第二章 婚約破棄大作戦
第6話 魔王、聖騎士な姫と再会する
余はこれからの予定を考えつつ、村の奥さんたちから赤ちゃんの世話の仕方を教わっていた。
今は、麦で作ったおかゆを、ショコラに与えていたところである。
木の匙いっぱいにおかゆを掬うと、ショコラはそれをずびずびーっと吸い込み、ウマウマ言った。
ショコラはよく食べる。
いっぱい食べて、一人前のドラゴンになるのだぞ。
「ショコラちゃんの髪、綺麗だねえ」
「瞳も不思議な色で……お母さん似なんだねえ」
村の奥さんたちが、口々に、ショコラを見にやって来る。
大変目立つ外見であるからな。
もっとショコラを見るがよい。
そして褒め称えよ。
うちのショコラは可愛かろう。
「ザッハさん、ショコラちゃんのおべべなんだけどね。うちの娘のお下がりがあるから、使うかい?」
「ありがたい。いただこう」
「引っ越してきたばかりで、色々揃ってないでしょう? うちの旦那は職人だから色々作ってあげようか。もっとも、こっちは仕事だからタダでは難しいけど」
「ああ。もらえるならばありがたい。代償が必要であるなら言ってみよ。用意するとしよう」
親切な村である。
余は、様々な物をもらう代わりに、村人に様々なお使いを頼まれることになった。
ほう、元魔王がお使いか。
これはなかなかに愉快。
余が体を揺らして笑っていると、ショコラもごきげんになって「キャー」とかはしゃぐ。
さて、村人との交流は順調だ。
このように触れ合っているうちに、ショコラの新しい母親として適任な者も見つかるだろう。
余にとって時間は無限にある。
焦ることはない。
おかゆを食べ終わったショコラが、テーブルをばんばん叩いてお代わりを要求する。
これは食べ過ぎではないかと、奥さんたちが審議中になった頃合いである。
村の入口が騒がしくなった。
「なんだい、騒がしいねえ」
すぐ横を駆けていく若い娘に、アイーダが問う。
するとその娘は頬を赤くしながら口をパクパクさせる。
「だっ、だっ、あのっ大変」
「落ち着くが良い」
余は彼女をなだめた。
すると、娘は息を整える。
まだ、頬に血の気が差しているから、興奮しているようだ。
「あのね、大変なの! なんと、勇者パーティーの仲間、聖騎士にして姫騎士の、ユリスティナ様がいらっしゃってるのよ!!」
「ええっ、ユリスティナ様が!?」
「それは大変だわ!」
大騒ぎになる奥さんたち。
ユリスティナだと?
余が知る限り、勇者パーティーの仲間で聖騎士で姫騎士なユリスティナは一人だけである。
ほう、あの娘が来ているのか。
あれから半年以上。
今ではすっかり、勇者ガイに失恋した頃であろう。
そう言えば、ガイはどうしたのだろうか。
もう第一王女ローラと結婚した頃か?
