第7話 魔王、正体を明かす

 ぞろぞろと、ユリスティナの後をついてくる村人たち。

 だが、彼女の注意は村人たちに向けられてはいない。

 蒼い瞳は、ただひたすらに余だけを映し出している。

 これは……まだ未練たっぷりである。

 あの後、ガイと姉のローラとの三角関係がどうなったのか、なんとかして聞き出さねばなるまい。


「似ている……。いや、済まない。あなたが、あまりにも私がよく知る男に、似ているので」


「そうか。余も、この身は勇者ガイに似ていると言われることがある」


「ああ、やはり!」


 パッとユリスティナの顔が明るくなった。

 そして、すぐにしょんぼりする。

 うん、明らかに完全無欠の失恋状態であるな。

 第二王女なのに一人旅しているし、貴様、これは傷心旅行だろう。


「知っての通り、余は勇者ガイではない。そもそも、ガイには子はおらぬであろう?」


「ダウー。マーウー」


 余の腕の中で、ショコラがユリスティナの鎧に向かって手を伸ばす。

 キラキラ光るものが珍しいようだ。

 そう言えば、一部のドラゴンは光り物を集める習性があると言うな。


「ああ。確かに。済まない、似ているなどと言って。あなたはあなたなのにな。しかし、可愛らしいお子だ」


 ユリスティナが目を細めた。

 恐る恐る、ショコラに向かって手を差し出す。

 ふふふ、そう恐れずとも良い。

 ショコラは懐が広い赤ちゃんぞ。

 危険無き者であれば、受け入れる度量を持っている。


「ダァ!」


「あっ……指が……」


 ショコラの小さく、ぷにぷにとした手が、ユリスティナの指を握った。

 ドラゴンではあっても、手のひらの感触は柔らかいぞ。

 聖騎士の表情が、ふにゃふにゃと緩んだ。

 いい反応だ。

 赤ちゃんを好きな姫騎士に悪い姫騎士はいない。

 もともと、彼女の人格は完全に把握している。

 彼女に接触する手段を考えていたのだが、自分から来てくれたのならば好都合。

 後は、いかにしてユリスティナを余の思惑に嵌めるか……。


「否。否だ。待つのだ余よ。そのような謀略で染まった手でショコラを育てるのか? それでは魔王時代と変わらぬではないか」


「? どうされたのだ? あの……」


 余が独り言をつぶやき始めたので、ユリスティナは心配したらしい。

 声をかけてくるのだが、そうだ、まだ名乗っていなかったな。


「ザッハだ。余の名は、ザッハ」


 到着したのは、ちょうど村長の家の前である。

 余の仮の名を聞いたユリスティナの目が、見開かれる。


「どうしたかな? ユリスティナ」


「ああ、いや……」


 彼女は言葉を濁す。

 彼女は実に、隠し事が苦手な性分であるな。


「あの、ザッハさんもご一緒されますかな」


 村長が聞いてくるので、余は鷹揚に頷いた。

 この姿はまだ若造だが、どうも隠しきれぬ貫禄のようなものが滲んでいるようだ。

 髪が白くなりかけた村長が、余に対してへりくだって見える。


 村長宅にて、ユリスティナと向かい合うように座す。

 そろそろショコラはおねむの時間であるからして、村長の奥さんがベッドに寝かしつけてくれた。

 ありがたい。

 赤ちゃんを扱う達人の存在は、やはり貴重である。

 この村には、達人が溢れているな。


「実は、息子が良い鹿を獲ってきましてな」


「おお、鹿を。ご子息は良い腕をされているのだな」


「はい。せっかくのユリスティナ殿下のお越しなのです。手ずから、鹿の肉をご用意しましょう!」


 村長が腕まくりする。

 ほう、村の長自らの料理とは。

 これは楽しみだ。

 村長は準備をするということで立ち去り、余とユリスティナには、茶が出された。

 余は彼女と向かい合い、茶を啜る。

 ここで余は、纏っていた雰囲気を変えた。


「久しいな、聖騎士よ」


「むっ? ……こ、これは、魔闘気だと……!?」


 ユリスティナの目が見開かれる。

 余は、ほんの一部だけ肉体を覆っていた幻を解除した。

 人のように見えていた余の目が、瞳も白目も区別がなくなり、赤く輝く球体になる。


「この魔闘気……そんな……。まさか……!!」


「いかにも。余は、元魔王ザッハトール。貴様ら勇者パーティの宿敵なり」


「馬鹿な! ザッハトールめ、生きて……」


 ここで余は、唇の前に人差し指を立てた。

 しーっと静かにするようジェスチャーする。


「うるさくするのではない。ショコラが起きてしまうだろう。赤ちゃんは一度起こすと、大変むずかるのだぞ」


「お、おお」


 激高しかけたユリスティナが、虚を衝かれて静かになった。


「安心するが良い。半年前の戦いは、間違いなく貴様ら勇者パーティの勝利だ。先ほども余は言ったであろう、元魔王と」


「元……? どういうことだ。お前がここにいるということは、何かを企んでいるのであろう……!」


 また声が大きくなりかけたので、余は、しーっとジェスチャーをした。


「何を、企んでいると言うのだ」


「貴様らは余の全ての企みを退け、ついには余のもとに辿り着き、打ち倒したであろう。あの事件はあれで仕舞いだ。余は魔王から退き、今はこうして第二の人生を送っている」


「第二の人生だと……!?」


「いかにも」


「それは一体なんだ」


「赤ちゃんを育てることだ……」


「─────────は?」


 ユリスティナの口が、ぽかんと開いた。


「赤ちゃんを育てることだ。この村は凄いぞ。赤ちゃんをあやす、赤ちゃんのご飯を作る、赤ちゃんと遊ぶ……様々な分野の達人が揃っている。良い場所だ」


「いや、あの、だってお前、魔王では……? え? なんで赤ちゃん……?」


「うむ、聞くが良い。余はそもそも、赤ちゃんを育てる予定は無かったのだ。いや、予定などというものは無かったのだが、自由になった余はあるドラゴンと出会ってな……」


 余が、ショコラと出会った話をつまびらかに語って聞かせる。

 死する運命のドラゴンと、彼女に託された卵。

 卵を温め続けた日々。

 誕生した赤ちゃん。

 そして名付け。


「うっ……!」


 ユリスティナは目を潤ませて、慌ててポケットから取り出したハンカチで顔を覆った。


「く、悔しい! 魔王に泣かされるなんて」


「元魔王である。今はただの、赤ちゃんを育てる人だぞ」


「そういうのは父親というのだ!」


「なん……だと……? 余は、ショコラの父親だったのか……? てっきり、村の人間たちが勘違いしているものとばかり思っていたのだが」


「名実ともに父親だろう……。まったく。それで、お前はどうして私に、正体を明かしたんだ? 黙っていれば私は気づかなかっただろう。私は……自分でも思うが、騙されやすいからな」


「ああ。実は、一つ頼みたいことがあってな。貴様が最適任であると余は踏んだのだ」


「最適任……? なんだ、それは」


 ユリスティナの瞳が、警戒の色を帯びる。

 余は、笑みを浮かべた。

 ユリスティナはごくりと唾を飲む。

 二人を包む空気が張り詰めたものに変わり……。


「ショコラの……お母さんにならぬかね?」


「……はい?」


 再び、姫騎士は呆然としたのだった。

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