第64話 魔王と勇者

「突然、ミスリルの鉱床が現れたと聞いて。君なら絶対こいつを見に来るだろ?」


 勇者ガイは、そびえ立つミスリル鉱床を見上げた。


「こいつはすげえなあ……。ビンビンに魔力を感じやがる。ここまで濃厚な魔力を纏ったミスリルなんてめったにないんだぜ?」


 王の前だと言うのに、何というかこの男は天真爛漫であるな。

 王配としての教育をされているのだろうが、余が見てきたガイのままである。


「あー、ガイよ。そなた、鉱床の話をするよりも先に触れるべきことがあるのではないか?」


「うん?」


 国王に声を掛けられて、振り返るガイ。

 権力とか権威とか、基本的に理解していない顔であるな。

 彼の目が我らを見回し、ユリスティナで止まった。


「や、やあ」


「お、おう」


 いきなりぎこちなくなる二人である。


「元気、だったか?」


「ああ。元気だ」


「ええと……髪、伸びたか?」


「少しな」


 フフフ。

 いいぞいいぞ。

 余は見た目は仏頂面で、内心はニヤニヤしながらこのやり取りを見ている。

 まさか目の前で、新しい関係性となったやり取りを見られるとはな。

 お得である。


「ガイ! もう、ユリスティナにもお相手がいるのよ?」


 ローラが二人の間に割り込んでいく。

 おっ、三角関係か?

 カイザー三世、すっかり背景みたいに存在感をなくしている。


「相手というわけでは! な、なあザッハ」


 助けを求めるようにこちらを見てくるユリスティナ。


「フフフ」


 余は不敵に笑った。

 この辺りは、明言せずにほのめかしておくのがおいしいではないか。


「ザッハ!? 何を変な笑い声を上げている! おいザッハ!」


「フフフ」


「あら、ザッハさんというお名前なのね、ゴールドナイト殿は」


「うむ」


 呼び名が出てしまったな。

 だが、まあ良かろう。

 そして、そんな余をじーっと見ているガイ。


「……この魔闘気……。お前……ザッハトールだな?」


 ぎくっ。


「何の話かな」


 余、そっぽを向いて口笛を吹く。


「いや、何の話も何も、どう見たってザッ」


「オールステイシス」


 時間が止まった。


「お!? お?」


 驚いてキョロキョロするガイ。


「時間を止めたのか」


 平然とした様子のユリスティナ。


「うむ。流石にあの発言はいかんだろう。勇者ガイよ」


 余は、おこではないが、ちょっと困った顔になった。


「前々から天然さんだということはよく分かっておったが、それにしたってホーリー王国の中心でその名前を出すやつがあるか」


「じゃあお前、本当にザッハトールなんだな? 生きてやがったのか!」


 身構えるガイ。

 あー、もう。

 マイペースな奴であるなあ。

 こんなでも、四魔将最強であるベリアルと単独で戦える唯一の人間だからな。

 余が様々な試練を与えて育てたのだが、本当にもりもり育ったものだ。


「良いか? 一応、一年前の最終決戦で余は貴様らに倒されたのだ。そして人と魔族の争いは終わり、今も小競り合いすら一度も起きてはいない。その事は分かるな?」


「おう! なんか平和で、暇になってなー」


「その暇がいいのだろうがー。分かっておらぬ奴だな貴様はー」


「えー! だって俺、今は勉強勉強で本当につまんねーんだもん」


「貴様なあ。ローラ姫を選んだ時点でそんな事は決まっておるのだぞ。王配として女王を補佐していくわけだから、きちんと勉強せよ」


「ちぇー」


 だが、ここでユリスティナを選んでおけば良かったーとか、そう言うことは言わないのがガイのいいところである。

 この男、自分が選んだ道を絶対に曲げないのだ。


「で、ザッハトール。お前は何をしてるんだ? まだ魔王やってるのか?」


「余はなー。赤ちゃんを育てておる」


「へえ! 魔王が赤ちゃんを? 魔王の子ども?」


「ドラゴンの赤ちゃんでな。余が託されたのだ。育てているうちに愛情が湧いてきてなあ」


「私とザッハの二人で育てているのだぞ。もちろん、村の人たちからも助けてもらっているが」


「ユリスティナとザッハトールが二人で!? 赤ちゃんを!? ほえー」


 感心したのか、間抜けな顔をするガイ。

 こやつ、本当に感性のままに生きておるなあ。

 思ったこと全部口に出しているだろう。


「それでさ、ザッハトール。やるのか、やらないのか?」


 またガイが身構えた。 

 全身に、ドラゴンオーラを纏う。

 そう言えばドラゴンオーラとか言うけど、こやつのこの力、どこ起源なんだろうなあ。

 そこだけ全然わからないのだよな。

 勇者ガイは、みなし子である。

 捨て子だったらしいのを、孤島で気のいい魔族に育てられたのだ。

 魔族たちは人に化けて、人間と共に村を作っており、人と魔が共存する世界のテストケースとなっていた。

 そこの魔族から報告があり、余は勇者ガイを、対魔王用の秘密兵器として育てることにしたのだ。

 つまり、ある意味ではこやつ、ショコラの先輩であるな。


「やらぬぞ」


「なんだよー!」


 口をとがらせて、ぶうぶう文句を言うガイ。

 こやつなー。

 いつまでも子どもっぽいなあ。

 だが、そう言うところが母性本能をくすぐられ、ホーリー王国の王女姉妹にもてたのだろう。

 ユリスティナなど、母性本能がかなり強めの女子だからな。


「ザッハ、もういいだろう! 私はいづらくてたまらない」


 ユリスティナは落ち着かないようである。

 止まった時間の中で、余とユリスティナとガイしかいないのだからな。

 失恋した相手と対話せざるを得ない状況は、なかなかストレスかも知れぬ。


「おお、済まぬ済まぬ。ということでだ、ガイよ。余のことはザッハと呼べ」


「えー、なんでだよ」


「ザッハトールより呼びやすかろう」


「ほんとだ」


 納得しおった。

 こやつ、変な奴に騙されなければ良いなあ。

 魔神とか。

 あ、魔神は無いか。

 野獣的な嗅覚で、善悪を嗅ぎ分ける男ゆえな。

 ここで、余、名案を思いついた。


「ガイよ。ちょっといいか?」


「なんだい?」


「余、今、ちょいちょい魔神と戦ってるんだけど、近々魔神と決着をつけるのね」


「おお!! なんだなんだ、面白そうな事やってるじゃねーか!」


 目をキラキラさせるガイ。

 根っからの戦闘民族か。

 いや、そんな風に育てる指令を出したの余だったね。


「貴様も来る? 魔神との決戦」


「行く!!」


「お、おいおい」


 呆れるユリスティナ。


「まあまあ、いいではないか。こういうストレス発散の機会を設けてやれねば、ガイは爆発してしまうぞ」


「それはそうかも知れないが……。うーん。いいのかなあ。姉上に何と言えばいい……」


「後でガイがごめんなさいするのだ」


「えー! 俺かよー!」


 貴様以外に誰がやるのだ。

 そんな訳で、四魔将の他に新しい戦力を得たぞ。

 余はガイと、連絡方法について詰めた。

 結果、鳩を使って手紙をやり取りし、近況について把握し合うということにしたのである。

 つまり、交換日記である。

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