第七章 魔界大選挙……?
第44話 魔王、選挙管理センターにて過去を思い出す
ホテルでまったりし、ウェルカムフルーツをあらかた食べつくした我らである。
いや、余は食べていないぞ。
ユリスティナとチリーノがとにかくよく食べる。
ショコラは赤ちゃん故、食べる量も知れている。
標準的な赤ちゃんの二倍くらい食べるが。
ショコラがお腹一杯になり、ぷうぷう鼻息を鳴らしながら寝てしまった。
これからは、余のお仕事タイムである。
乳母車にショコラを乗せ、皆を連れてカオスナイトの職場に訪問する。
その途中、魔界の町並みを観て、きちんと観光もやっておくのである。
「すげえー……。全部ガラスでできた建物だ」
チリーノが口をぽかんと開けて、その建物を見上げている。
「ここは魔界のコミュニティセンターであるな。魔界市民が毎週末にここで様々な活動をするのだ」
「ザッハ! あちらで魔族が行列をしているようだが、あれは何なのだ……!? まさか魔族がお行儀よく並ぶとは……」
「行列の出来る名店である。あそこはメロンパンという菓子パンを作っておってな。実に旨いぞ」
「……(じゅるり)」
「ユリスティナ、食べたいのか?」
「そ、そんなことは……」
「俺、食べたい!」
素直ではないユリスティナと素直なチリーノ。
若者の食欲は大事にせねばならぬ。
ということで、我らは行列に並んだ。
乳母車の中で、ぷうぷう寝息を立てて寝ているショコラに、行列の魔族たちもほっこり。
「可愛い赤ちゃんだねえ。人間界からこっちに? 向こうは戦争の後の処理で色々大変だろ? こっちは魔王様がちゃんとコントロールしてくれて、壊されても問題ない古い区画だけを戦場にしたからねえ」
「今はあちらの区画も色々開発されてるよ。今度見に行ってご覧よ」
「奥さんと息子さんが人間なんだね? しっかしあんた、凄い魔闘気だねえ」
色々、ギリギリ危ない話などもしつつ、我らは行列を消化して行った。
チリーノは魔族の中に並んで、がちがちに緊張している。
気にする必要など無いのにな。
魔族は力こそ全てなので、力を以って入国を勝ち取った人間には寛容であるぞ?
やがて、我らの番が回ってきた。
金を払い、メロンパンを買う。
メロンサイズの緑色のパンで、生地にメロン果汁を練りこんでメロンソースを塗ってある。
一つを、ユリスティナとチリーノ用に割った。
あと幾つかを差し入れ用に包んでもらう。
「甘い……! なんと甘い、菓子のようなパンだ」
「うめえー!」
貴様ら、普段からちゃんと物を食べているだろうに、どうしてそんなにがっつくのだ。
途中、魔界馬が牽く金属製の荷馬車や、先進的な格好で街角で歌う魔族の若者にびっくりしたりしつつ、我らは問題なくカオスナイトの職場に到着したのだった。
「頼もう」
我らが入っていくと、受付の人は話を聞いていたようで、笑顔で通してくれた。
そして微笑みながら、
「所長、本当に大変そうなのでどうか助けてあげてください」
慕われておるなあ、カオスナイト。
三週間も職場を留守にしたのに、受付の人にそれを責める様子は無い。
「いや、むしろ三週間おられなかった間に、仕事がかなり順調に進んだんですけど」
あ、だよね。
ということで、開票所を覗いてみる。
魔界大選挙が近日に迫った今、選挙管理センター兼開票所は大忙しである。
投票用の紙を作り、あちこちの投票所と連絡を取り合い、それぞれの地域の魔族の数を把握し……。
「鳩がたくさんいる!」
チリーノが歓声を上げた。
うむ、それは魔界鳩と言ってな。
魔界にのみ生息する黒い鳩なのだ。
他は特に鳩と変わらぬ。
いちいち魔力を使ってのやり取りは、通信魔法の使い手が少ないために難しい。
ということで、魔界の通信手段はもっぱら鳩である。
鳩の足に手紙を結びつけ、飛ばせる。
または、窓から鳩が戻ってきて、結ばれていた手紙を読んでは新しい書類に書き付ける。
大変そうだ。
「……ザッハ。彼らは何をやっているのだ?」
「事務仕事であろう。こんなこともあろうかと、下位の魔族から選抜した事務要員たちを、余が鍛えておいたのだ。皆存分に活躍してくれておる。昔はあれ、全部余がやってたのだぞ」
ユリスティナが、ゾッとした風に青ざめた。
まあ、一人でやっていたと言っても、分身して魔力を使って演算し、数百の事務仕事を並行して進めたためにそこまで時間は掛かっておらぬがな。
しかし余一人のマンパワーに頼ってしまう故、余が他に仕事を抱えると魔界の様々な事務仕事が滞るという弱点があった。
ということで、余がこうして事務員を育成したのはもう八百年も前の事である。
あの頃に育てた事務員が指導員となり、代替わりをし、こうして事務の系譜は連綿と続いている……。
感慨深い。
「ザッハ。まさかお前、魔界の大体の仕事の始祖だったりするのではないのか……?」
「そうとも言うな。世が即位するまで、魔界はもっと原始時代みたいな世界であったからな」
力こそ全て、という言葉の通り、力ある者が全てを奪い、力無き者は力を合わせて力が強い者と戦う。
戦いが絶えぬ修羅の世界であった。
今は平和になったものだ。
「あら、お客さんですか? 所長なら今帰ってこられて、上で判子を押す仕事に戻っておられますよ!」
「ほう、判子を」
「はい、判子です。それ以上の仕事を任せると、こう……カタストロフが全てを飲み込み……」
「分かる」
余と事務員たちは深く分かり合った。
カオスナイトが事務仕事をすると、あまりにも向いていないがために因果律を捻じ曲げ、魔法的な局所災害を巻き起こすのである。
あやつに難しい仕事を任せたらダメ、絶対。
我らは案内された通り、二階にある局長室にやって来た。
扉を開けると……。
どざざざーっと雪崩のように押し寄せてくる書類の山。
「ひゃー!」
チリーノが流され掛かったので、余がキャッチしておいた。
ユリスティナは聖なるオーラを張り巡らし、乳母車を書類の津波から守る。
「あっ、お越しになったのですね、ザッハ様!」
書類の波に乗って、仰向けに流れてきたのはカオスナイトであった。
パリッとした制服を着ている。
だが、どうして書類の中を、仰向けで流されるような事になっておるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます