第76話 魔王、ボップをイメトレで鍛える

 起きよ。

 起きるのだボップよ。


「ううーん、なんだよー。マリナ、もうちょっとだけ寝かせてくれえ」


『これがマリナの声に聞こえるか。良かろう』


 余は咳払いした。

 ここは、夢の世界。

 眠った人間たちの魂が接続する、世界の裏側である。

 余はボップの魂に接触し、目覚めさせようとしているのだ。


『おほん、ごほん』


 余は咳払いし、喉の調子を整える。


『マ、マーマーマー』


 裏声、よし。


『ボップ、起きて、起きて。起きないと、貴様の股の間のものをちょん切るぞ』


 可愛いマリナの声でささやきかけると、ボップの目がぱちっと開いた。


「や、やめてくれえ!?」


 飛び起きるボップ。

 そして、キョロキョロした。

 周囲は、虹色のお花畑やら、シャボン玉が無数に飛び回る極彩色の空間である。


「あれ? マリナは?」


『はじめからマリナはおらぬ』


「え? でもその声はマリナ……うわーっ!! 師匠ー!! 師匠がマリナの声でー!!」


 いかんいかん、裏声のままだった。

 余は咳払いし、声をもとに戻す。

 そう。

 今の余は、大魔道士トルテザッハの姿をしているのだ。

 それでマリナの声で喋ったら、軽くホラーである。


『よーし、これで元の声であろう』


「おお、いつもの師匠の声だ。生きてたんですか、師匠!」


『死んでおる』


 そこのところの設定は変えたらダメであるな。


『だが、最近の貴様がたるんでおるので、こうして夢に出てきたのだ』


「げっ、地獄で見てたんですか師匠」


『なぜ余が地獄に落ちたことになっておるのだ! このアホ弟子め!』


 ポカリと頭を叩いた。


「いたい!」


『良いか? 世界に再び危機が迫っておる。貴様や勇者ガイ、聖騎士ユリスティナらの力が必要になる時が来ようとしているのだ。そんな中、人族最強の魔道士である貴様が、マリナといちゃいちゃ、ちゅっちゅしているだけで良いと思っておるのか!』


「げえっ!? み、見てたんですか!?」


『見てないが大体貴様がやりそうなことは想像できる』


「師匠には勝てねえなあ……。確かに俺、たるんでました! でも、ガイのやつもローラ姫とくっついて、お勉強三昧でなまってるんじゃ?」


『あやつは今も普通に戦闘民族であったぞ。会った瞬間にやる気100%であった』


「あれっ、ガイには会ったんですか? 死んでるのに?」


『言葉のあやである』


 いかんいかん!

