第8話 魔王、狩りに出かける

 目の前で、もぐもぐと鹿肉を頬張る姫騎士がいる。


「いかがです、ユリスティナ殿下」


「あ、ああ、うん。美味しいな。焼き加減も申し分ない」


「ありがとうございます!」


 村長は褒められ、満面の笑みを浮かべている。

 対して、ユリスティナのあの顔。

 肉の味が全く分からないようだ。

 と言うか、今は肉の味よりも、余が彼女を誘ったことで頭がいっぱいであろう。

 善処してくれると助かる。


「いい味であるな、村長。鹿肉は脂身が少ないが、それでも溢れ出るこの旨味。焼き方が巧みなのであろう」


「おお! ザッハさんも味が分かる方ですなあ! ほっほ! 聞いたか、俺の肉の焼き方が美味いそうだぞ!」


 村長の奥さんが、微笑みながら頷く。

 余は、鹿肉を頬張りながら眼前の姫騎士を窺う。

 彼女もまた、ちらちらとこちらを見ていた。

 目が合い、慌ててユリスティナは視線を落とした。


「どうですかな、ザッハさん! 今度、村の男たちで狩りに出るのですが、あなたも一緒に」


「ほう、余に狩りをせぬかと?」


「ええ。村でも家畜は飼っているのですが、毛や乳を取ることを優先していまして。そのため、肉を得るには狩りに頼っている有様でして」


 すっかり、村長が敬語になっている。

 溢れ出る余のオーラみたいなものを、感じ取っているのかも知れない。

 割と権威には弱そうな村長だ。


「良かろう。余はこの村で、もらうばかりであったからな。働いて返さねばならぬと思っていたところだ。余の狩りの腕を見せつけてやるぞ」


「それは楽しみです!」


 余は村長と、固い握手を交わし合う。

 すると、そこにもう一つの手が伸びてきた。


「私も参加して良いものだろうか?」


「な、なんと殿下まで!?」


「ああ。実は、しばらくこの村に逗留しようと考えていてな。交友を深める意味でも、私にも狩りを手伝わせて欲しい」


「それは……殿下がおっしゃるならば、もう、こちらも喜んで……」


 ほう、ユリスティナも参加するというのか。

 村長からの許可をもらい、彼女はホッとした顔だ。

 そしてユリスティナは、余を見て何か言いたげにしている。

 ここでは言えぬ事が何かあるのか? 

