第1話 魔王、ドラゴンの卵を拾う
「フリーダム!!」
余は降り注ぐ太陽の下、両手を天高く差し上げて叫んだ。
あの後、爆発に紛れて人間サイズまで縮小した余は、玉座の下に作ってあった抜け道から脱出した。
長距離移動魔法もあるのだが、あれって屋内で使うと天井に頭をぶつけるんだよね。
ということで。
あらゆる義務と責任から解放された余は、千年ぶりの自由を満喫しているのだった。
鼻歌交じりで、野原を歩く。
闇の衣がいたずらな風に吹かれ、たなびく様は趣がある。
「フフッ、ちょうちょさんも元気であるな」
余はしゃがみ込み、花の蜜を吸うモンシロチョウと睨めっこした。
無論、余が本気で睨めっこすると数百年の齢を経た成竜ですら一瞬で金縛りにしてしまうので、手加減をする。
ちょうちょさんは蜜を吸った後、無邪気にひらひらと飛んでいく。
余はそれを、晴れ晴れとした気持ちで見送った。
魔王であった頃なら、ああいう美しいものは撃滅せねばならなかったからな。
職務は人を変えてしまうものである。
「ははは、待て待てー」
余はちょうちょさんを追うことにした。
足の裏に魔闘気を纏い、スッと地面から浮かび上がる。
腕組みをした余は、滑るように地面を移動していった。
しばらく、そうやってちょうちょさんと追いかけっこをしていた時である。
「やったぞ!! これで我が国も安泰だ!!」
「ざまあ見やがれドラゴンめ! これからは人間の時代だぜ!!」
そんな声が聞こえてきた。
ドラゴン……?
気になる単語があったので、覗いてみることにする余。
人間がはしゃいでいるだけなら、にこやかな気持ちで見過ごしたことだろう。
だが、ドラゴンとなると気になるものだ。
余が向かった先では、野原の中央が大きく抉れていた。
その中央に倒れ伏しているのは、美しい瑠璃色の鱗を持つドラゴンだ。
ふむ、今にも息絶える所であるな。
余は魔眼を使用し、ドラゴンの全身を観察した。
そして、かのドラゴンが病魔に蝕まれ、本来の力を発揮できないでいることに気づく。
ドラゴンを囲んでいるのは、人間の軍隊であった。
先頭には前髪をぱっつんと切り落とした、太っちょの青年がいる。
あれは確か、ゼニゲーバ王国のムッチン王子ではないか。
かつての職務上、余は各国の王族、重鎮の情報はおさえてあるのだ。
「皆のものよくやったぞ! これでボクチンはドラゴンスレイヤーだ! 箔がつくし、これで勇者パーティのユリスティナ姫をお嫁さんにできるぞ!」
ムッチン王子は、甲高い声で言う。
「やりましたね若!」
「おめでとうございます若!」
「むふふ!! お前たちはよくやったぞ! ボクチンからボーナス出しちゃう。それに、ドラゴンを狩れば大儲けだしね!」
うおーっと盛り上がる、人間たち。
そうか、彼らは自らの欲望のために、病気になったドラゴンを襲ったらしい。
勇者の出現で、人間たちも勢力を盛り返してきていた。
ドラゴンは魔族の側に属する存在故、このようなこともあるだろうな。
『諸行無常なり』
余はこれより命を奪われるであろうドラゴンに、祈りを捧げた。
既に魔族の神たる魔神よりも強い余である。
正直、祈る相手など存在しない。
だが、今は祈りたい気分であった。
「お前たち、やれえ!」
ムッチン王子の甲高い声が響いた。
人間たちの剣が、槍がドラゴンに襲いかかる。
こうなったのも、余に責任の一端があろう。
余が勇者パーティーなど生み出さなければ、ドラゴンはこうして殺されなかったのだ。
だが、勇者パーティがいなければ、人間たちは余によってうっかり滅ぼされていただろう。
難しい問題である。
『どうか……どうかこの子だけは』
その時である。
余の耳に、声が聞こえた。
女の声である。
これは、あのドラゴンのものか。
見れば、ドラゴンは卵を守るように抱え込んでいた。
