第46話 魔王、他の候補者も見て回る

 ジョシュフォファットとやら言う魔王候補は、後見人からしてダメそうである。

 ということで、観光がてら本人を見に行くことにした。


 魔界きってのショッピングスポットである、メトロポリス・ザッハ通りに向かう。

 そこには、多種多様な店がずらりと並び、服飾雑貨から食料品、飲食店に占いの店、果ては趣味の店に魔法の道具屋まである。


「うわあああ」


「おおおおお」


 チリーノとユリスティナが、驚きの声を漏らす。

 ベーシク村から出た事が無かったチリーノはともかく、ユリスティナからすれば信じられないような光景であろう。

 魔界は人間界よりも文明が進んでおり、物に溢れているのだ。

 そもそも、魔族は人間よりも魔力に秀で、様々な種族がともに暮らしている。

 人種の坩堝るつぼのようなものである。

 そこから飛び出す様々なアイディアは、生活に革新を呼び、ザッハシティをより豊かにしていく。

 ガーッと音を立てて横を走っていく魔導バイクを見て、ユリスティナがわなわなと震えた。


「ザ、ザッハ。これは一体どういうことなのだ!?」


「どうとは、何がどうなのだ?」


 乳母車から取り上げたショコラを、高い高いしていた余が答える。


「私たちが魔王城に攻め込んだ時、魔族の町を通過した。だが、そこはこんなに賑やかではなかったぞ!?」


「うむ、あれは余が命じて作らせたセットだ。戦っているのは、余と貴様ら勇者パーティ。魔族の一般市民は関係ないからな」


「なんということだ……」


 魔界に来てから何回目かの驚きを感じているらしいユリスティナ。

 実際、ここに並ぶ商品や、道を走る魔導機械だが、魔界だからこそ実現できたものばかりだ。

 すべては生産や使用に、人間であれば魔法使い級の魔力を要求する。

 魔族は人間よりも遥かに魔力が高いため、これを使えるというだけのことだ。

 ほとんどの品は、人間界に持っていったらただの置物になるぞ。


「ということでユリスティナよ」


「な、なんだ!」


「チリーノが色々なお店を見て回りたくてうずうずしているようだから、一緒にお店を回ってお買い物をしてくるのだ。はい、これお小遣い」


 余はユリスティナに、それなりの額の魔界ゴールドを手渡した。

 姫騎士はお金を握り締めると、


「し、仕方あるまい。これは魔界を良く知るための活動資金だからな。お前の様に人間界を侵略しようなどと思う輩がいないかどうか、ちょっと偵察をしてくる!」


「行ってらっしゃい!」


 ユリスティナはチリーノを連れて、なんとなくスキップ交じりで雑踏に消えていった。

 因みに彼女は大変目立つ。

 魔族の中に人間がいるわけだし、人間にして魔王軍幹部に匹敵する実力を持つ彼女は、力こそ全てである魔族間での人気が高いのだ。

 ブロマイドも出回っているぞ。

 撮影したのは余の手の者だ。


「ユリスティナだ!」


「魔界にユリスティナがいる!」


「本物だー!」


 どたどた走っていく者たちの足音。


「賑やかであるな」


「マウー」


 他人事のように言った後、余はショコラを連れて通りをトコトコ歩くのである。

 うむ、この乳母車、とても良い押し心地だ。

 イシドーロめ、実に良い仕事をする。

 ショコラは、周囲を歩く人々の多さや、色鮮やかな店の数々を見て楽しそうである。

 きょろきょろしながら、興味を惹かれるものがあると、「マウー!」と手を振ってアピールしてくる。

 余はそれを確認するたび、寄り道するのである。


 そんなのんびりとした道行きの途中で、とうとうそれに出会うことになった。


『ジョシュフォファット様に清き一票を! 皆様に栄光ある魔界を! 誇りを持てる魔族としての生活を提供します! ジョシュフォファット! ジョシュフォファットに一票を!』


