第72話 魔王、夏祭りに参加する
ベーシク村の夏祭りが執り行われた。
これは、来たる秋の豊作を願い、神に祈りを捧げて死者を
大きな町のそれとは違い、出店などは無い。
村の地区ごとに出し物があり、大鍋で豚肉のスープを提供していたり、麦と蜂蜜を使った練り菓子を置いていたり。
基本、全てフリーである。
「賑わっているな!」
ちょっとめかしこんだユリスティナが、周囲を見回す。
村の広場にはやぐらが組まれ、村人で溢れている。
このやぐらが、神に祈るための祭壇となるのだ。
「たくさんのお供えがされているな。村で作ったものがいっぱいだ」
「ピャアー」
「ショコラ、これは神様のものだから、食べちゃだめだぞ」
「マウー」
乳母車から身を乗り出したショコラを、ユリスティナが押し戻す。
「ちなみにユリスティナよ。神であればあやつは割りとその辺りは寛容なので、赤ちゃんや小さい子どもが粗相をしたくらいでは怒らぬぞ」
「ザッハ、そんな神様を知り合いみたいに……って、まさか」
「知り合いである」
千年も魔王をやっていると、神や魔神と知り合いになるものである。
最近人間の信心が減ってきたそうで、神の力も弱まっているのだとか。
人間が欲望に身を任せるようになると、魔神の力が強まるのである。
いわば、人間の魔族化であるな。
「だが、教育上の問題があるからな」
「うむ、分かっておる。ショコラ、美味しいものは他にあるからな。食べにいこうな」
「ピャー!」
ショコラが良いお返事をした。
祭りともなると、村中の人間が一人残らず集まってくる。
わいわいと食べて飲んで騒いで、おしゃべりをしたり音楽を奏でたり。
近隣の町から楽団も呼ばれるそうで、派手な格好をしたものたちが、リュートやバグパイプなどを鳴らしている。
「魔王様、わたくしはちょっと」
余のポケットからオロチがニュッと顔を出した。
物陰で人の姿になる。
「行ってくるのだな。頑張るよう伝えるのだ」
「魔王様、なんでもお見通しなのですね……! そこが素敵……! では、わたくし、友人の恋を応援してまいります!」
オロチがめかしこんだドレス姿になる。
いつもだったら、村で浮いてしまうような格好だが、今日は村の女たち、誰もがちょっとおしゃれをしている。
いい感じで馴染むのではないか?
「ガルーダよ」
『ピピッ。魔王様、今日はやめておきまちょうや』
「なにぃ」
『乙女には秘密の一つや二つあるものでち。覗き見は無粋でちよ』
なんということであろう。
自ら生み出した魔将にお説教されてしまった。
確かにもっともである。
ここは、余の好奇心を封印だ。
だが、抑えきれぬ魔王的な好奇心で、ついついちらちら、オロチの姿を追ってしまう。
ここ最近、子ども園二階で行われるカルチャースクールに通っていたオロチ。
アウローラのお付き合いではあるのだが、すっかり奥さんたちに認知されたようである。
通りかかる奥さんたちに声を掛けられ、会話をしている。
「ふむ、オロチが刺繍教室にやって来たときは何事かと思ったが……すっかり村に馴染んでしまったな」
しみじみと、ユリスティナが呟く。
今や彼女は、刺繍におけるオロチの師匠である。
「オロチもこの村で、友を作ることができた故な。どんなところでも、居場所さえあれば人は変われるのだ」
「深いことを言う。時折、お前が本当に魔王だったのか自信がなくなるぞ」
ユリスティナ、そうは言うもののちょっと嬉しそうな顔をしているではないか。
我らから離れた場所では、おしゃれをした女子たちと男子たちがわいわいとおしゃべりしている。
子ども園を卒園し、親の仕事を手伝っている子たちである。
普段は毎日の仕事で忙しく、顔を合わせる機会も少ない。
だからこういう祭りの時に、その分もたっぷりとおしゃべりするのであろう。
お、アウローラがいるではないか。
可愛い服を着ている。
服の背中に、ちょっと不細工なグリフォンが刺繍されているであるな。
自分でやったようだ。
そして、オロチに連れられてやぐらの影に……。
おっ。
養鶏所の少年が呼び出されたではないか。
オロチ、アウローラに何か声を掛け、背中を押す。
アウローラの顔が真っ赤である。
手にしているのは、お手製のカバン。
卵をたくさん入れられるように作ってある。
戸惑う少年に、アウローラが勇気を振り絞って……。
そこだ、いけーっ恋する乙女よ!
今、アウローラの手から、少年にカバンが……渡ったーッ!!
うおーっ!!
内心で超盛り上がる余。
「ザッハ、何を興奮してるんだ?」
「いや、な、なんでもないである」
「それよりほら。村の外から商人も来てるみたいだ。お金は掛かるが、変わったものが食べられるぞ」
ユリスティナが余の手を引く。
ふむ、祭りの出店というやつか。
よかろう。
たまには普段口にしないものを食べるのも一興である。
ショコラには、焼いた果実を飴でくるんだものを買ってやった。
目の前で、熱した飴に焼いた果実をつけこみ、それを冷やして固めるのである。
「マウマー!」
ショコラ、大興奮である。
飴にむしゃむしゃーっとかぶりついて、ばりばりかじったり果実を食べたり。
「美味しいかショコラよ」
「マウ!」
「良かったね、ショコラ」
「ピャア!」
ニコニコするショコラ。
ふと視界の端で、アウローラと男の子が手を繋いで歩いているのが見えた。
おい少年よ。
アウローラと手を繋ぎながら、ユリスティナをちらちら見るものではないぞ。
そこらへんは、オロチが教育してくれるに違いあるまい。
かくしてこの日より、オロチは恋愛マスターのお姉さんとして、ベーシク村女子たちから人気を博すことになるのだった。
「おや? ここは何であるかな?」
「おっ、ご家族連れご案内! うちの占いは良く当たるぜ!」
村の門付近に、小さなテントが設けられていた。
近くにロバが繋がれているのだが、その世話をしていた男がこちらに声を掛けてくる。
お調子者っぽい感じで、まだ若い痩せた男だ。
あれ?
どこかで聞いた事がある声であるな。
「ボップ!?」
ユリスティナが驚いて声を上げた。
なにっ。
よくよく見ると、髪形も雰囲気も大人びているが、魔道士ボップではないか。
「へ? もしかしてお前……ユリスティナか!? ひえー!! 驚いた! 美人になったなあー!!」
馴れ馴れしくユリスティナの肩を叩いてこようとして、ぺしっと払われた。
「お前には相手がいるだろう。他の女に軽々しく触れてはいけないぞ」
「相変わらず硬いなあ……。そうかそうか。ユリスティナがねえ、ふーん」
余とショコラを見て、にやにや笑うボップ。
そしてすぐ真顔になった。
「待って。赤ちゃんの年齢の計算が合わないんだけど」
「血は繋がっていない」
「そ、そっかあ」
露骨にホッとした顔のボップであった。
こやつ、余が魔法を教授してやった時から、根本的な人間性は変わっておらぬなあ。
そしてボップがいるということは、このテントの中にいるのは、お相手の占い師娘であろう。
どれ、ここで占ってもらうのも一興である。
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