第71話 魔王、女子達のがんばりを目撃する

 ショコラを連れて、子ども園にやって来た余。

 今日も、ショコラと赤ちゃん軍団は仲良く遊んでいる。

 たまにケンカもするけれど、そこは赤ちゃんとしては人格者であるショコラが間に割って入り、いい感じのところで手打ちにさせるのである。

 赤ちゃんにも社会あり。


「マウー」


「ショコアー」


 赤ちゃんが喋った!!

 余はギョッとする。

 ショコラの横にいる、いつも仲良くしている女の赤ちゃんが、ショコラの名前を呼んだのである。


「しゃ、しゃ、喋っておる」


「あら、ザッハさん初めてですか? あの子、最近ちょっぴりずつ喋り始めたんですって」


 今日の子ども園赤ちゃん当番は、アウローラの母である。


「何ということだ……。もう赤ちゃんは喋る時期に来ておるというのか。恐ろしい速度で成長している」


「それはそうですよ。子どもなんて、半年や一年で、あっという間に大人になっちゃうんですから。うちの子だってね、うふふ」


 うむ、アウローラな。

 まさにうふふであろう。


「マウマー!」


 ショコラの大きな声がした。

 何かと思えば、入り口からユリスティナが入ってくるではないか。


「おお、どうしたショコラ」


「マウマウ!」


 足にくっついてくるショコラを抱き上げるユリスティナ。

 それを、赤ちゃんたちが羨ましそうに見ている。


「よーし」


 ユリスティナは、ひょいひょいひょいっと赤ちゃんたちを抱き上げて、まとめて抱っこしてしまう。

 キャーッとおおはしゃぎする赤ちゃん軍団である。

 女性としては体が大きいユリスティナだからこその芸当であるな。

 右腕に三人、左腕に三人を抱っこするとは、凄まじい技。

 赤ちゃんたちをぶんぶん振り回してひとしきり喜ばせた後、ユリスティナは上の階に去っていった。

 今日は刺繍の講師をするらしい。

 ホーリー王国王妃直伝の刺繍の腕前だ。

 これ、普通に金を取れるレベルの教室であるな。


 そこに、緊張した面持ちのアウローラがやって来た。

 母の姿を見て、目を丸くするアウローラ。


「お母さん、今日当番だったの……?」


「そうよー。頑張ってね」


 娘の方をぽんと叩くアウローラ母。

 こくっと頷くアウローラ。

 そして、アウローラと共にオロチがやって来るのである。


「ザッハ様!! わたくし、がんばりますわね!」


「うむ。やる気になるのは良いことである。楽しみにしておるぞ」


 余が伝えると、オロチが目をきらきら輝かせた。

 余、相手の好意はできるだけ受け止める主義である。

 あくまでできるだけだが。


「良かったね、オロチさん」


「ええ! やる気が湧いてきましたわよ!!」


 すっかり仲良しになった二人が、並んで二階に上がっていった。

 よし、行けガルーダ!


『ピピッ! 承知ちまちた!! しかし、魔王様も好きでちねえ』


 余計なことを言いながら、二階の窓に取り付く小鳥の姿のガルーダ。

 余の出歯亀専用の魔将である。


 さて、二階での作業である。

 ユリスティナの前には、今日の生徒である奥さんたちと、オロチとアウローラが並んでいる。


「刺繍に関してだが、最初は簡単なものからやっていこう。これは私が書いてきた刺繍の図面だ。このとおりに縫っていく。糸はこちらで用意したものを使っていくぞ。最初からアドリブができると思うな。基礎を叩き込め。刺繍とはなんであるかを、己の指に覚え込ませるのだ」


 まさかのスパルタである。

 我が家で、ショコラにでれでれしながらちゅっちゅしている娘と同一人物とは思えぬ。

 ユリスティナの指導はしばらく続き、およそ二時間で教室は終わりとなった。

 皆、教材を持ち帰り、家で練習するのである。

 ちなみにあの教材、ユリスティナを手伝って余も作ったからね。


 刺繍は難しいようで、アウローラは何回も指を刺してしまったようだ。

 悲しそうな顔をして、


「あたしって不器用……」


「初めてはそんなものですわ。それよりも、気持ちがこもっているかどうかが大事なのよ!!」


 しょんぼりするアウローラを励ますオロチ。

 ついこの間まで、人間どもは苦しめるものだとかなんとか言ってた魔族の言葉とは思えない。

 人は変わるものであるなあ。


「だって、オロチさんすっごく上手だったもん」


「わたくし、伊達に長く生きていませんもの。技を磨いて形を真似することは容易いですわよ? だけど、そこにこめた彼を思う気持ちは、アウローラ以外には真似できませんでしょう?」


「オロチさん……!!」


 またも、むぎゅっとオロチに抱きつくアウローラ。

 オロチはひんやりしているから、そろそろ初夏の日差しを感じる今日このごろ、ちょうどいい温度であるな。

 そして、手をつないでアウローラの家まで戻る二人。

 おや?

 農場の方から小柄な人影がやって来るではないか。


「あ……」


 アウローラは思わず立ち止まった。


「よう! アウローラじゃん。珍しいな、こんな時間に。今日は畑仕事は休みなの?」


「休み……じゃない。休みってないし。えっと、当番で、かわりばんこでやってるの」


 それは、養鶏所の少年であった。

 アウローラの意中の君である。


「あれ? 指怪我してるじゃん」


 少年はめざとく、アウローラの指先に気付いたようだ。

 ポケットからハンカチを取り出すと、それを引き裂いた。


「わ、わわっ」


 いきなり手を取られて、戸惑うアウローラ。

 少年は彼女の指先に、布を巻き付け、優しく結んだのである。


「ちょっと指がでっかくなっちゃったな。俺、不器用でさ」


 にこっと笑い、「じゃ、またな!」と去っていく少年なのだ。

 なんという無意識なイケメン行動であろうか。

 少年、そういうとこだぞ。


「ははーん……。なかなかいい男ですわねえ。これは、アウローラ。ユリスティナなんかに負けてはいられませんわよ!!」


「う、うん! 頑張る!」


 再び闘志を燃やすアウローラ。

 そして、二人の夏祭りに向けた準備の日々が続く。

 二週間はあっという間に過ぎ……。

 ついに、決戦当日となったのである。

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