第77話 魔王、弟子たちの出し物を監督する

 お祭り二日目である。

 昨日、余は小さき人々に出し物の練習をさせた。

 ということで、今日は本番。

 村の人々に、小さき人々が学んだ成果を発表する時なのである。


「先生、きんちょうしてきたよ」


 チリーノが硬い表情をしている。

 他の子どもたちも同様である。


「ふむ、気持ちは分かる。だが、これは日頃の成果を見せるだけで良いのだぞ? リラックスリラックス」


 余は、彼ら弟子たちをなだめた。

 だが、それでも緊張は取れないようだ。

 さてどうしたものか。


 余はしゃがみこむと、チリーノに目線を合わせた。

 そして、そのほっぺたをムニッと左右に広げる。


「ふひゃ!?」


「笑顔であるぞ? 形だけでも笑顔を作れば、気持ちのほうがついてくる。それ皆、チリーノのように笑うのだ。スマイルスマイル!」


 みんな、ぎこちなく笑う。

 余がチリーノを振り向かせて、ほっぺたをムニって笑顔を作ったのを見せた。

 すると、子どもたちは目を見開き、次の瞬間には一斉に吹き出した。


「ぷふーっ! チリーノ、すごい顔!」


「おもしろい!」


「あはははは、その顔やめて!」


 よしよし、緊張がほぐれたようだな。


「みな笑ったようだな! おっと、チリーノだけは笑っておらぬな」


「先生、ほっぺた引っ張るのやめて~」


「よし、こちょこちょこちょ……」


「うひゃ、うひゃひゃひゃひゃ!!」


 余がくすぐったら、チリーノも爆笑した。

 ついでに弟子たち全員を魔法でくすぐる。

 みんな地面の上で、笑い転げている。

 少ししたら、みんなぜいぜい肩で息をして、緊張するどころではなくなったようだ。


「まだ緊張している者はいるか?」


 起き上がった小さき人々は、みんな笑顔になっている。


「だいじょうぶ」


「やれるよ!」


「大人に魔法をみせてあげよう!」


 立ち上がる子どもたち。

 やる気は十分だ。

 彼らの前に、チリーノが立った。


「みんな! がんばろうー!!」


「おーっ!!」


 掛け声が唱和した。

 いよいよ、子どもたちの出し物が始まるのである。




 お祭りの中心となっている広場に、ステージのようなものが作られている。

 そこに子どもたちが上がっていくと、村人からわーっと歓声と拍手が飛んだ。

 さあ、出し物の始まりである。

 これは、魔法を見せるショー形式になる。

 と言っても、我が弟子たちはまだ子どもであり、未熟である。

 そこまで凝ったことはできない。

 なので、主となるのは元素の召喚系。


「よいしょ、よいしょ」


 子どもが二人がかりで、大きなたらいを運んでくる。

 これをステージの上に、どーんと置いた。

 一体何をするのだろう、と見守る大人たち。

 たらいの前には、水系統の魔法が得意な子どもたちがずらり。


「行くぞ、みんな!」


 チリーノが声を掛けると同時に、みんな各々の得意なポーズをした。

 彼らなりのかっこいいポーズで、精神集中しやすくなる構えなのだ。

 だが、一見するとおかしくも見えるため、大人たちからはくすくすという笑いが漏れる。

 観客の子どもたちは、遠慮なしにゲラゲラ笑った。

 だが、我が弟子たちの精神はそんなことでゆらぎはしない。

 むしろ、魔法を発動させるために意識を集中しているから、外野の音など頭に入ってこないのだ。


「水の召喚!!」


「召喚!」


「召喚!!」


 ステージ上の子どもたちが、声を揃えた。

 すると、彼らがかざした手の先から、一斉に水が放たれる。

 ちょろちょろではない。

 ドバーッという、結構な量だ。


「おおおー!?」


 観客のクスクス笑いが、一度に驚きのどよめきに塗り替えられた。

 ここで初めて、集まった村人たちはあのかっこいいポーズが、どういう意味を持っていたのか知ったのである。