余は恋バナに目が無いのだ。
立ち上がる奥さんたちに混じり、余もユリスティナの顔を見に立ち上がる。
「あらまあ。ザッハさんも興味があるのかい?」
「そりゃあ、ユリスティナ様はすごい美人だものね。男たちの憧れさ」
「うむ。戦しか知らぬ故、無骨な娘だが、それもまた良いところであるのだろう。事実、ガイはローラとユリスティナの間で揺れておった故な」
「へえ、ザッハさん詳しいんだねえ! もしかしてファンかい?」
「ふむ」
余は彼女らとともに歩みながら、少し考える。
「広義で言えば、ファンに当たるのかも知れぬな。勇者は生まれたが、そこから発生する人間模様は余が介入したものではない。予測し得ぬドラマというものは、まことに珠玉の娯楽であった」
「そうだね! ザッハさんは言っていることが難しいけど、勇者様がたの恋のお話は、あたしらも生娘みたいにドキドキしながら聞いていたものさ」
「ほう、アイーダたちも、恋バナに興味が?」
「娯楽が少ない世の中だからねえ!」
「うむ。人の恋路を物語のように享受する事は悪徳かも知れぬが、こればかりは止められぬものだな」
余と奥さんたちは、ぐはははは、おほほほほ、あはははは、と笑い合いながら村の入口までやって来た。
ショコラが余の真似をして、口をパクパクさせている。
お前にはまだ、余の貫禄ある笑いは真似できまい。
しかし、普段なら魔闘気で地面を滑るように移動するが、こうして歩いて移動するのもまた悪くないものだな。
ゆっくりとした足取りは、周囲の風景に目を向ける余裕を与えてくれる。
今日も、ベーシク村は平和であるな。
「ピヨヨヨ」
余所見をする余を、ショコラがペシペシと叩いた。
「どうしたショコラ。お腹が減ったか? さっき食べたばかりであろう」
「マウー」
世界の言葉を解する余だが、赤ちゃんの言語だけはさっぱり分からぬ。
余は、目線をショコラのものと合わせる。
すると、そこには見覚えのある娘が立っていた。
聖なる鎧と聖なる剣を身に着け、白馬に乗っている。
白銀に輝く鎧と兜は、田舎の村にあって大変目立つことだろう。
案の定、村人たちに群がられ、若き聖騎士は困惑の表情であった。
「皆、静かにしてくれないか。私は今、お忍びの旅の途中なのだ」
お忍びの旅……?
聖なる鎧と聖なる剣と、白馬姿で?
お忍びの旅……?
「あまり、私が旅をしていることを知られたくはない。だが、あなた方が私を歓迎してくださる気持ちをないがしろにはしたくない」
「わー! ユリスティナ様!」
「聖騎士ユリスティナ様!」
「姫騎士ユリスティナ様、素敵!」
歓迎どころか、村をあげてのお出迎えである。
彼女、ホーリー王国第二王女ユリスティナは、困惑半分、嬉しさ半分という表情で身動きが取れないようだった。
旅装のつもりか、いつもは巻き毛に仕上げている金髪が、シニヨンに纏められている。
晴れ渡った空のような蒼い瞳の色は、とても美しい。
ふっくらとした紅色の唇が、曖昧な笑みの形を作っていた。
人が良く、頼まれては断りきれず、それでいて自分の気持を素直に表すことができないのが彼女だ。
人波を振り払うことなどできまい。
余は彼女が旅立ってから、魔王との最終決戦に至るまでずっと見てきたのだ。
知らぬことなど何もないぞ。
彼女にあと少し、女のずるさがあれば勇者ガイは彼女のものであっただろう。
「困ったな……。あなた方の気持ちは嬉しい。せめて、村の中に入れてはくれまいか。村の外では、その」
そう言って、ユリスティナは周囲を見回す動きを見せた。
ふむ?
何か、この村に立ち寄らねばならぬ理由があるか。
ここは、余が助け舟を出すとしよう。
「貴様ら、落ち着くが良い!」
僅かな魔闘気を込めて放った、余の言葉。
それはどのような騒ぎや雑音の中でも、確実に人間たちの耳に届く。
ひとり残らず、余の声をはっきりと聞いた村人たちはギョッとして口を閉ざし、声の主を求めて辺りを見回す。
突然騒ぎが止んだので、驚いたのはユリスティナもである。
彼女は声の方向を、正確に感知していた。
聖騎士の鋭い視線が、余に向けられる。
ショコラによじ登られ、頭をしゃぶられて額からよだれを垂らしている余にだ。
ショコラ、余の髪は食べ物ではないぞ。
お腹を壊すから止めなさい。
「……あ、あなたは……ガイ……!?」
ユリスティナの目は見開かれ、余を信じられないものを見るかのようだった。
ああ、そうだったな。
今の余の姿は、勇者ガイのそれを幾年か成長させたものになっていたのだったな。
「入ってくるが良い、姫騎士よ。村長、構わぬな?」
村人たちの中にいた村長は、余の言葉を聞くとかくかく頷いたのだった。
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