第45話 魔王、次代魔王候補の勢力に接触する
「よし、分身である」
余はドッペルゲンガーの魔法を使った。
これによって、鏡写しになった余がたくさん出現し、一度に作業を行えるのである。
カオスナイトの筆跡をコピーし、書類に次々魔法によって作成した判子を押していく。
書類内容に関しては、カオスナイトの脳内に直接送り込んで目を通させておるぞ。
ちなみに一枚一枚余もきっちりとチェックし、これは流石におかしいというものは弾いている。
「先生がたくさんになって、凄い速さで仕事してる!」
チリーノの解説どおり。
これは、事務作業できる者が余一人であった時に編み出した、オリジナル魔法なのである。
とにかく手数が増えるので、仕事が速くなって良い。
応用すれば色々な事ができそうだが、そんな事はしないのだ。
これは事務を一人でやるための魔法。
それでよい。
「は、早いです……!!」
ほんの十分少々で、書類の山のチェックと判子が終了した。
カオスナイトが唖然としている。
「余には千年のキャリアがある故な。だが、貴様も研鑽し、苦手なら苦手なりに秘書でも雇って効率化せよ。人件費? 必要な分は掛けた方が後々の損失は小さくなろう」
その後、余がまとめた事務作業マニュアルをカオスナイトに手渡し、我らは選挙管理センターを去るのだった。
いやはや、あの量を、数字関連についてはマイナスの才能を持つカオスナイトにやらせるとは。
魔族の人材枯渇も問題であるな。
いや、生き残った幹部クラスの魔族が少ないのか。
カオスナイトはいやおうなく、選挙管理センターの局長をしなければならなかったのかも知れぬ。
「むむむ」
「考え込んでいるなザッハ。お前にとっては里帰りとは言え、一応はバカンスでもあるのだ。ゆっくりしたらどうだ」
余が唸っていると、ユリスティナが案じてきた。
いつの間にか、その手にはアイスクリームを持っている。
「しかし、この冷たい菓子は甘くて爽やかで……なんとも贅沢な味がするな」
パクパク食べている。
チリーノはもう、物も言わずにアイスクリームをガツガツ食べる。
あっ、貴様そんなに一度に食べると。
「うわー」
頭にキーンと来たらしく、チリーノが顔をしかめて悲鳴を上げた。
ほら、言わぬことではない。
これは、アイスクリームを作った際に使われた冷気の魔法が、人体に影響を及ぼす一種の魔力酔いであるとされている。
しばらく放っておくと治るのだ。
「マウマムムム」
乳母車からむにゃむにゃ言う声が聞えた。
ショコラのお目覚めである。
赤ちゃんには、アイスクリームはまだ早かろう。
冷えてしまうからな。
「ショコラ、余とお散歩しようではないか」
「ピャ!」
目覚めたショコラを元気にお返事をし、乳母車の中でもぞもぞ動いた。
むむむ、これは。
「ザッハ、これを使え」
ユリスティナが、カバンから替えのおむつを取り出す。
察しが良い。
余はその辺のベンチにショコラを寝かせると、手早くおむつを外し、お尻を拭き、新しいおむつを装着した。
装着しながら、古いおむつは空中で魔法による洗濯を行うのだ。
「はあ、なんて見事な魔法だ。おむつが空中で踊ってるようだ」
通りかかった体格のいい魔族が、感心してこれを眺めている。
「今度の魔王候補も、これくらい魔法が使えるといいんだけどなあ」
「おいおい、あの速度と精度でおむつを空中洗浄できるような魔法の使い手なんて、六大軍王クラスだぜ? そこまでの人材は魔界に残ってねえよ」
なんだなんだ。
ギャラリーが集まってきたぞ。
そんなに余のおむつ洗浄が見たいのか。
だが残念ながら、これは見世物ではない。
ショコラのおむつを洗うために磨き上げた魔法なのだ。
余がスッとおむつを乾かしてしまうと、ギャラリーから「あーあ」「もう終わりかあ」とため息が漏れた。
「貴様ら、ショコラは赤ちゃんだがレディであるぞ。レディのおむつを見るのか。あっちに行けあっちに」
シッシッ、と追っ払う余。
ギャラリーは解散した。
その後、一人だけ残っている者がいる。
派手なスーツを着た、三つ目の魔族だ。
「素晴らしいーっ!! あなた、素晴らしい魔法の使い手ですね? こんなに凄い腕をお持ちなのは、先代魔王様以来かもしれません」
その先代魔王は余だよ。
「実は私は、次代の魔王たるジョシュフォファット様の後見人でして! ジョシュフォファット様は優れたお方ですが、まだ幕僚となりうる魔族がおりません! どうですか! あなたのその凄腕を生かしてみませんかな!? もちろん、お給料は弾みます!」
「断る。余は赤ちゃんを育てねばならぬのでな。向こう十五年くらいは仕事をするつもりは無い」
「なんと!? 正気ですか!? 次なる魔王の右腕となって働けるのですよ? 地位も名誉も権力も思いのままです! 赤ちゃんなど幾らでも……」
「ショコラはショコラしかおらぬのだぞ? 貴様、アレか? 余に喧嘩売ってる?」
余はちょっと、おこになった。
隠していた魔闘気が、ぶわっと2%くらい漏れる。
それを受けて、派手な魔族はサーッと顔面蒼白になった。
魔族の顔から、だらだら汗が流れる。
「あ、いや、その、言葉のあやでして、そのー。どうか、その桁外れの魔闘気を引っ込めていただけると」
「貴様な。魔王業っていうのは大変なのだぞ? この仕事するのに、地位とか名誉とか権力とか考えてたら魔界の辺境とか地方とか寂れるぞ? 人間世界との折衝は? 魔界市民は平和に安全に暮らせるの? それをやる気が無いなら、流石に後続に任せようと思ってた余でも拳骨をお見舞いしに行くぞ?」
「あわ、あわわわ、あわわわわーっ」
余の魔闘気がついに3%くらい漏れ出したので、それに当てられた派手な魔族は、泡を吹きながら失神した。
「ピャピャー」
目の前の魔族のおじさんが泡を吹いたのが面白かったらしく、ショコラが手を上げてはしゃぐ。
「そうだなー。泡を吹いてるなあ。不思議だなあ」
「ザッハにあのような暴言を吐くとは、命知らずな魔族もいたものだな。むしろ、こいつが気絶しなければ、私がこの拳で一撃浴びせていたところだ」
隣にやって来たユリスティナのこめかみにも青筋が浮かんでいる。
うーむ。
これは、ジョシュフォファットとか言う舌を噛みそうな名前の魔王候補者、ダメそうだぞ。
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