 あっという間に、たらいがいっぱいになってしまった。

 ここで歩み出るのが、弟子の中の女子チーム二名。

 二人とも、繊細な水の操作が上達している。

 その成果を見せるときだ。


「はあああー!」


「あああああ!」


 女子二人が、たらいを挟み込みながら手をかざす。

 すると、たらいの水がぼこぼこと泡立ち始めた。

 ざわめく会場。

 彼らの目の前で、たらいの中から水が起き上がっていく。

 それはあっという間に、デフォルメされたお猿の形になった。

 パズスである。


「ウキキー!」


 会場から、大喜びするパズスの声が聞こえた。

 

「おさるさんだー!」


 会場のより小さき人々も、喜ぶ。

 見慣れた紫のお猿さんを、たらいの水で作ってしまったのだ。

 こういう時、なじみがあるものが出現すると、人間は事の凄さを理解するようである。


 続いて男子チームが、炎を操ったり、土の壁を作り出したりする。

 そのうちの、特殊な属性専門の子が歩み出てきた。


「ぼくのちからをみせるときがきたようだね」


 なんか黒い布をマントみたいに纏ってる。

 それ、もしかして自分で作った?


「我が名はトンヌラ! 我があんこくのちからによって、光とやみよ、ここに合わさりつるぎとなれ! 我が力をもって、なんじをこうしせん!!」


 この子、トンヌラは地水火風の四属性はあまり才能が無かったのだが、なんと光と闇に対してバッチリの相性を持っていたのだ。

 彼の手の中に、まばゆい光と、昼なお昏き闇が現れる。

 拳を握りしめると、押し出された光と闇が、逆方向に飛び出した。

 うん、双刃の剣に見えないこともないな。


「おおー!!」


「かっけー!!」


 これは、村の男たちの心をガッチリキャッチしたようだ。

 みんなから認められて、嬉しそうなトンヌラ。

 かっこいい感じの演技をすっかり忘れている。

 光と闇は、極めると物理的な破壊力も伴うからな。

 精進するのだぞトンヌラ。


「へえー! 光と闇属性を使える子がいるのか。すげえな、この村!!」


 ボップまで見に来ていたか。

 光と闇特化の魔法タイプは珍しいからな。

 トンヌラが育てば、ボップにとっていい刺激になるかも知れぬ。

 だが、真打ちはトンヌラではない。

 我が二番弟子が一人、ステージに立つ。


「チリーノー!! がんばれー!!」


「にいちゃーん!!」


「にいちゃんがんばれー!!」


 ブラスコ一家、総出で応援に来ている。

 門番は、ブリザードとフレイムが交代してくれたそうだ。

 さあ、チリーノの出し物で〆だぞ。


「土の召喚!」


 チリーノの足元から、土が盛り上がっていく。

 それはあっという間に形をなして、チリーノを持ち上げていった。

 石の小さな塔である。


「水の召喚!」


 塔に穴が空き、そこから水が吹き出してくる。

 水は空中で飛び散り、飛沫になった。


「風の操作!」


 飛沫が漂い、陽の光をいっぱいに浴びる。

 すると、大きな虹が生まれた。


 わーっと会場から歓声が上がる。

 基本的な魔法を次々に使っていく出し物だが、チリーノは魔法のコントロールが極めて正確なのだ。

 さらに、複数の魔法を連続して使うだけの頭の回転もある。

 どうやら魔力の流れが見えているらしいことが最近わかった。

 チリーノは魔力を視認しつつ、魔法を調整しているのであろう。


「光の操作!」


 最後の大技である。

 作り上げられた虹が、ぐにゃりと歪んだ。

 それは縦にぐんと大きくなり、一つのものの形を描いた。

 虹色のドラゴンである。


「マーウー!!」


 会場のどこかで、ショコラが大喜びする声が聞こえた。

 そうだなー。

 ショコラと同じドラゴンだなー。

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