第47話 魔王、支持者同志の争いを目撃する

「うおおーん!! 魔王様ーっ!! 生きておられたのですねーっ!!」


 余に縋り付いておいおい泣くデスナイト。

 こやつ、黙っていれば渋みがかったナイスミドルなのだがなあ。

 それに対して、平然としているのはニューカムである。

 この男は、スカウトした時点で既に髪が白くなりだす頃合いであった。

 あれは小国の貴族に仕える会計係であったか。

 身分が低いゆえに、取り立てられる可能性も無い立場に甘んじていたこの男だったが、お忍びでその国を訪れた余はすぐにその才能を見抜いたのである。

 ということで、魔族としての生命を与えてスカウトした。


「デスナイト殿は感激屋でございますからなあ。お久しゅうございます、ザッハトール様」


「うむ。貴様らも変わり無いようであるな」


 せっかくなので、彼等が見慣れた魔王本来の姿に戻っておく。

 すると、デスナイトは感極まって、さらにおいおい泣き出した。

 おいおい。


「やはりそのお姿のほうが見慣れておりますな。ちなみに、出合い頭に私が選挙管理委員会の会長であったことを仰られていたかと思いますが、あの職は辞しました。私には、相応しく無いものが魔王にならぬよう、励む責任があると思いまして」


「ほう。それはなかなか正しい物の見方では無いか」


 ニューカムは先程から、ずっと余のことを名前で呼んでいる。

 余が魔王を辞め、ただの赤ちゃんを育てる人になったことを尊重しているのである。

 頭が良い男だ。


「こらデスナイト。いい加減しゃっきりとせぬか。それに余はもう魔王では無いぞ。貴様が魔王に立候補しているのだろうが」


 泣くのは赤ちゃんの仕事である。

 つまりショコラの専売特許であるな。

 そのショコラだが、最近時間を止めているのにちょっと動くのだよな。

 この子、自力でオールステイシスを破りつつあるのではないか?

 将来有望であるな。


「さて、落ち着いたか? 時間を戻すぞ」


 余が指を鳴らすと、止まっていた時が動き出した。

 無論、姿も人間モードに戻してあるぞ。


「マウママー」


 ショコラがもぞもぞ動き出した。


「して、ザッハトール様、この子は?」


「余のことはザッハと呼ぶが良い。この子はショコラと言ってな、ドラゴンの赤ちゃんである。故あって余が卵から孵し、育てておるのだ」


「お父さんですな」


「よくそう言われる」


 やっぱりニューカムとは話が噛み合うのう、と思っていると。

 突然、余の横合いでわーっと大きな声が上がった。


「なんだなんだ」


「ああ、これはいけません!」


 ニューカムが慌てた様子で、デスナイトを助け起こす。


「ジョシュフォファットの支持者が襲撃を仕掛けてきたのです! 彼等は無法者の人間や魔族を雇い、略奪や、我々の支持者への攻撃を行ってくるのですよ」


「なんと。それは選挙的にどうなのだ?」


「規則違反に決まっています! ああ、もう。皆さん、退避を! 退避をして下さい!」


 ニューカムは拡声器を使って叫ぶ。

 デスナイト支持者たちは、わいわいと移動を開始した。


「む、むう。俺もいつまでも跪いてはいられないな」


 ようやく立ち直ったか、デスナイト。

 なるほど、暴徒の群れがこちらに押し寄せてくるな。

 近隣の商店も、慌てて店を閉めている。

 余が育てた魔族の街がなんということであろうか。


「ん? ジョシュフォファットとか言う輩、なんでああいうことしてるの? ん?」


 余がこめかみをピクピクさせているのを見て、ニューカムが深刻そうな顔になる。


「金でこの選挙に勝つためでしょう。あの暴徒たちは、複数の仲介業者を間に挟んだ下請け業者に雇われているため、容易にジョシュフォファットの尻尾を掴ませません。ザッハ様がおられぬようになり、魔界の秩序はやや不安定になりました。そこを、金と権力でなんでもできる世界に変えるべく、あの男は魔王に立候補したのです」


「それはいかんな。というか略奪はそろそろやめよ!!」


 余は流石におことなり、連続で指を打ち鳴らす。

 放たれるのは、鉄砲水ウォーターピストルの魔法である。

 これがピンポイントで暴徒たちを次々に叩き伏せ、道路の中心へと集めていく。


「うわーっ」


「ぐわーっ」


「ウグワーッ」


 暴徒を一箇所に纏めたところで、一網打尽である。


「よーし、来るが良い、魔族爆発岩エクスプロージロックよ。そーれ、行くぞ」


 余は爆発岩を片手に掴むと、纏まった暴徒目掛けてアンダースローで投擲する。

 爆発岩は道路の上をゴロゴロと真っ直ぐに転がっていき……。

 固まった暴徒にぶつかると大爆発を起こした。


「ウグワーッ」

「ウグワーッ」

「ウグワーッ」


 暴徒たちが空の彼方へと飛んでいく。


お見事ストラーイク!」


「さすがは魔王さ……ザッハ様!」


 ニューカムとデスナイトが拍手した。

 そこに、デスナイト支持者も集まってきて、みんなでわーっと盛り上がる。


「ピャアー」


「おっ、ショコラ楽しかったか。そうか、良かったなあ」


「マウマウ」


「えっ、ショコラもやりたい? そうかー。では今度は余と一緒にやろうなあ」


「ピャアー」


 今後の目標ができてしまったな。

 次に暴徒が現れたら、ショコラと一緒に爆発岩をぶつけるとしよう。

 ちなみに、既にジョシュフォファットの輿はどこかに行ってしまったようだった。


「逃げたようですな」


 彼等の行方を見ていたらしきニューカムが言う。


「ええい、このような無法は許されるものではない! 魔王様が作られた秩序は、この俺が受け継ぐのだ……!」


 デスナイトは瞳に闘志を燃やしている。

 うむ、余もデスナイトみたいなのが後継者になったほうがいいと思うな。

 これは選挙故、余が介入するのはアンフェアである。

 だが、対立候補者からの嫌がらせをガードするくらいはやってやっても良いかも知れぬな。

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