第66話 魔王一家、自動馬車に試乗する

 余が、ちょこちょことホーリー王国に通うようになって三週間ほど。

 大まかなレクチャーは終え、後はそれぞれの状況に応じたケーススタディである。

 その日起こったことを聞き、対策について話し合うだけなので、日に一時間も行けば事足りる。


「ゴールドナイト殿。いよいよ試作機が完成しましたよ」


「ほう」


「ホーリー王国でのこの乗り物は、自動馬車となりました。二輪での制御や、機構を収納するスペースなどが難しかったので、四輪式の木造ボディになりましたが」


「なるほど。では、より多くの人間を乗せられるようだな」


「はい。いわば、ファミリー向けです」


 面白い。

 ホーリー王国製魔動バイクは、全く違うコンセプトを得て生まれ変わったのである。


「つきましては、試乗しませんか? ゴールドナイト殿は、ユリスティナ殿下とお嬢さんの三人家族でしょう。ちょうどファミリー向けというターゲット層にも当てはまりますので」


「おお!」


 それは願っても無い。

 自動的に動く乗り物は、ショコラも喜ぶかもしれぬな。

 余は帰った後、早速ユリスティナにこの話をした。


「自動馬車か! 不思議なことを考えるものだ。馬いらずで動く車など、想像もできないな」


 彼女は魔動バイクは目にしているものの、あれはユリスティナが知る乗り物と、あまりにも外見がかけ離れていたからな。

 とりあえず乗りに行ってみよう、ということで話はまとまった。


「マウマウー」


「そうだな。ホーリー王国だなー」


「ピャァー、マウマー」


「何、どうしたのだ」


「これは、姉上や母上に会いたいのかもしれないな。ちょっと呼んでこよう」


 王国に到着してすぐに、ひとっ走り一国の王妃や王女を呼びに行くユリスティナである。

 そしてすぐに、フランソワ王妃がユリスティナに抱えられて運ばれてきた。


「ユリスティナ、早すぎるわ……! 目が回っちゃった」


「母上のドレスでは、時間が掛かりすぎますから」


 王妃が小脇に抱えられて登場したので、王国の魔法研究所はちょっとした騒ぎになる。

 まさか、試乗に王妃まで加わるとは思っていなかったのだろう。

 余も思ってなかった。

 ということで、自動馬車に乗り込むのである。


「ふむ、見た目は幌馬車なのであるな」


「ええ。ただ、普通の馬車ほど中は広くありません。動力機関が思ったよりも大きくなりまして」


 なるほど、中身を覗いてみると、馬車のスペースは半分近く、謎の機械で占められている。


「むき出しでは危なくはないか?」


「熱を逃がすためなんですが、言われてみればそうですね」


「よし、見ておれ。熱はこのように、横や後ろにスリットを作った覆いでだな。走れば風がこのように入ってくるから、動力機関の熱も冷めるであろう」


「おお、なるほど!!」


 余は土の魔法で、陶器製の覆いを作ってみせる。

 これはかなり重いのだが、熱に強く、内部に気泡を作ってあるため、上に座っても熱くなりづらい性質を持っている。

 乗用として自動馬車を売り出すなら、こういった工夫は必要であろう。

 研究者たちがメモをするのを横目に、早速試乗を開始した。


「あら、思ったよりもちゃーんと馬車みたいになっているのねえ」


 率先して乗り込んだフランソワ王妃。

 座席の様になった陶器部分に腰掛けた。


「ショコラちゃんいらっしゃい」


「マウー!」


 ユリスティナに持ち上げられて、馬車の中へ送り込まれたショコラ。

 立ち上がって、トテトテと王妃の下へ歩いていく。


「まあ! もう自分のあんよで歩けるのね!」


「ピャ!」


 王妃に抱っこされて、ご満悦のショコラである。


「ユリスティナ、王妃、赤ちゃんの扱いが上手くはないか?」


「ああ。実はあの人、乳母や教育係に任せきりにしないで、自ら子どもに育児や教育をするのが趣味だったのだ。私の刺繍は母上仕込みだぞ」


 何とも珍しい王妃もいたものだ。

 だが、ホーリー王国は他国との交流がさほど多いわけでもない。

 王妃の役割は、他の国ほど多くないのであろう。


「ショコラちゃんがもう少し大きくなったら、ダンスや刺繍を教えなくてはね。それと、お歌に手紙の書き方……」


「……すっかりおばあちゃん気分であるな」


「母上にとっては初孫みたいなものだからなあ。ほら、私たちも行くぞ」


 ユリスティナに促されて乗り込むのである。

 大人三人、赤ちゃん一人が入るっても、あと一人くらいは入れそうである。

 工夫次第で、荷物を詰める構造にもできるだろう。


「ほう、操縦するのはこの棒を使うのか」


 本来なら御者の席となる場所に、一本の金属の棒が突き出していた。


「はい。これを引き寄せると動力機関が動きます。一度動くと、歯車が切り替わりまして。前に倒して加速、後ろに引いて減速。左右に倒すとその方向に曲がります。速度が完全になくなると、動力機関も停止します」


「ほうほう」


 実際にやってみようではないか。

 この棒、さしずめ自動馬車を操縦する為の、操縦桿であるな。

 ぐいっと引いてみると、後ろの動力機関がぶるるるっと音を立てて動き出した。


「あら、お尻の下で何かが動いたわ」


 びっくりするフランソワ王妃。


「マウ!」


 ショコラは動力機関が生む振動に興味津々である。

 王妃の手から座席に下りて、ぶるるるっという振動を自ら体験する。


「マママママママ」


「ショコラが震えてる」


「あんまり揺らすと、よくなさそうねえ」


 王妃に言われて、ユリスティナがひょいっとショコラを抱き上げた。


「マーウー!」


 抗議するショコラ。


「仕方ないなあ。ちょっとだけだぞ」


 ユリスティナは、ショコラを堰の上に座らせた。


「マママママママ」


 すっかり楽しんでおるな。

 舌を噛まないようにするのだぞショコラ。


「よーし、出発である」


 余は操縦桿を前に倒した。

 ゆっくりと、自動馬車が走り始める。

 研究所の門が開き、そこから中庭を抜ていく。

 研究所は中庭を通じて城と繋がっているため、たくさんの使用人たちが自動馬車を目撃することになる。


「なんだあれ」


「馬がいないのに馬車が動いてる」


「あれ? お、王妃様!?」


「ユリスティナ様も乗っておられる!」


 お城の人々が野次馬となって集まってきた。

 王妃はニコニコしながら、皆に手を振る。

 ショコラも王妃をよじ登ってきて、彼女の肩口からちょこんと顔を出した。


「マウー!」


 最近覚えた、バイバイをするショコラ。

 野次馬たちの顔が緩んで、みんなバイバイを返してきた。


「楽しいものねえ。これでどこまでいくのかしら」


「今日は、王国の城下町をぐるりと一周してみるのだ」


「あら、それは楽しみだわ」


「操縦も簡単そうだな。ザッハ、途中から私にもやらせてくれ」


「良かろう」


 かくして、自動馬車第一号はお城の回廊をゴトゴトと走り、門を潜り抜けていく。


「お気をつけて!」


 門番に見送られる。

 優雅に手を振る王妃。

 真似をするショコラ。王妃を見ながら、ちょっとゆっくり目にバイバイをした。


「ショコラちゃんはなんでも、すぐに覚えてしまうわねえ」


 ニコニコしながら、王妃はショコラの頭をなでなでした。

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