 やかましい宣伝文句をがなりながら、大きな輿が通りを練り歩いている。

 あちこちに、ジョシュフォファットと書かれた垂れ幕やのぼりを掲げた輿は、大変派手だ。

 そして上には、なにか大きくてぺちゃんと潰れた生き物が乗っていた。

 肥大化させ、縦に潰したヒキガエルそっくりのあれは、ぶくぶくに太った魔族である。

 億劫そうに、周囲に手を振っている。

 あれがジョシュフォファットか。

 どこかで見た事がある気がするぞ。


「うおー! ジョシュフォファット様ー!」


「ジョシュフォファット様だー!」


「知ってるか? ジョシュフォファット様は、かの四魔将に推挙されるほどの実力者だそうだぜ!」


「まじかよ!」


 えっ、そうなの!?

 余、そんな話知らない。

 そもそも、四魔将は募集など一度もしておらず、余が手持ちの使い魔によって構成した親衛隊のようなものなのだが。

 さてはジョシュフォファットとやら、名を上げるために嘘をついておるな。

 それに、あの姿、どこで見たかを思い出した。

 あれは百年ほど前に、六大軍王に推挙して欲しいと余に賄賂を贈ってきた魔族ではないか。

 余は賄賂は受け取らない主義故、そういうことをして来た魔族を即刻で追い出した。

 きちんとした手続きで魔王軍に入団し、こつこつ勤め上げればなれる可能性があると言うのに。


「これはいかんな。ジョシュフォファットとやらはダメだ。では、他の候補はどうだ?」


「ピャ、マウマー」


「そうだなショコラ。ぶよぶよだな」


「ピャァ」


 ショコラも、ジョシュフォファットのぶよぶよっぷりはちょっと遠慮したいようだ。

 さて、そんな余とショコラの背後から、別の魔王候補者がやって来たようである。


「魔王候補、デスナイトでございます。皆様に最後のお願いにやって参りました」


 こちらは、魔導バイクに牽引される質素な台座の上に立っている。

 きりっとした風貌の、黒髪をオールバックにした壮年の男だ。

 デスナイトなー。

 あやつ、八騎陣の一人ではないか。

 生きておったのか。

 そして魔王選挙に参加したのか。

 あやつは、真面目で、余の覚えもよい魔族だ。

 確か、十二将軍のニューカムと仲が良かったはず。


「おや? よく見れば、バイクを運転しているのはニューカムではないか。奴は選挙管理センターで責任者をしているはずでは」


 見知った顔に二つも出会ってしまった。

 バイクを運転している男は、安全用のヘルメットを被り、その下で見覚えのあるメガネを光らせていた。

 彼はバイク備え付けの拡声魔導器で声を張り上げ、デスナイトの宣伝をしていたが、自分の名を呼ばれたことに気付くと停止した。


「私を呼びましたかな?」


 十二将軍ニューカム。

 余が人間から取り立てた魔族で、極めて優れた実務能力を持つ。

 実力はまあ、普通の魔族程度だが、とにかく事務仕事をさせれば余に次ぐ実力の持ち主だ。


「うむ、余が呼んだ」


「ほう、これはこれは。私は地味な魔族だと思っていたのですが……」


 ニューカムはじっと余を見ていたが、その顔がスーッと青くなった。


「……も、もしや、ザッハトール様……?」


「えっ、分かるの」


「その言葉遣い、身のこなし、そして魔闘気の色……。私を取り立ててくださった大恩ある方を分からぬはずがありません!」


「どうしたのだニューカム」


 聴衆に向けて手を振っていたデスナイトも、こちらに気付き台座を降りてきた。


「デスナイト殿。こちら、ザッハトール様です」


「ほうほう、ザッハトール氏…………………………………え───────ッ!?」


 デスナイトが直立した体勢のまま、空高く跳ね飛んだ。

 そして、着地と同時に土下座の姿勢になった。

 ジャンピング土下座である。


「うおおーっ!! 魔王様ァーッ!!」


「オールステイシス」


 余は慌てて時間を止めたのであった。

 こやつ、人前でいきなり土下座をするやつがあるか。

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