアーピャアー』
どうやら赤ちゃんのお目覚めのようだ。
余は、どこにいてもショコラの泣き声が分かるのである。
ということで、空を飛んで戻る。
窓から入ると、ショコラがユリスティナにあやされているところだった。
うむ、泣き止んでおるな。
「やあザッハ、おはよう……ふわ……」
ユリスティナが大あくびをする。
「貴様、昨夜は夜まで近所の奥さんたちに説明して回っていたであろう。まだ寝ておれ。ショコラには余がご飯をあげよう」
「ああ、そうしてくれると……助かる……」
ユリスティナは余にショコラを預けると、そのまま枕に向かって倒れて、すぐに寝息を立て始めた。
「よーし、ショコラ、余であるぞー。おはよう……!」
「ピャ、マーウ」
「うん? どうしたのだ」
「ピャ、ピャピャー」
「むむ、もしや」
ショコラをつれて居間へ行き、おむつを外してみると……。
「おお……今したのだな……。だが、おしっこしたぞと言うのをちゃんと伝えられたのは偉い……!」
てきぱきと、ショコラのおむつを交換する余である。
おむつ交換が終わると、ショコラを着替えさせる。
ピンクの寝巻きから、ブルーのお洋服にである。
ユリスティナ謹製の服で、胸元にはかっこいいドラゴンの刺繍がしてある。
「……これは男の子向けなのではないか……?」
一瞬思うが、ショコラもこの刺繍は気に入っているようで、ピヨピヨ言いながら撫で撫でしている。
まあ良いか。
本人がいいなら、それが一番であるしな。
余はそこから、ご飯作りに掛かる。
一口大にカットした林檎を使ったサラダと、卵焼きとパンである。
ショコラには、サラダも全部小さくカットしてコールスロー風にしてある。
ユリスティナ用は、保存の魔法を掛けて、と。
「では、食べるとしよう」
「マウー!」
余は魔闘気を使いながら、食べ物を自分の口へと運ぶ。
余の腕は何をしているかというと、ショコラにご飯を食べさせているのである。
この赤ちゃんは、とにかくたくさん食べる。
世の赤ちゃんには、好き嫌いが多い子もいるというから、ショコラは随分楽なほうであろう。
それに、通常の両親は魔闘気など使えまい。
赤ちゃんにご飯を食べさせている間、自分の食事はできぬのだ。
大変である。
「世の中のお父さん、お母さんは凄いのだな」
ショコラの世話をするたびに、しみじみとそう思うのだった。
我が家の赤ちゃんは、あっという間に自分の分のご飯を平らげてしまった。
けぷっと息を漏らして、口の周りにサラダの汁やパンくずを付けながら、満足そうにニコニコしている。
食器を片付け、ショコラに食休みをさせ……。
「マウ!」
お腹がこなれてきたショコラが、這い這いで居間を動き回り始めた。
よし、頃合であろう。
「ショコラ、お散歩に行くか」
「ピョ?」
外に出るジェスチャーをすると、ショコラはお尻をつけて座り、「ピャー」と喜んだ。
小さい手をぺちぺち打ち合わせている。
「よし、抱っこで行くぞ。来るのだショコラよ」
余は座り込み、ショコラに向けて両手を開いた。
「マウマウー!」
ショコラは猛然と、余に向かって突撃してくる。
その勢いやよし。
「いいぞいいぞ! よし、キャッチである!」
「ピャー!」
余の膝を這い上がってきたショコラを、がっしりと抱っこする。
さあ、今度はショコラを連れ、村をお散歩である。
「さて、今日はどこに行くか」
ベーシク村は、人口三百人ほどの村であるが、畑や畜舎があるぶん、なかなか広い。
「よし、畜舎を見に行ってみるか」
余はそう決定付けると、朝食後のお散歩を始めるのであった。
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