第75話 魔王、勇者からの手紙を受け取る
「あんたがザッハさん?」
占いのテントから外に出たら、声を掛けられたのである。
見覚えがあるハトを連れた、商人であった。
「実はここに来る途中で、怪我をしてるハトを拾ってね。ハトに手紙がつけてあったから、それを頼りにやって来たんだ」
そう言って手紙を渡してくれる。
おお、これは勇者ガイからの手紙ではないか。
ハトはここに向かう途中、猛禽類のたぐいに怪我をさせられてしまったのであろう。
なんとか無事なようだが、しばらくは飛べそうに無いとの事。
ここは、ハトではなくガルーダに手紙の運搬を頼むとするか。
伝書鳩ならぬ、伝書魔将である。
『ピピッ、そりゃあかまわないでちが。ガルーダが行っても、勇者は攻撃ちてきたりちまちぇんかね』
「大丈夫であろう。あの男、敵意にしか反応せんからな」
『獣のような男でちねえ』
頭上を飛び回るガルーダとやり取りをする。
そして、余は商人に礼を言い、手紙を受け取った。
ついでに商人が扱っている品物をどっさり買い取らせてもらう。
干し肉か。
塩気が強いから、出汁をとる材料に使えそうであるな。
「ザッハ、占いは終わったのか? どうだった?」
ショコラと手を繋いで、ユリスティナが戻ってくる。
二人とも、その手には見慣れぬ串焼きを握り締めているではないか。
「占いは終わったぞ。ところで、それは何を食べているのだ? 一見した所、クラーケンを小さくしたようなものに見えるが」
「イカ焼きと言うらしい。海辺の人々は、こうしてイカを食べるのだな。なかなかいけるぞ」
ほう、イカを食べる習慣は、魔王たる余にも無かったぞ。
そもそも魔界にはイカや普通の魚がいないし、イカはクラーケンに似ているので魔族としては食べ物と認識していなかったからな。
あれはクラーケンの赤ちゃんなのではないか?
え、そのサイズで大人なの?
「マウ!」
イカ焼きをむしゃむしゃ食べつつ、ショコラがニコニコする。
口の周りが、タレでべとべとである。
「美味しいかー。よかったなーショコラ」
「マウマ!」
ショコラの口の周りを拭いてやった。
おっ!
よくよく見れば、ちょっぴり歯が生えてきているではないか!
今まで、強靭な歯茎であらゆるものを噛み砕いてきたショコラだが、その
今まで以上に、何でも食べるようになるに違いない。
「ところでザッハ、その手にしている紙は?」
「ああ、これか。ガイからの手紙である」
「なにっ」
「興味があるか」
「ないわけがないだろう……。ああ、いや、だがお前のプライベートのことだし……」
「見てもいいぞ。これ、ユリスティナにも確実に関わってくる事だからな」
「私に?」
詳しい話は、その辺に腰掛けてからになった。
村のあちこちは、お祭りの食べ物を買った人々でにぎわっている。
みんな適当に座って、美味しく食べて楽しくお喋りをしているのだ。
「ここで良かろう。ショコラー」
「ピャー」
余が座って招くと、膝の上にちょこんと乗ってくるショコラである。
そしてむしゃむしゃイカ焼きを食べる。
結構歯ごたえがありそうだ。
これをもりもりやれてしまう、ショコラの咬合力は大人に近いのではないか。
さすがドラゴン……!
