第9話 魔王、企む

 狩りは、ベーシク村近くの森で行われた。

 この森は、それなりに長く続いた人魔大戦の折、放棄された村などを飲み込んで拡大した森だ。

 大戦中は危なくて近寄れなかったそうだが、終戦後の今は良い狩場となっているそうだ。


「どれ、ではまず、見本をお見せしましょう!」


 狩りが得意だという村人、カルロが前に出た。

 彼が持つのは、それなりの大きさの弓である。

 なに、魔法がかかっていないのか?

 それではただのおもちゃでは無いのか?

 余は訝しく思い、首をかしげる。


「なにを不思議そうな顔をしている、ザッハトール」


 余の様子を見て、ユリスティナが声を掛けてきた。


「うむ。余は、弓というものは魔法をかけ、魔の矢を放つ道具だと認識しているのだ。放つ行為そのものに呪術的な意味合いをもたせやすい故な。だが、あの弓矢には、驚くべきことに何の魔法も掛かっておらぬ」


「それはそうだろう。村人の狩りだぞ?」


 ユリスティナが呆れたように溜息を吐いた。


「そうか……。各国に魔法学院を造らせても、末端の村まではその恩恵は伝わって来ぬか……」


 意外な事実を知ってしまったのであった。

 魔法学院が作り出す、魔法知識や魔法技術といった恩恵は、大都市で溜め込まれ、地方へはトリクルダウンしてこないのだ。

 これは盲点だった。


「何という顔をしているのだザッハトール。魔法の弓矢など問題はない。見てみろ。村人たちは、一人でも魔法の弓矢が無いことを嘆いているか?」


 ユリスティナの言う通りだった。

 村人たちは生き生きと、狩りを楽しんでいる。

 自らの経験と肉体のみを使い、獲物を追い詰め、狩る。

 原始的だが、根源的な喜びがそこにはあった。


「うむ。余が間違っていたようだ。必ずしも、この村には魔法が必要ではないのだな」


「そういうことだ。それに、魔法が掛かっていないならば聖なる力を込めて放てばいいのだ。ほらこんな風に」


 ユリスティナは矢を番えると、そこに真っ白く輝く聖なるオーラを纏わせる。

 おい。

 オーラを纏った矢は、こちらを窺っていたイノシシの頭部に近づくと、光の光線に変わってその全身を貫いた。


「な?」


「な、ではない。貴様しかできぬことを対応策のように言うな。村人も引いているではないか」


 村人たちが集まってきて、余を交えて協議した結果、ユリスティナは射撃禁止ということになった。

 魔王と戦えるほどに技や肉体を鍛えすぎると、日常への適応力が弱くなるのかも知れぬ。

 いや、この姫騎士が特別そうなのか。

 だが、そうであるからこそ、彼女はショコラの母親役に相応しいのだ。

 やがてドラゴンへと成長する赤ちゃんのお母さんとして、どれだけ強くても強すぎるということはない。


 弓の使用を禁止されたユリスティナ。

 しょんぼりしながら後をついてくる。

 ちょっと村人たちとも距離が空いたので、余はこの隙に彼女と作戦会議をすることにした。

 作戦は、ゼニゲーバ王国のムッチン王子に、いかにしてユリスティナを諦めさせるか、だ。


「余にいい考えがある」


「魔王のいい考えだと? いやな予感しかしない……」


「そう言うな。余は無数の前科があるが、今回のアイディアは貴様を望まぬ結婚から救うためのものなのだ。そのためには、ユリスティナの力も借りねばならん」


「私の力だと?」


「そうだ。余とムッチン王子は、それなりに顔を見知った仲でな。無論、この顔ではなく魔王の顔だが」


「あの禍々しい姿で、何をしたら見知った仲になるのだ……。いや、いい。話を続けてくれ」


「うむ。余は何度かムッチン王子と邂逅し、恐らくトラウマレベルまでかの男に恐怖を刻み込んでいる。そして、彼奴きゃつがまともにドラゴン退治などしていないことも、余はよく知っている。その現場にいたのだからな」


「ほう……」


「これを糾弾し、余が元の姿を見せるなど、ムッチン王子の評判を下げ、失脚させる方法はいくらでもある」


 ユリスティナが顔をしかめた。

 いかに嫌な結婚相手と言えど、理不尽にひどい目に遭わせることに抵抗がある女なのだ。

 そんな彼女だからこそ、神は彼女に奇跡を宿し、聖騎士としたのだろう。

 余も、その辺りは分かっている。

 そもそもこれは、ユリスティナを勧誘しようという計画なのだから、彼女の不興を買っては意味がない。


「だが、今回は平和的に解決しようと思っておる。まず、余が四魔将の一人、オロチを召喚して暴れさせる。ゼニゲーバ王国の王都が良かろう。これを余が退治する。あくまで芝居だぞ。それを貴様が倒す。余よりも強い貴様を見て、ムッチン王子はドン引きする。どうだ」


「私の評判に凄いダメージが来そうな気がするんだけど……確かに効果的だ」


「であろう? ゼニゲーバ王国に、ドラゴンと戦えるほどの実力も備えもないのは、余がよく知っている。全世界の軍事力も魔王時代に把握したからな。昨今では平和になったから、軍縮だなんだと軍隊も縮小されているのではないか?」


「まるで見てきたように言うな、お前。怖い。なんで知ってるの」


 おっと、ユリスティナがドン引きした。


「何、簡単な推理である。だが今はそれについて説明している状況ではない。ということはだ。元々軍備に力を入れず、各国に投資して国を守らせていたゼニゲーバ王国が、この状況でドラゴンと戦えるほどの戦力を常備しているわけが無いのだ。ということで、オロチ一匹であの国は壊滅できよう」


「いいかザッハトール。あくまで、あくまで私の婚約の話をなしにするためだからな? それに乗じて王都壊滅なんてさせるなよ!?」


「うむ。細心の注意を払い、そっとオロチを暴れさせよう」


 かくして、方針は決定した。

 余の華麗なる作戦立案能力が火を吹き、次なる舞台はゼニゲーバ王国の王都となることが決まったのである。

 そうなれば、ショコラも連れて三人で旅行するようなものであるな。

 人間の言葉では、こういうのは新婚旅行と言うはずだ。


「ザッハトール。村長が呼んでいるぞ。お前が狩りをする番が来たんじゃないか?」


「ほう、余の腕前を見たいと申すか。良かろう。余が謀略だけでなく、武力にも優れた魔王であることをこの場で見せてやるとしよう……!」


 先の予定は立てた。

 後は、狩りをエンジョイするだけなのである。


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