第78話 魔王、対魔神戦の用意をする
お祭りの後夜祭なのである。
わいわいと集まった村人たちが、中央の祭壇に藁を乾かしたものを積み上げていく。
そこに火を放ち、お祭りの仕上げとするのだ。
祭壇が燃え上がった。
大きな松明のようだ。
太鼓を叩くものや、勝手に歌いだす者もいる。
いや、祭りというものはいいものであるなあ。
燃え上がる祭壇を前にして、村人は語らったり、神に祈ったりするわけだ。
うむうむ、原始的な信仰のよさがここにはあるな。
もう遅い時間で、日が暮れている。
いつもならばみんな、灯りをつける油がもったいないので寝てしまうのだが、今日ばかりは夜更かしをするのだ。
ただ、昼間遊び回った子どもたちは、みんなおねむである。
「ショコラはすっかり寝てしまったであるな」
「ああ。たっぷり遊んだからな。お友達とお祭りの中を走り回って、疲れたんだろう」
ユリスティナが、腕の中で眠るショコラを優しく撫でる。
「おっ、ザッハさん、おたくのショコラちゃんもおねむかい」
「イシドーロか。祭りはどうであったか?」
木工職人のイシドーロは、その腕に熟睡したチロルを抱えている。
隣には、ハンナが微笑んでいる。
おや、なんだなんだ、お似合いではないか。
「俺はさ、祭りを楽しむところで思いの外、細工物が売れてな……。ほら、外から客がたくさん来ただろ。それで俺の細工の出来がいいからって、やたらと買いに来てなあ」
「この人ったら、商売に夢中でチロルと遊んであげる約束を守ってくれなかったんです」
「だから悪かったって! この埋め合わせはぜったいすっからよ!」
「ええ、期待しています」
「ほう」
「ほう」
余とユリスティナが、ニヤリと笑う。
「な、何笑ってんだよ!?」
「なんでもないぞ?」
「お幸せに」
イシドーロはぷりぷりしながら去っていった。
その後を、こちらに会釈しながらハンナが歩いていく。
あれ、もう少ししたらチロルの弟か妹が見られるかも知れぬな。
しかしまあ、イシドーロはスキンヘッドだから、赤面すると後ろ姿からでも分かりやすいな……!
「ザッハさん、俺らはそろそろ帰るとするよ」
今度は、ブラスコとアイーダの夫婦だ。
チリーノは辛うじて、眠い目をこすりながら自分の足で立っている。
弟と妹は撃沈だな。
「うむ。また何かあれば、ブリザードとフレイムに言いつけておくが良い。奴らも門番という仕事に慣れてきたようであるからな」
「ああ、ほんと助かってるよ! お陰で、チビどもと一緒に祭りを楽しめた!」
「そうだねえ。このお礼に、今度みんなでうちにおいでよ。このあたしが、腕によりをかけてご馳走してあげるからさ!」
「ふはははは、それは楽しみであるな」
「先生、お休みなさい……ふぁあ」
「チリーノもすぐに寝るのだぞ。今日はお疲れである」
ブラスコ一家も家に帰っていく。
こうして、ちらほらと村人たちは帰宅するのだ。
祭壇を焼く大きなかがり火は、周りに何も燃え移るものがないので、このまま一晩中燃え続けるのだという。
そして、翌朝頃には消えてしまうのだ。
「ザッハ、私たちも戻ろうか」
「うむ。そうしよう」
ということで、我らも帰宅するのだ。
すっかり暗くなった中を家に到着すると、ガルーダが軒先に止まっていた。
「戻ったか、ガルーダよ。魔法も使わずに一日でホーリー王国を往復するとはな」
『ピピッ、速さこそがこのガルーダの信条でち。勇者ガイからお手紙が届いてまつよ』
「もらおう」
ユリスティナはしばらく、余と会話する小鳥の姿をじーっと見ていた。
そして、
「ザッハ、いつの間に魔族を増やした」
「うむ、ちょっとな。やむにやまれぬ事情があって増やしたのだ。だが結果的に、伝書鳩よりも優れた通信用員となっている。思わぬ成果だな」
「やむにやまれぬ事情……?」
深いツッコミはやめて欲しい。
余の趣味の話であるからして。
家の中に入り、魔法で灯りをつける。
そして、軽い夜食などを手早く用意し、ガイからの手紙を読みながら食べることにした。
「ほう、やつめ、準備は万端と来たか。戦いたくてたまらぬと見える」
「ガイらしいな」
「ちなみにユリスティナの近況の心配も書いてある。季節の変わり目、お体など崩されておりませんか、とか。これをガイが書いたのか……」
「あの男、がさつなようで筆まめだからな……。多分手紙を書くのは勇者パーティで一番上手い」
「意外過ぎる」
本人とのすさまじいギャップを感じる手紙を読み進めていくと、ガイは既に、ラァムとファンケルにも声を掛け、快諾されたようだ。
あとはローラやカイザー三世をいかに説得するか、という段階に入っているのだが、口を開くとおばかになるガイのこと。
苦戦しているようだ。
「これは、我らももう一度ホーリー王国に行かねばならんな。国王とローラ姫を説得せねば」
「ああ。それには一番簡単な方法があるぞ」
「ほう、簡単な方法とな?」
「母上を抱き込むのだ」
「なるほど!!」
カイザー三世の隣で、いつもにこにこ微笑んでいる印象がある王妃フランソワ。
だが、彼女がお飾りの王妃ではないことを、余はよく思い知っていた。
あれは恐らく、カイザー三世は上手いことコントロールされているぞ。
旦那を立てて、影でしっかりと掌握する。
強い奥さんの鑑である。
「そして、母上はショコラに弱い」
「なるほど!!」
カイザー三世はフランソワ王妃に弱く、フランソワ王妃はショコラにメロメロなのだ。
ここは賄賂として、ショコラと王妃を連れて、半日ほど自動馬車で王国を巡る必要があろう。
「ユリスティナ、恐ろしく巧みな計略を練る……!」
「お前のやり口を、隣で一年近く見ているからな」
「もうそんなに経ったのかー」
ショコラが大きくなるはずである。
毎日見ているので意識しないが、最近では普通にトコトコ歩き回って、昔なら手が届かないところにも、背伸びをして届いてしまう。
あとは、余とユリスティナをパパ、ママと呼んでくれるのを待つばかりである。
ショコラ、赤ちゃんチームの中で、喋るのが一番遅いからな。
ピャ、とマウーで大体ニュアンスが通じてしまうから、言葉を覚える必要性を感じないのかも知れぬ。
だとするとまずいな。
なんとかせねば。
余の思索は、対魔神戦のことから離れ、ショコラの教育へと移り変わっていくのである。
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