第2話 魔王、卵を持ったまま討伐部隊と戦う

 落ち着いて卵を孵せる場所を探す、余なのである。

 めぼしい場所が見つからずにぶらぶらしていたら、頭上を妙なものが飛んでいった。

 金属製の鳥である。

 あれは、ゴーレムの一種であろう。

 余が横流しさせた、金属製ゴーレムの技術を用いて作られたものに違いない。


 鳥は余を確認すると、すぐに戻っていった。

 余を発見するのが目的だったらしい。

 そしてすぐに、人間の軍隊がやってくる。


「いたぞ! ムッチン殿下が追い払われたという魔族だ!」


「逃がすな! ここで仕留めるぞ!」


 ん?

 ムッチン王子が追い払っただと?

 おかしい……。

 余は自ら立ち去ったのだし、そもそもムッチン王子たちを見逃したのである。

 それがおかしな風に歪められて伝わっている。

 これはムッチン王子の仕業だな?

 良かろう。


『ふははははは。よくぞ余を見つけ出したものだな、人間よ』


 再び、脳内に余の声を直接届けてやる。

 ふむ、軍隊の人数は千人というところか。

 常備軍の少ないゼニゲーバ王国としては、かなり集めたものだな。

 おや?

 この軍隊の後ろに、ムッチン王子がいるではないか。

 余の声を聞いて、輿こしに座したままガクブル震えておる。


「こいつ……脳内に直接……!?」


「くっ、強そうな魔族だぞ、みんな気をつけろ!」


「囲め、囲めー!!」


「勇者パーティーが魔王を倒した後だというのに、どうしてこんな魔族が外をトコトコ歩き回ってるんだ……!」


 それは余が倒されたはずの魔王だからだよ。

 王子が連れてきた軍隊には、幾つかの部隊が混ざっているようで、あちこちから指示の声が飛ぶ。

 矢を構えろ、撃てとか、突撃とか、魔法部隊詠唱開始とか。

 ぜんぜん統制が取れてないな。

 おいムッチン王子。

 貴様が音頭を取らねば大変なことになるぞ。


『待つのだ貴様ら。順番だ。順番に攻めてくるのだ。同士討ちは非生産的だぞ』


 余は親切心から彼らにアドバイスしてやった。

 だが、悲しいかな余は魔族である。

 余の言葉は、額面どおりに受け取られなかった。


「くそっ、脳内に直接、言葉で攻撃を仕掛けてきやがる!」


「騙されるな! 奴はいっぺんに攻撃されると困るからああいうことを言ってるんだ!」


「うむ。全員同時で行くぞ!!」


「矢を放てー!!」「突撃だー!!」「魔法を撃てー!!」


 あーあ。

 結局、どうなったかというと……。


「ぐわーっ! 味方の矢が! 味方の矢がーっ!!」


「ぎえーっ! 後ろから魔法がーっ!?」


「まさか魔族に寝返った部隊がいるだと!? まずいぞ、退けーっ!!」


 同士討ち、同士討ち、また同士討ち。

 余は卵を抱えたまま、じーっと見ているだけである。 

 目の前で、軍隊が勝手に壊滅していく。


「なんとおばかな者たちだ! 勝手に敗れ去ろうとするとは! このままでは、余がまた魔王として恐れられてしまうではないか」


 あまりの状況に、脳内に囁くことも忘れる。余は慌てて、軍隊の中に踏み入っていった。

 倒れているものを、次々に回復魔法で癒していく。

 運悪く魔法と矢を受けて即死しているものは、復活魔法で復活させておいた。

 よし。

 これで同士討ちしたものも、全て軽傷で済む事であろう。


「魔族がこっちに来るぞー!!」


「くそっ、この人数でも止まらんのか!」


 止まる以前に貴様ら、余にたどりついてもおらぬではないか。


「王子にお伝えしろ! ご判断を仰ぐのだ!」


 ようやく、後方にいるムッチン王子に伝令が走った。

 余は戦場に魔闘気を薄く張り巡らし、どこで何が行われているかを観測する。

 すると、ムッチン王子は報告を受け、真っ青になった。


「なななな、なんだって!? 隣国にお金を払って借りた軍隊が壊滅した!? ボクチンの株が下がる!!」


 レンタルした軍隊であったか。