『そちらにおわす方。纏う魔力から、強大な魔族とお見受けします。わたくしはここで死ぬでしょう。人に殺されずとも、寿命が尽きようとしているのです。ですが、この子は……。最後に生まれたこの生命だけは、どうかお救いください』
それはドラゴンの、最後の願いだった。
余は頷く。
今の余は、魔王でも何でも無い、ただのザッハトールである。
だが、ただのザッハトールとなった余は、ドラゴンの最後の願いくらい、聞いてやっても良いと思ったのだ。
槍が、剣がドラゴンを叩く。
弱ったドラゴンに、抗う術はない。
それに、程なくしてドラゴンは息絶えるであろう。
「王子! こんなところに卵がありますぜ! ドラゴンの卵が!」
「なに!? それは欲しい! 孵して、ボクチンの乗り物にするのだ! 取ってこい! 取ってきたものには、特別ボーナスをあげちゃうぞ!!」
うわーっと盛り上がる人間の軍隊。
これはいかん。
余は腕組みをしたまま、ふわりと浮かび上がった。
魔闘気の応用である。
『待つのだ人間よ』
余の声が響き渡る。
耳にではない。
人間たちの脳内に直接語りかけている。
「う、うわああ! 頭の中に声が!」
「誰だ! 誰なんだー!」
『余だよ』
余はわざと風を起こして飛び、ドラゴンの上に降り立った。
「ひっ、ひいいい! 魔族! お前たち、あれは魔族だぞ! や、やっつけろ!」
ムッチン王子が悲鳴を上げ、余を指差す。
『人のことを指差してはいけないのだぞ?』
余は世の中のルールを説くと、ゆっくりと王子に向けて手をかざした。
王子の人差し指が、ぐっと握り込まれて拳になる。
「ひいー!! ボクチンの手が勝手に拳に!! やれ、お前たち、やれ!!」
王子に命令され、軍隊が余に攻撃を仕掛けてきた。
弓矢だ。
なんだ、魔法使いはいないのか。
ゼニゲーバ王国には余が融資して、魔法学院を作ってやったではないか!
余は少しおこになった。
『魔法以外は通じないぞよ』
余はそう言うと、あえて矢を受け止めた。
ただの矢は、闇の衣を貫くことはできない。
それどころか、余が纏った魔闘気に触れると、しおしおっと元気がなくなり、ぽとぽとと落ちる。
「矢が通じません!」
「王子だめです!」
「ボクチンがだめみたいな言い方するな!? え、ええい、お前! 何が望みだ! 言ってみろ!」
『言ってみろ? 初対面の相手にその言葉遣いかね』
「言ってみて下さい」
『グッド。では、余はそこの卵をいただこう』
「た、卵を!? だめだ! それはボクチンが孵して、乗り物にするのだ! ドラゴンライダーになるのー!!」
『ふむ。……ではどうだね? 余とムッチン王子で、一対一の決闘をして、勝ったら卵をあげる』
「あっ。卵どうぞ……」
『余は物分りがいい人間は大好きだよ』
平和的に交渉を終えた余。
ドラゴンの最後の願い通り、卵を魔闘気で拾い上げ、回収した。
ドラゴンが、感謝の眼差しを向けてくる。
気にすることはない。
『ではさらばだ、人間たちよ。余はこう見ても、人間を襲うつもりが無い優しい魔族。今日は偶然ドラゴンの卵を持っていくことになったが、別に人間に危害を加えることは無いから安心して暮らすが良い』
余は、人間たちに不安を与えぬよう、優しく脳内に囁くと、そのまま飛び去ることにした。
むっ、腕の中で卵が動いているではないか。
今にも孵りそうなのだな。
呆然と立ち尽くし、余を見送る人間の軍隊。
余の耳に、ムッチン王子のつぶやきが聞こえた。
「なんてことだ……。恐ろしい魔族がこの辺をうろついているのだ! 早く帰って、父上に教えないと!」
おかしい。
余の善意は通じていなかったらしい。
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