最強魔王のドラゴン赤ちゃん育児戦記
あけちともあき
第一章 育児見習い大魔王
第0話 魔王、引退を策謀する
「そこまでだ、魔王!!」
闇に包まれた大広間に、勇ましい声がこだまする。
扉を蹴破るようにして現れたのは、五人の若者だ。
大魔道士ボップ。
魔拳闘士ラァム。
戦王ファンケル。
聖騎士にしてホーリー王国第二王女ユリスティナ。
そして、魔王軍の宿敵にして伝説の勇者、ガイ。
『ほう。あの四魔将を打ち破ったというのか』
余は台座に腰掛けたまま、望まぬ来客を迎えた。
勇者たちは満身創痍。
勇者パーティで最も美しいと呼ばれた、聖騎士ユリスティナは、いつも丹念に手入れしている金色の巻き毛もほつれ、蒼い瞳には疲れが見える。
だが、皆、その戦意は少しも衰えてはいない。
燃えるような瞳で、余を見つめてくる。
「最後はお前だ! 魔王ザッハトール!!」
ガイが叫ぶと、ファンケルとラァム、ユリスティナが余に向かって駆け寄ってくる。
四魔将を仕留めた、勇者パーティ必勝のフォーメーションを使う気だ。
彼らが余を足止めし、ボップとガイの最強魔法でとどめを刺すつもりだろう。
陳腐だが、最大の威力を発揮するであろう策だ。
悪くない。
そして余は……。
(よし、来い来い勇者。一発大きな魔法を打ち込んでくるのだ)
勇者の攻撃を心待ちにしていた。
何しろ、余は魔王の座についてから千年。
あまりにも余が強すぎて、より強き者に代替わりするという魔王の伝統故、後継者が現れなかったのだ。
余は、魔王という立場にもう飽き飽きなのだ。
暇つぶしに人間の世界を侵略してみたら、危うく世界を征服するところだった。
めちゃくちゃびっくりした。
うわー。
余の魔王軍って超強いんじゃないか。
魔王軍全軍を相手にしても、余は殴り勝てるからさっぱり分からなかった。
ということで、余は一旦世界征服をやめて、人間たちの世界に間者を送り込むことにしたのだ。
間者に、魔王軍と戦う勇者が必要であると広めさせ、仲違いする人間たちを結束させ、裏を掻いてこちらに寝返ろうとする人間を、信用した振りをして人間たちの目の前で処断したり。
いや、大変だった。
余は伝説の武器を造らせ、人間の世界に送り出した。
その後、伝説の武器の伝承を言い伝えている一族と言う設定で、変装が上手い魔族を組織し、演技の訓練を行った。
脚本、演出、余。
村に住むただの少年でしか無かった勇者ガイは、その才能を余に見出され、色々なマッチポンプの末に勇者として旅立った。
最初は期待していなかったのだが、どうやら本当に才能があったらしく、勇者は仲間を増やして快進撃を始める。
十二将軍を撃破し、十傑を倒し、八騎陣を乗り越え、六大軍王を倒した。
……幹部が多すぎる。
だが、これには事情がある。
魔王軍も長引いた平和で、人員が多くなりすぎていたのだ。
魔族は寿命が長いから、なかなか引退しない。
自然と、出世のためのポストを多く作って対応することになる。
四魔将以下の幹部は、大体が勤務年数で取り立ててたから、強くはなかったな。
そして、勇者たちが最後の六大軍王を倒した時。
余の中に、一つのアイディアが生まれていた。
(勇者たちに余を倒させて、余は死んだふりしながら引退すればいいじゃん)
ナイスアイディアであった。
余は、伝説の魔法や、伝説の武器を超える神代の武器を作り上げ、やはりイベントを企画して勇者たちに手渡していった。
勇者パーティはどんどん強くなる。
やがて彼らは魔界へ到達し、魔王城へと攻め込んできたのだ。
「行くぞラァム! コンビネーションだ!」
「分かったわ、ファンケル!!」
戦王ファンケルと魔拳闘士ラァム。
この二人はデキている。