「こうなれば、虎の子を出すのだ! ほれ、ボクチン直衛として雇った最強のパーティがいたであろう! あいつらを出せ!」


「はっ!」


 おや、何か出てくるようだ。

 余の目の前で、軍隊は後方に下がって行き、その中から四人ばかりが進み出てきた。

 彼らは、年齢が様々な男女で、それぞれ魔法の武具に身を包んでいる。

 明らかに軍隊の兵士たちとは格が違うようである。


「魔王討伐にいけなかった俺たちに、まさか出番があるとはな!」


「俺たちは偽勇者一行として、勇者ガイに迷惑を掛けた身! だが、地獄のような特訓を経て十二将軍をこの手で倒せるようになった!」


「そうよ! 私たちの力は、もう勇者一行に劣るものではないわ!」


「行くぞみんな!!」


 あー、知ってる。

 知ってるぞこやつら。

 余が勇者ガイをプロデュースする途中で、ガイの名声を聞いて出現した偽勇者だ。

 余が関っていない事件だったので、傍観者として楽しく状況の推移を見ていたものだ。

 あの頃は、勇者ガイのパーティにコテンパンにやられて、反省しまーすなどと言っていたこいつらが。

 そうかあ。

 特訓して強くなったのか貴様ら。

 余はちょっとジーンと来た。

 では、少し本気を出して相手をしてやるのが礼儀と言うものであろう。

 余は卵に魔闘気を纏わりつかせ、頭上へと浮かべた。


「あっ! あの卵は、ボクチンがドラゴンを倒した時に手に入れたものだ! だけどあいつが卑怯にも奪って行ったのだ! 取り返せー!」


 ムッチン王子からの命令が飛ぶ。


「なんと、竜殺しのムッチン王子から卵を奪った!?」


「おかしくない? 王子たちが追っ払った魔族じゃないの? なんで卵とられてるの?」


 偽勇者一行の魔法使いから、鋭い指摘があった。

 ムッチン王子は「うっ」と言葉につまり、すぐに顔を真っ赤にして怒った。


「うるさーい! いいから、お前らはこいつを倒せー!! ボーナスならいくらでやるぞ!!」


「金はどうでもいいんだけどな。だが、鍛えぬいたこの腕がどこまで魔族に通じるか、試してみる価値はあるぜ!!」


 まずは戦士が走ってきた。

 装備がなんとなく戦王ファンケルに似てる。


「どりゃーっ! ゴッド・スイング・インパクト!!」


 振り回される魔剣。

 おお!

 一般人にしては速度と力が乗っているではないか。

 偽勇者の仲間だった戦士が、これだけの技を身につけるには、血の滲むような特訓をしたに違いない。

 余は礼儀として、この攻撃を魔闘気で弾かず、左手の人差し指と中指で挟み止めた。


「な、なにいっ!?」


 戦士は慌てて魔剣を動かそうとするが、びくともしない。


「俺の必殺技が、二本の指で!!」


「悪くは無い攻撃であったが、あと一歩余には届かなかったな」


 余は彼にそう告げると、ちょっとサービス精神を出した。


「この魔剣の性質は振り回すより、突き向きだから、突進する技を鍛えた方が良いぞ。それから、剣を使うときの腰の姿勢はこう」


 余が戦士の腰をパン、と叩くと、彼の背筋がびっと伸びた。

 余の指に掛かるパワーが跳ね上がる。


「おおっ!? なんか力が入りやすくなった……!」


「貴様が行った特訓の方向性は悪くない……! だが、それを生かす方向が違う。余のアドバイスを生かせば貴様はもっと強くなるぞ! またの挑戦を待っている」


 余はそれだけ告げると、戦士の剣を指先だけで奪い取った。

 そして、魔剣の柄で戦士を殴り飛ばす。

 戦士は物も言わず吹き飛び、倒れ伏した。

 余はそこに、遠隔回復魔法を送る。


「戦士カルノスがやられた! ここはみんなで一度に攻めるぞ!」


 偽勇者が叫ぶ。

 偽魔法使いの男、偽僧侶の女と三人で力を合わせ、合体魔法を使おうと言うのだ。


「三人の力を合わせるわ!」


「俺の魔力を使え!」


「行くぞ、極大雷撃魔法!! ギガスパーク!」


 ほう!