「マウー」
「喉が渇いたって。はい、ショコラ」
ユリスティナが、水筒に入れてきた水を飲ませる。
ストローつきなので、赤ちゃんでも簡単に水分補給できるのだ。
ごくごく飲んで、またむしゃむしゃ。
「これがショコラのお昼ご飯であるな」
「そうだなあ。このほかにも、鶏肉を揚げたのとか、おせんべいを食べたんだ」
「……食べすぎではないか?」
「……そうかも」
ちょっと心配な、余とユリスティナである。
イカ焼きを食べ終わったショコラは、けぷっと言った。
お腹いっぱいの合図だ。
こうなったショコラは、すぐ寝てしまうぞ。
余に寄りかかったまま、ショコラのまぶたが重くなっていく。
すぐに、ぷうぷうという寝息が聞こえてきた。
「寝てしまったか」
「さて、ではザッハ、手紙を出してくれ」
「うむ」
ガイからの手紙を広げてみる。
そこには、ホーリー王国の近況が描かれていた。
自動馬車の生産は順調であること。
各国の貴族などに販売が開始され、それなりに売れていること。
そして当座、馬車の燃料はミスリル鉱石として設定したため、鉱石の輸出と合わせていい商売になっていると。
「順調ではないか」
「ああ。なんというか、お前のおかげだな、ザッハ。祖国を助けてくれてありがとう」
「なに、貴様にはいつもショコラのお世話をしてもらったり、可愛いお洋服を作ってもらったりしているからな」
ギブ&テイクである。
しかし、ガイのやつめ。
意外と筆達者だな。
近況報告がとても分かりやすいぞ。
「ガイは一見しておばかみたいに見えるが、口を開くとおばかになるだけで、筆をとるときちんと物を考えるんだ。そうでなければ、父上がガイを認めることなど無かったからな」
ああ見えて、学術などのお勉強はどんどん吸収しているらしい。
ただ、本人としてはお勉強がつまらないようで、授業態度はあまりよろしくないとか。
「ふむ、最後は、余との共闘を楽しみにしている、と来た」
「共闘? この上、何と戦うつもりなのだ?」
「魔神だ」
「魔神と!? あれは神の一種だろう? 戦えるものなのか?」
「いけるいける。それに、さっきの占いでも、余は魔神と戦う運命だと出たのだ。どうせそのうち戦うなら、こっちから吹っかけても良かろう。ここ最近、魔神が色々悪巧みしているとは思わぬか?」
「言われてみれば……」
ゼニゲーバ王国を巻き込んだガーディアスの事。
魔界の選挙で暗躍したジョシュフォファットの事。
魔神の動きは無視できぬな。
どれも、世界に新たな争乱を起こすきっかけになることばかりだ。
この他にも、我らが知らぬ、魔神の悪巧みが動いているかもしれない。
「とりあえず、ボップのやつもここで捕まえたであろう? 余、ちょっとあやつを鍛えなおしてやろうと思ってな。ユリスティナは、ラァムとファンケルに声をかけておいてくれ」
「よし、分かった! ホーリー王国に向かう商人を使って伝えておこう」
そうとなれば話が早い。
余は早速、ボップを鍛えなおすプログラムを考えねばな。
そうこうしていると、小さき人々と、もっと小さき人々の一団が現れた。
「先生ー!」
「先生いたー!」
「ショコラちゃんもいたー」
「ショコラチャーン!」
チリーノ三兄妹に、我が弟子たち、チロルも一緒である。
子どもグループで、お祭りを歩き回っているようだ。
「ピョ」
名前を呼ばれて、ショコラが目を覚ました。
チロルとチリーノの妹が駆け寄ってくる。
「ショコラチャン、アソボ!」
「ショコラチャンのお父さん、ショコラちゃんと遊んでいい?」
「いいぞ。気をつけてな」
「ハーイ!」
「はーい!」
余は、ショコラの護衛にガルーダを行かせる。
その後、小さき人々が群がってきた。
「先生! みんなで出し物するんです!」
「ぼくたちが魔法を使うって、みんな知ってたみたいなので」
「そうかー。貴様らもばれてしまったかー」
余が色々とばれていたわけだからな。
小さき人々がばれぬわけがないか。
親の目とは鋭いものである。
「なので、先生に引率をお願いしなさいってお父さんが」
チリーノが余に頭を下げた。
「引率お願いします、ザッハ先生!」
「おねがいしまーす!」
「良かろう」
余は立ち上がった。
「行ってらっしゃい」
ユリスティナに見送られ、小さき人々を率いて広場へ向かうのである。
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