余は二人の攻撃を受け止めながら、どれくらい仲が進展したのかなーと考えていた。
二人とも人生の大半を武術に注ぎ込んでいるから、とてもうぶなのだ。
早くくっつかないかと、余は遠見の水晶球の前でヤキモキしたものだ。
「二人とも、避けろ! 聖剣ジャスティカリバーを抜く!!」
ファンケルとラァムの後ろから、叫び声が響く。
ユリスティナだ。
彼女の持つジャスティカリバーは、余の自信作である。
そう、余が作ったの、あれ。
眩い光を放ち、聖なる力を放出する刀身は、強大な魔族の鎧すら容易に切り裂く。
ちなみにユリスティナは、勇者ガイに惚れている。
だが、ガイにとってのヒロインはユリスティナの姉、ホーリー王国第一王女、ローラなのだよな。
既に失恋が決定済み。
うっ、いたたまれない。
「効いてる! ジャスティカリバーが効いてるぞ!」
聖剣の一撃を受け、ユリスティナの恋の事情に思いを馳せた余が、いたたまれなさに顔を覆うと、勇者パーティが沸き返った。
「行くぜ、最強魔法!! フレアブソリュート!」
炎熱の極限を組み合わせた最強魔法。
このバランス調整には苦労した。
余が扮した伝説の大賢者トルテザッハが、大魔道士ボップに伝授した魔法だ。
いいぞボップ、そのバランスだ。
ボップはラァムに横恋慕していたが、ファンケルに彼女を掻っ攫われた恋の負けキャラだ。
だが最近、占い師の彼女ができたらしい。
良かったな、ボップ。
余はフレアブソリュートを喰らいながら、優しく微笑んだ。
「行け、勇者ー!!」
「わかったぜ、ボップ! うおおおー!! ドラゴンッ……チャージ!!」
勇者ガイが、全身にドラゴンのオーラを纏って飛び上がった。
神剣ドラグーンセイバーを振りかぶりながら突っ込んでくる。
ドラゴンオーラは、なんと勇者ガイのオリジナルである。
あやつ、本当に才能があったのだなあ。
あの剣は余が作ったけどね。
余は、これまで何度も繰り返してきたシミュレーション通り、両手から邪悪な波動を放って迎え撃った。
波動が勇者の突撃を押し返そうとする。
「ぐわあああー!!」
「くっ! ファンケル、私の後ろに!」
「すまん、ラァム!」
聖なる闘気を纏ったラァムが、邪悪な波動に苦しむファンケルを庇う。
それを羨ましそうに見ていたユリスティナは、慌てて聖なる盾で自らを守った。
ボップは呪文を唱え、自分とガイに守りの結界を張る。
「サンキュ、ボップ!」
「いいってことよ! 行け、ガイ!! 決めろーっ!!」
来い、勇者よ!! 決めろーっ!!
勇者パーティと、余の心が一つになる。
ドラグーンセイバーは、見事、余が纏った闇の衣を貫いた。
深々と、剣が余に突き刺さる。
あ、いや、ちょっと浅いな。
衣の内側から引っ張っておこう。
よいしょ。
これでドラグーンセイバーが、根本まで刺さった感じだ。
『グッ……グワアアアアア────!!』
余は絶叫した。
突き破られた闇の衣から、膨大な魔力が溢れ出す。
『馬鹿な、馬鹿な!! 余が、この偉大なるザッハトール様が、人間などにィーッ!!』
「終わりだ、ザッハトール!! うおおおお────!!」
剣に力が籠もる。
勇者と剣は全身から光を放ち……それは余を飲み込んでいった。
巻き起こる、大爆発。
『ぬわ────!!』
そして、世界を脅かした恐るべき魔王、ザッハトールは打ち倒されたのである。
────────
2020年1月に発売された、書籍化作品です。
頭空っぽで楽しめる、育児コメディ。
本作は完結していますので、ラストまで百話連続で、まったり更新していきます。
ゆったりお付き合い願えれば幸いですよ!
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