第十一章 夏祭りの魔王様

第73話 魔王、占ってもらう

「ではお願いしよう」


「はいはい! あんた、ユリスティナの彼氏? あいつとそういう仲になれるなんて、凄いねえー! でもいい奴だから大切にしてやってくれよ! おーい、マリナ! お客さんをご案内だ!」


 ボップは余の背中をばしばし叩いた。

 なかなかデリカシーの無い発言である。

 ラァムと上手くいかなかったの、そういうとこだぞ。


「彼氏じゃない」


「ぎゃばあ!?」


 ユリスティナが容赦なく突っ込みを入れている。

 小突いただけだが、ボップが軽く吹っ飛んだな。

 だが、あやつはお調子者ゆえ、すぐに復活してくることであろう。


「ピャー」


「ユリスティナ、ショコラがびっくりしておるぞ」


「あっ、いけない。教育上悪いな……」


 反省するユリスティナ。

 ショコラに、「あれは違うからなー。真似しちゃだめだぞー」と囁いている。

 ただでさえ、ドラゴンの赤ちゃんなのだ。

 気軽に突っ込みを入れる娘に育ってしまっては、村人の身が危ない。

 ここはしっかり教育せねばな。

 ショコラは、「ピョ?」とか言いつつ飴がついていた棒をしゃぶっている。

 分かっているであるかなー?


 さて、ボップが復活してきたところで、占いのテントに入ることにした。

 入り口をくぐると、中は薄暗く、魔法の明かりがぼんやりと灯されているばかりである。

 この明かり、ボップが点けたものであろう。

 雰囲気たっぷりになるよう、最適な明るさに調整されている。

 この男、お調子者だが、魔法を扱うことにかけては世界でも二番目であろう。

 一番目?

 余である。


「いらっしゃいませ。まあ、ユリスティナ様!」


 奥で待っていたのは、薄いヴェールを被った黒髪の娘。

 黒目がちな瞳が、大きく見開かれる。

 マリナは、魔王軍との戦いにこそ参加しなかったが、その占いの腕で何度もボップたちを導いたのだ。

 年は若いが、優秀な占い師である。


「久しいな、マリナ。まさかベーシク村で再会できるとは思わなかった」


「はい、わたしもです。ユリスティナ様、前よりも一層おきれいになられて」


「そうか? ふふふふふ」


 ユリスティナが照れて不敵な笑いを漏らす。

 年頃の乙女の笑い声が、どうして不敵に聞えるのだろうな。

 マリナは、ユリスティナから余に目線を移し、そしてショコラを見て、にこにこ微笑んだ。

 今何か勘違いしたな?


「ユリスティナ様が幸せそうで、何よりです」


「ありがとう。今の私はとても幸福だ」


 余計なことは言わないマリナ。

 ボップとは大違いであるな。

 自分との対応があまりに違うと、ボップが愕然としている。

 そういうとこだぞ。


「では占ってもらおう」


 ユリスティナが、席に腰掛けた。

 テントはこの人数が入るとぎゅうぎゅうになる狭さだ。

 マリナの前には白いクロスがかけられたテーブルがあり、その上には水晶球が鎮座していた。

 これが、我が魔王軍の動向を何度も見破った、魔法の水晶球である。

 あまりにも占いが当たるので、余は途中から、水晶球に見破られること前提で作戦を立て、見破られた瞬間に一番状況が盛り上がるように脚本を書いていたものだ。

 そういう意味では、この水晶球も人魔大戦において重要な役割を果たしたと言える。

 元気だったか、水晶球。

 水晶球は、ぼんやりと光って余の心の中からの問いかけに答えたようである。


「あら、水晶球が勝手に……? ううん、気のせいかも。それでは参ります。ユリスティナ様。目を閉じ、体の力を抜いてください。あなたの運命を探り、水晶球が未来の姿を映し出します……」


 マリナの声は、独特の抑揚を帯びている。

 テントに焚きこまれたお香と彼女の声が相乗効果をもたらし、占いは神秘的な色を帯びる。

 これ、実際にめちゃめちゃ当たる占いだから凄いのだよな。

 再び、ぼんやりと水晶球が光りだした。

 マリナはそこに映し出されるものをじっと見つめる。


 占う対象が持つ運命が弱いものなら、暗示として曖昧に見える。

 そこから意味を抽出する能力に関しては、マリナは凄腕である。

 だが、勇者パーティともなると、それこそ一国の王をも超えるほどの強い運命の力をもっている。

 それで、物凄くはっきりとしたビジョンが見えるらしい。


「あっ」


 マリナが目を丸くした。

 そして、優しく微笑む。


「どうなのだ? どうなっているのだ?」


 ユリスティナが、しんぼうたまらん、とばかりにマリナに問う。


「はい。素晴らしい未来が待っています。ユリスティナ様を囲む、子どもたちとたくさんの人々。誰にも笑顔が満ちています」


「ほう……!」


「魔族らしき子どもも、みんな幸せそうに笑っていますね。なぜか魔族の子どもが、ユリスティナ様に似てる気がするけどきのせいです」


 ほう。

 それは不思議であるな!

 とにかく、ユリスティナの未来はとても明るいということが分かったわけだ。

 もちろん、未来は変えられる。

 何もしなければ、輝かしい未来もやって来ないであろうし、暗い未来であっても己の頑張り次第で覆せるのだ。

 ユリスティナは、この明るい未来を目指して頑張ることであろう。


「次は余を見てもらおうかな」


 ユリスティナと交代で、余が席に腰を下ろした。


「マーウ!」


「おっ、ショコラも一緒に占って欲しいのか」


「マウマウ!」


 ショコラは乳母車から身を乗り出し、余の服を引っ張る。

 ははは、仕方のない子であるなあ。

 余はショコラを抱っこして、膝の上に載せた。


「ピャア」


「楽しみであるな!」


 余もショコラもウキウキである。

 実は余、全ての未来や運命は自力で切り開いてきた故、占ってもらったりしたことは一度も無いのである。

 魔王としての人生初占い。

 これが興奮せずにいられようか。

 余とショコラの様子を見て、マリナも微笑んだ。


「では、お二人の運命を見てみましょう。ええと、お名前は」


「余はザッハ。この子はショコラである」


「ピャア」


 ショコラが元気にあいさつした。

 小さな手をいっぱいに伸ばしてくる。

 マリナもまた、ショコラに手を伸ばして二人でタッチした。


「参ります。まずは、ショコラちゃんの運命を……」


 水晶球が光りだした。

 ぼんやりではない。

 いきなり鮮明に、カッと輝いたのである。


「え、ええーっ!?」


 マリナ、椅子から転げ落ちんばかりに驚く。


「ショ……ショコラちゃんの運命に、ラピスドラゴンの姿が……!! しかもこれ、聖なる力と魔の力両方を併せ持っていて……なに、これ……!?」


 おっと、ショコラはドラゴンなのであったな!

 うっかりしていた!

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