 それとも……。

 ふむ。

 ユリスティナは、自分の欲求やそれに関することを堂々と公言できるような人間ではないことを、余はよく知っている。

 でなければ、恋の鞘当てで負けぬからな。

 彼女が狩りに参加すると言い出したということは、余に何か頼みたいことがあるのではないだろうか。

 村の中で、ユリスティナが余と二人きりであって話すなど、誰かに見られたらそれこそいらぬ詮索を招くことになる。

 詮索の内容は、間違いなく恋バナになるであろう。

 そう言う話題は余も大好きだ。


「ピョ……ピャアーピャアー」


「むっ、ショコラが起きたか」


「あらあら」


 余は、村長の奥さんとともにショコラの元に急いだ。

 詳しい話は、狩りに出てから聞けば良かろう。

 村長の奥さんに、赤ちゃんのあやし方をレクチャーされつつ、余はこれからの事を考える……考え……。


「ピャアー、ピャアー」


「むっ。奥さん。泣き止まぬ……!」


「ザッハさん、貸して御覧なさい。こうですよ、こう」


「ピャ……キャッキャッ」


「おお……、なんという赤ちゃんをあやす腕前……!!」


 余の頭の中は、またショコラのことでいっぱいになったのである。




 翌日のこと。

 余は、近所の奥さんにショコラを預かってもらい、狩りに出ることにしたのである。

 奥さんたちは、昼間は農作業などしているが、子供たちがより年少の子供の面倒を見るようになっている。

 子供までもがショコラの世話をできるとは驚きだ。

 かくして、赤ちゃんをあやす技術が継承されていくのだな。

 恐るべし。

 だが、念のために、余はショコラを護衛するために一手打つことにした。


「現われよ、四魔将、西のパズス」


『ウキーッキィーッ!!』


 余がその名を呼ぶと、目の前に魔法陣が浮かび上がった。

 響き渡る、魔猿の叫び声。

 禍々しい陣は紫の光によって描かれ、明滅している。

 既に滅んだ四魔将だが、何のことはない。

 これらは余が作り出した使い魔に過ぎぬ。

 滅んだとて、何度でも呼び出すことができるのだ。

 我が家のリビングに、もうもうと。紫色の邪悪な煙が上がる。

 余は慌てた。


「おいパズス。煙は駄目だ。火事だと思われるではないか」


「あっ、スミマセン、ウキッ。それっぽく演出した方がいいかなーって」


 煙は魔法陣に、シューッと吸い込まれていった。

 後に残ったのは、一匹の猿である。

 紫色で、背中にコウモリの翼が生えた猿。


「どうもお久しぶりですザッハトール様! ご用ですか! あっし、見ての通り魔力の殆どを失ってちっちゃくなっちまいましたが」


「構わぬ。貴様に任を授ける。ショコラの身を守るのだ」


「ははーっ。謹んで拝命いたします!」


 ということで、ショコラの安全は確保した。

 パズスも力を失ったとは言え、一国の騎士団を軽く殲滅できる程度の力はある。

 陽気なお猿のパズ君として子供たちの中に溶け込ませ、内からショコラと、お世話をしてくれる子供たちを守るのだ。

 さて、では、狩りに出かけよう。

 外では、村長やブラスコ、村の男たちの一部とユリスティナが待っていた。

 子供たちに見送られながら、村を出るのである。

 ショコラはきょとんとしていたが、他の子供たちが手を振るのを見て、真似して手のひらを握ったり開いたりしていた。


「ザッハトール。どうも、私の目には子供たちの中に見覚えがある猿がいた気がするのだが」


「護衛に呼び出しておいた。安心せよ」


「なんだと……!? ではあれは魔将パズス!? 四魔将は、まだ死んではいないというのか!」


「声が大きい。問題ない。あれはほとんどの力を失っている。それに、四魔将は余の使い魔だ。余の意に反して暴れることは有り得ぬ」


「そうか……」


 ショックを受けた顔をしているな。

 今のパズスであれば、ユリスティナ一人で滅ぼすことができよう。

 だが、その必要はあるまい。

 魔王ではない、赤ちゃんの父親となった余が呼び出すパズスは、気のいいお猿さんに過ぎない。


「さて……ユリスティナ。余に話したい事があるのだろう?」


「!? 何故それを……!」


 狩りのため、森に入り込んだ頃合いで、余は切り出した。

 姫騎士の表情が、パッと変わる。

 なんと分かりやすい。

 貴様、絶対に隠し事とかできないタイプであろう。

 それでこそユリスティナだ。


「ふっ……。まさかお前が、そこまで私のことを分かっているとはな」


 彼女は少し自棄やけになったように笑うと、話し始めた。


「ああ、もう頼れるのはお前しかいないようだ。村の者に頼んでは、彼らに迷惑をかけてしまうだろう。これは王族が絡む問題であるからだ。一介の村が、国家の介入を退けられるとも思えぬ。だが、私は心が弱い……。つい、ひとり逃げることに疲れ、村に頼ってしまったのだ」


 回りくどい物言いだ。

 だが、大体分かった。

 貴様、色恋とか苦手だものな。


「つまりムッチン王子が求婚してきたのであろう?」


 言おうとしていた事を先回りされ、ユリスティナが狼狽した。


「!? な、なにっ!? どうしてそれを……!?」


「ふふふふふ……。余は勇者パーティのことならば、なんでも知っているのだ」


「ザッハトール……恐ろしい奴だ……!」


「頼みというのは、ムッチン王子の求婚をどうにかして欲しいと、そういうことで良いか?」


「ああ、その通りだ……。ドラゴンを退治したというムッチン王子は、もはやゼニゲーバ王国の英雄。勇者パーティであった私と彼が結婚することで、ホーリーとゼニゲーバの二つの国は深く結びつくというわけだ」


「政略結婚か……。それは恋バナ的につまらぬな」


「……? 恋……バナ……?」


「いいだろう、ユリスティナ。その結婚、余がぶち壊してくれよう」


 余は笑った。

 ユリスティナを、ムッチン王子にくれてやるわけには行かぬ。

 彼女には、ショコラのお母さんをやってもらわねばならぬのだから。

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