第37話 魔王、牛の乳絞りをする

 さて、早速畜舎にやって来たのである。

 牛、豚などが飼われており、牛からは乳と肉、それから毛が長い種類なので、衣類に使う為の牛毛が取れる。

 豚は肉のみだが、各家庭から出るゴミなどを食べてくれるため、重宝されているようだ。


「モォー」


 牛が鳴いた。


「ピャー」


 牛の大きさにびっくりするショコラ。

 目を丸くして、口をぽかーんと開けている。

 あ、よだれが出たな。

 余はショコラの口元を拭いてやる。


「マーウー」


「そうだな、大きいな。だが、ショコラのお母さんドラゴンはもっと大きかったのだぞ。ショコラもそのうち、それくらい大きくなるのだ」


「ピャァ」


 ショコラが牛に向かって手を伸ばす。

 それを見て、畜舎の人が止めに来た。


「危ない危ない。牛のベロはざらざらしてるから、赤ちゃんの柔らかい手だと怪我をしちゃうよ!」


「ほう、そういうものなのか」


「それに、牛は気性が荒い奴も多いからね。犬や猫じゃなきゃ、赤ちゃんに近づけたらダメだよ」


「ほほーう」


 なかなかためになる事を言う。

 余の心の中にメモをしておこう。


「ザッハさんだろう? 噂は聞いてるよ。今日は娘さんを連れて見学かい? いいよ、たっぷり見ていきな。これから乳絞りをするところなんだ」


 畜舎の人はそう言うと、作業に戻っていった。


「親切であるな。どれ、では見学して行くとしよう」


「ピャァ」


 ショコラがお返事をしたようである。

 畜舎の人は、丁寧な手つきで牛の乳を搾っていく。

 牛乳がびゃーっと出た。


「ピャー!」


 ショコラがびっくりする。


「たくさん出たな……!」


「マウー」


「ははは。お嬢ちゃんのお母さんよりもたくさん出るだろ? これを殺菌して、みんながいつも飲む牛乳にするんだ」


 畜舎の人は笑いながら説明をする。

 うむ、なるほどな。

 ところでショコラはドラゴン故、卵から孵るのでお母さんのおっぱいは飲まぬのだ。

 最初から、もりもりと色々な食べ物を食べていたからな。

 最近は、余が近所の奥さんがたから習い覚えた赤ちゃん用ご飯を食べさせているので、前にもましてもりもり食べるようになった。

 ……ちょっぴり太ってきたのではないか?

 余はそこらへんが心配だ。


「ザッハさんもやってみるかい?」


「ほう、余もやって良いものなのかね?」


「どうぞどうぞ。丁寧に、優しくだよ」


 余は細かにやり方を教わり、実際に乳絞りを行ってみる。

 その間、ショコラは畜舎の人に預けるのである。


「どれ……おっ! 出た!」


「ピャー!」


 バケツの中に牛乳が出たので、ショコラが手を振り回して喜ぶ。

 よし、後で殺菌してから飲ませてもらおうではないか。

 ショコラはいつも、牛乳はプリンやお粥にして食べているからな。


「上手い上手い。ザッハさん、明日からでもうちで乳絞りの仕事ができるよ」


「ほう、そうか? フフフ、世辞とは言え、悪い気はせぬな」


 余と畜舎の人、二人でグフフ、ハハハと笑いあう。

 ちなみにショコラも乳搾りに興味があるようで、マウマウ言いながら牛のおっぱいに手を伸ばしていた。

 だが、デリケートなものなので赤ちゃんが触ったりするのは良くないのであるそうだ。

 代わりに、牛の横っ腹を触らせることにした。

 もさもさの毛で覆われた牛の腹を、ぺたぺた触るショコラ。

 毛を引っ張ったり、毛の中に手を突っ込んだり。

 余はショコラを抱っこしながら、口に入れられない絶妙な距離を保つ。

 ショコラが牛をバンバンしようとしたら、距離を取ってソフトタッチになるくらいに調整するのである。


「マウマー」


「満足したか」


 散々牛を撫で回して、ショコラは大満足である。

 一仕事を終えた顔をして、まったりし始めている。

 ちょうどその頃、絞りたての牛乳の加熱殺菌が終わったようだ。


「はい、お待たせ」


 畜舎の人が、ショコラ用に冷ました牛乳を持ってきてくれた。

 人肌である。

 余がカップを受け取り、ショコラに飲ませると、うちの赤ちゃんはそれはもう、たくさん飲むのである。

 ごくごく、ぐびぐび。

 いつも思うが、ショコラの小さいからだのどこに、これだけ入るのであろうな。

 すっかりカップの牛乳を飲みきって、口の周りを白くしながら、けぷっとするショコラであった。


「美味しかったであるか?」


「マウ~」


 これは満足した鳴き声だ。

 あまりにショコラが良い飲みっぷりなので、畜舎の人も笑った。


「いや、凄い子だね。これは将来大物になるなあ」


「そうであろう。ショコラは凄いのだ」


 元魔王に育てられる赤ちゃんドラゴンなのだから、将来的に大物になるのは確定だがな。

 その後、余は絞った分の牛乳をもらい、帰途についた。

 後ほど、畜舎にはお礼をしておかねばならぬだろう。

 貴重な体験をした。


 帰宅すると、ユリスティナはようやく目覚め、寝ぼけ眼で朝ごはんを食べているところであった。

 彼女に朝の牛乳を差し入れると、まるでショコラの様に、ぐびぐびと一気に飲み干した。

 血の繋がりは無いが、ショコラとユリスティナ、食べっぷりはそっくりである。

 親子というものは似るのかも知れぬ。


 ……ということは、ショコラは余にも似るのか?

 ふむ、そわそわして来たぞ。


「今朝のショコラは、随分ご機嫌だな」


「うむ。朝一で牛の乳絞りをして来た故な。刺激的な体験であった」


「へえ……。それで、ショコラから今日はミルクの匂いがするんだな」


 ユリスティナが、ショコラのお腹に鼻をくっつけてくんくんした。

 ショコラが、キャーッ言いながら、くすぐったがって笑う。

 いや、平和である。

 昨日襲撃されて、それを撃退したとは思えぬほど平和なのだった。

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