 これは、勇者や大魔道士にしか使えぬ竜魔法や、複合魔法ではない。

 だが、凡人ではたどり着けぬ、才能と修練が合わさった先にある、高難易度の合体魔法なのだ。

 偽勇者パーティだったものが、これを使えるまでに鍛え上げたか……!

 いやはや。

 世界には、余が認識していないだけで無数のドラマが転がっているものだ。

 余は彼らにも敬意を示すことにした。

 まずは、魔法を真っ向から受ける。


 爆発が起こった。

 風が吹く。

 轟音と共に、大地が揺れる。

 あまりの衝撃に、軍隊は動揺し、しかし魔法の凄まじい威力で、彼らは希望を抱いたようだ。


「や……やったか!?」


 偽勇者が叫ぶ。

 だが、次の瞬間である。

 爆煙を切り裂き、余が現れた。


「合体魔法にして、高難易度の上位雷撃魔法、ギガスパーク……。人の身でありながら、よくぞここに辿り着いた……。だが、余にはあと一歩及ばなかったようだな」


「なん……だと……」


 偽勇者パーティが後退あとじさる。

 彼らの後ろの軍隊など、パニック寸前だ。

 ムッチン王子は漏らした。

 あーあ。


 ここで余は、ムッチン王子が魔法使いを連れていなかった事を思い出す。

 せっかく、人類側の戦力を充実させようと、余が謎の篤志家を名乗って寄付し、立てさせた魔法学院があるというのにだ。

 魔法使いを連れてきていないとはどういうことだ。


「だが、あと何人か、ゼニゲーバ王国の魔法学院を卒業した優秀な魔法使いがいれば勝負は分からなかった……! ゼニゲーバ王国の魔法学院卒業者がいなくて、余はラッキーだったということだ!」


 魔法学院の有用さをアピールしておかねばな。

 これだけ言っておけば、逃げ帰ったムッチン王子は、魔法学院を優遇してくれるであろう。


「そして偽勇者一行よ。雷撃魔法の先を余が見せてやろう。その目にとくと焼き付けるがいい」


 余は指を打ち鳴らす。

 これによって大気中の魔力に変化を与え、詠唱の代わりとする。

 余の周囲の大地が、突如割れ砕けた。

 地の底から、マグマが吹き出し、凄まじい量の噴煙が上がる。

 噴煙は、その中から無数の火山雷を生み出した。

 紫色に輝く火山雷を束ねて、偽勇者パーティの眼の前に落とす。

 当たらないようにギリギリのところだ。


「これぞ、究極の雷撃魔法……インフェルノ・サンダーだ」


 放たれた雷撃は、大地を蒸発させた。

 巻き起こる衝撃波が、地上に立つものを皆なぎ倒していく。

 余は卵を回収し、衝撃波を手で払って回避した。


 全てが止んだ時、地面には倒れたまま、起き上がることもできぬ人間たちの姿があった。


「むむっ」


 ここで余はハッとする。

 圧勝しちゃダメではないか。

 ここは痛み分けの形に持っていかねば。

 余が脅威として語り継がれぬようにせねばならぬのだ。


「あっ、今になってさっきの戦士の攻撃と、偽勇者たちの魔法が効いてきた……! くぅ、やるな貴様ら。この勝負は預けておくぞ!」


 余はちょっと棒読みでそう告げると、魔闘気を使ってその場を滑るように去っていったのだった。

 よし、上手くごまかせたぞ。

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