 つい、素の余が出てきてしまう。


『さて、こうしている場合ではない。貴様に訓練を施す。時間は無いぞ。具体的には貴様がレム睡眠に入っているほんの90分ほどだ』


「随分具体的な夢ですねえ」


『無駄口を叩くでない! もう5分過ぎたぞ!』


 ということで、訓練を開始するのである。

 余が魔法を放ち、これをボップが防ぐ。

 そこにまた余が魔法をぶつけ、ボップに防がせる。

 次々、次々に余は魔法を生み出していく。


『ほれほれ、どうしたボップ! 防御一辺倒ではジリ貧であるぞ? それとも相手の魔力が尽きるまで待つか! 相手の魔力が無尽蔵ではないとどうして分かる?』


「あっ、ちくしょう! 本当になまってるぜ! 攻撃のタイミングが掴めねえ!」


 防御障壁の魔法を使いながら、余の魔法を防ぐボップ。

 防ぎつつ無駄口を叩き、移動しているので大したものである。

 この魔法、神に操られたガーディアスをも一撃で倒す程度の火力はある。

 だが、これをやすやすと防げるのが、魔道士ボップの実力なのだ。

 この男、その気になれば勇者ガイと並び立つほど強い。

 問題は、なかなかその気にならないところである。


『まだまだ余裕があるようではないか。よーし、では一段階パワーを引き上げていくぞ!』


 余は手の中に生み出す魔法の火力を跳ね上げた。

 今までがスローイングファイアの魔法。

 威力は小さな森を一つ焼き尽くすほどである。

 次は、ブッシュファイアの魔法。

 余が使えば、大きな街を一つ焼き尽くす火力になる。

 夢の世界中を、炎が覆い尽くす。


「やべえ!」


 ボップは慌てて、周囲全体に防御魔法を使った。

 この程度の魔法なら、こやつは詠唱すらしなくていい。

 そして余を見て、ぶつぶつと唇を動かした。


「土の最強魔法、大地震アースクエイク、雷の最強魔法、超電雷撃ギガスパーク、二つの魔法を合わせて……地獄より来たれ、闇の雷!! インフェルノ・サンダー!!」


 余の足元が砕けた。

 夢の世界が大きく振動し、宙に浮かぶシャボン玉が次々に割れる。

 そして、地割れが起きてそこから、漆黒の雷が発生した。

 これは咄嗟に余も防御魔法を使うほどの出来である。


『同時使用か! だんだん勘を取り戻してきたようだな!』


「お陰様でね! 行くぜ師匠、このまま調子を上げさせてもらう! 今の俺なら、魔王と戦ったときよりも強くなれる気がするぜ!!」


 攻守交代だ。

 ボップが放つ、複合魔法が次々に襲いかかる。

 魔法というものは、単一では威力に上限がある。

 一つの属性から引き出せる力には限界があるのだ。

 我が弟子たちは、まだその次元には至っていない。

 単一の属性の魔法を操作するだけで精一杯であろう。

 だが、このボップこそ我が弟子の頂点。

 魔法の腕だけなら、魔将最強のベリアルとも互角。

 あとこやつ、何気に魔力が無尽蔵くさいんだよね。

 魔界に生まれてたら、次の魔王になっただろう。


『いいぞいいぞ! 連続して複合魔法か! ほう! 三重複合魔法! 今アドリブで使ったな? やるではないかやるではないか。では余もちょっとだけ見せてやろう。これが、火、水、風、土、光、闇の六重連複合魔法、オールアブソリュートだ!』


「な、なにーっ!? 師匠、そんなのが使えて……ぶげらっ!」


 オールアブソリュートは七色の奔流を描き、ボップを直撃する。

 六つの属性を組み合わせることで、七つ目の無属性が発生する。

 実質七つの魔法を一度に叩き込むようなものである。

 これまで持ちこたえていたボップの防御が破られ、そのまま我が一番弟子は吹き飛ばされていった。


『おっ、そろそろ90分であるな。ではな、ボップ。日々、魔法の訓練を忘れるではないぞ』


 ボップが夢の世界の果てに、ひゅるひゅると落っこちていく。

 地面にぶつかったところで目覚めるであろう。

 さて、これでこやつもよし。

 次に合う時には、四重連複合魔法まで使えるようになっているかも知れんな。

 さて、余も本格的に寝るとするか……。






 ……。

 ん……?

 腰のあたりが冷たいような……。


 ハッと目覚める余。


「マウー」


 ぺちっと、小さい手のひらが余の鼻のあたりを叩いた。


「ショコラ……もしや……!!」


 起き上がってみると、これは大変である。

 ベッドと、余の服が濡れている。

 おむつでは抱えきれぬほどのおしっこだと……!?


「マウマ!」


「ショコラ、お祭りで飲み物を飲みすぎたな……?」


「ピャアー」


 自分のお尻をぺたぺたして、むずかしい顔をするショコラ。

 濡れて気持ち悪いようだ。


「仕方ない。おむつを替えるであるぞ。ほら、抱っこ」


「マ!」


 ということで、ベッドを乾かしつつ、ショコラのおむつを交換する余なのだった。

 ボップを教えるより、ショコラのお世話をするほうが大変かも知れぬな……!

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