第65話 魔王、職人たちにレクチャーする
翌日の事である。
余は再び、ユリスティナ、ショコラとともにホーリー王国を訪れた。
「泊まっていけばいいではありませんか」
ローラ姫はそう言うが、外泊ばかりではショコラの教育上よろしくない。
朝は子ども園に顔を出し、赤ちゃんや子どもたちと遊ばせ、お昼過ぎにホーリー王国へと飛ぶ。
赤ちゃんにも付き合いというものがあるのである。
「最近ではすっかり、ベーシク村のベッドの方が眠れるようになってしまった……」
とはユリスティナの弁。
ショコラはたまに、夜中にハッと目覚め、踏ん張ってうんちをして、我らを起こすのだ。
夜泣きこそほとんど無くなったのだが、突発的な生理現象だけはどうしようもあるまい。
しかし、そんな夜のお勤めを経ても、ユリスティナには我が家が居心地いいのであろう。
「ここはな、何もかも自分でやらねばならない。城にいると、侍従たちが何もかもやってくれるからな。政務をするわけでもない私が、そんな生活に身を置いていたら堕落するばかりだ。それに、また何か理由をつけて結婚させられるかもしれない……」
「余としても、ホーリー王国にいると多分正体がサッとばれるからな。ガイが一瞬で見抜いたし」
「ザッハの正体がばれると、これはもう戦争になってしまうな」
はっはっは、と豪快に笑うユリスティナ。
笑い事ではない。
「マー!」
ユリスティナが笑っているので、ショコラもニコニコと笑った。
そうだな、笑っていいであるな。
「ザッハはショコラを前にすると、途端に顔が緩むなあ。その幻の下でも緩んでいるのか?」
「なにっ、余の顔が緩んでいる!?」
なんと言うことだ。
無意識であった。
いや、もう魔王ではないのだから、威厳などどうでも良いか。
かくして、そのようなやり取りを経て、我らは再びホーリー王国へ。
今日は、王国の魔法使いや技術者たちに、余が魔動バイクについてレクチャーするのである。
ユリスティナとショコラは、ラァムにローラ姫に王妃とお茶をしている。
ショコラはすっかり、宮廷の高貴な女子たちのアイドルである。
さて、余はレクチャーをせねばだな。
王国にある魔法研究所は、それなりの規模を持っている。
魔王軍と戦っている時、戦闘用の魔法を多く開発し、戦争において大いに貢献した場所なのだ。
余もお約束として、部下の魔族に何度か襲撃させたりしている。
よもや、その研究所で余が教鞭をとる事になるとはな。
「お集まりの諸君。余がゴールドナイトのザッハである。と言っても見た目は人間の様に見せているから信憑性があるまい。これはデモンストレーションである。ぬうん」
余は力を込める振りをして、ゴールドナイトの幻を被った。
周囲の魔法使い、技術者から、「オー」「オー」と感嘆の声が上がる。
これで彼らの心はばっちり掴んだ。
「今の、詠唱してなかったぞ」
「あの鎧は幻に見えるが、それにしても発生した魔力の量が尋常ではなかった」
「実体を持つ幻だぞ、あれは」
専門家たちが口々に言っておる。
だが、本題はそこではない。
「良いか貴様ら、注目せよ。これが魔動バイクの構造である」
余は中空に、魔動バイクの分解図を映し出した。
さて、これから、こやつらに魔動バイクのなんたるかを教え込んで行かねばな。
一方、余は同時進行で、王宮のお茶会にも意識を飛ばしていた。
ユリスティナのポケットに、オロチを忍ばせているのである。
今回言うことを聞かせるために、余は近々、オロチとデートをせねばならぬ。
『魔王様!! お茶会が始まりました!』
『よし、そのまま中継せよ』
『魔拳闘士の女がわたくしに気付きましたわ!!』
『またか! ラァムめ、魔闘気の流れに敏感すぎであろう』
『ユリスティナがごまかしていますわね。ショコラがクッキーをもぐもぐしていますわ。あ、食べる食べる。どんどん食べていますわ!』
『食べすぎはいかん。ご飯が食べられなくなるぞ。もしや食べさせているのはローラとフランソワ王妃ではあるまいな』
『その通りです!』
『ユリスティナに伝えよ! 晩御飯をちゃんと食べさせるために、お菓子はほどほどにするのだ!』
『分かりましたわ! ええい、この聖騎士女! よくお聞き!』
オロチの方で、ばたばたと騒がしくなった。
そうしている間にも、余の側では土から作り出した魔動バイクの模型を使い、実際に組み立てるフェイズに入っている。
土魔法によって即興で作り上げた、手のひらサイズのバイクである。
魔動バイク本体に使われている部品数はさほど多くは無い。
一番複雑なのは操縦桿からエンジン周りなので、ここは後日レクチャーする。
まずは構造の把握である。
「なんと精巧な模型だ。だが、これならバイクとやらの構造が良く分かるな」
「本当に馬で牽かないんだなこれ。だが、魔力で動くんじゃ、魔法が使えない奴にはどうしようもねえだろうに」
「何か、魔力の代わりになるものが使えないか? 魔力を秘めた石とかよ」
「ふむ、石に魔力を与えることならば、我が研究所では可能だ。これを量産できれば……」
「いいぞいいぞ」
盛んに議論が始まり、余は嬉しくなった。
ホーリー王国の魔法使いも、技術者も、皆優秀ではないか。
さすがは、あの人魔大戦を潜り抜けてきた猛者ばかりである。
ホーリー王国は義に篤い国であるからして、戦争の功労者を戦後、それなりの地位に留めたままだったのである。
どこぞのゼニゲーバ王国とは大違いであるな。
その結果が、余がもたらした新たな技術に対する貪欲な態度であろう。
生徒が熱心だと、先生としては嬉しくなってしまうな。
「ではこの模型は貴様らに貸与する。一週間の間をやるので、自分なりにいじってみて、改善案などを考えてみよ。何せ、この形は個人の魔力を吸収すること前提に作られているからな」
その後、大型のエンジン模型を作り出し、研究所の真ん中においておく。
これは繊細な構造をしているので、個人個人に預けると壊れてしまうかもしれぬからな。
それに、産業スパイがいられては困る。
「貴様ら、最後に問うが……この場にいる者は全員、顔見知りであるかな?」
「ああ、間違いない」
「人魔大戦を一緒に生き残った仲間だぜ」
よし。
「では、このエンジンに関しては機密事項とし、貴様ら以外の何人も触れることは叶わぬよう、封印を掛けておこう。そして万一、魔動バイク産業の秘密が外部に漏れ、商品化の前に他国で何らかの動きがあったなら……余が徹底的に追求せねばなるまいな」
「ひえっ」
その場に集まった者たちが、ぞっとした顔をした。
余が魔闘気をこの場を覆うように放ったからである。
ちなみにこれで、この場にいる者たちをスキャンしているのだ。
こやつらが持っている魔法の道具や、遠隔地と繋がった魔法とか無いかなーと。
おっ。
産業スパイ発見。
ここから遠くへ、通信魔法の糸が繋がっておる。
どーれ、逆探知してその本部をぶち壊してやろう。
後日、ゼニゲーバ王国の魔法学院の一部が爆発し、担当者多数がここ数日間の記憶を失うなどの被害を受けることになるのだが、それはまた別の話であろう。
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