第67話 魔王一家、自動馬車で城下町を巡る

 城門を出ると、後を馬に乗った兵士がついてくる。

 フランソワ王妃の護衛であろう。

 立派な騎馬兵に囲まれ、自動馬車はやんごとなき方のための車みたいになってしまった。


「皆様、ご苦労さまです」


「マウマウー」


「はっ!」


 王妃とショコラに労われ、敬礼する騎馬兵たち。

 フランソワとショコラ、すっかりおばあちゃんと孫であるな。


「ほら、ショコラちゃん。あちらにあるのが、ホーリー王国大神殿よ」


「ピャー」


「そうねえ、大きいわねえ」


「ショコラ、よだれが出ているぞ。母上、ちょっと失礼」


 ハンカチで、ショコラの口元を拭くユリスティナ。

 ついでに、鼻もかませた。

 ちーん、と音がする。


「うむ、上手にお鼻がかめたではないか」


「ショコラは鼻をかむのが上手くなったんだ。私が教えたんだぞ」


「やるものだ……!」


 ユリスティナの教育もなかなかのものだな。

 フランソワはニコニコしている。

 自動馬車が道を行くと、なんだなんだと、国の民が顔を出すではないか。


「馬も無いのに馬車が走ってる!」


「ユリスティナ様がおられるぞ!」


「王妃様もだ!」


「ユリスティナ様ー!」


 わーっと手を振る国民たち。

 ラァムにファンケルと戦った時と言い、今回と言い、ホーリー王国の民は何気にお祭り好きであるな。

 皆に見送られながら、道を行く。

 コトコトと走っていくと、王都の壁が見えてきた。


「この壁を左に曲がってちょうだい。右側は壊れた所ばかりだから、ショコラちゃんには退屈だと思うわ」


 王妃の道案内である。

 戦争の跡が残り、まだ再建作業が続いている地区なのであろう。

 見た目は面白いかも知れぬが、教育上、赤ちゃんには見せなくてもよいであろう。


「では、こちらは楽しいものがあるのか?」


「ええ。運河があるの。船が見られるわよ」


「それは良い!」


 余は自動馬車を操作し、左折させる。

 すると、正面から水の匂いがし始めた。

 なるほど、ホーリー王国には運河が走っているのだな。


「城壁のところで、一応検問はあるのだ。船を使って、外からの荷物を運び込んだりしているのだぞ」


 御者台に身を乗り出して、ユリスティナが説明してくれる。


「マーウ、マウマウ、マーウ!」


 ショコラが騒ぎ出した。

 なんであろう?


「あらあら、ショコラちゃん、御者台に行きたいみたい。ザッハさん、操縦しながらショコラちゃんを抱っこできるかしら?」


「ククク、余に任せよ。容易いことだ」


「いや、ながらで抱っこはいけない。私が操縦しよう。ザッハはショコラを抱っこしているように」


「あっ」


 余は横から割り込んできたユリスティナに、お尻で弾かれてしまった。

 仕方ないので、ショコラを抱っこして操縦桿の隣に座る。


「ピャアー」


 ショコラが手をばたばたさせて興奮している。

 眼の前を、荷物満載の小舟が行ったり来たり。

 船頭たちは、近づいてくる自動馬車を不思議そうに眺めている。

 余が彼らに向けて、ショコラを高い高いした。

 ショコラが、両手をわーっと振り回す。

 船頭たちの顔がほころんだ。


「赤ちゃんが手を振ってら」


「おーい!」


「おーい」


 船頭たちが手を振り返してくる。


「ピャー!」


 ショコラもご満悦だ。


「マウマウマウ、マウマーウ!」


「どうしたのだショコラ? 興奮しているな」


「ショコラちゃんは、お船に乗りたいのよね。今度、わたくしと一緒に乗りましょうか」


「ピャー!」


 ぬうっ。

 フランソワ王妃、すっかりショコラと心が通じてしまっているではないか。

 何ということだ。

 これが母親をやった者の力だと言うのか。

 ベーシク村の奥さんたちと言い、王妃と言い、まだまだ余には届かぬ技を持っているものだ。

 すごい。


 運河を渡る船は、次々と王都の奥にある倉庫へと向かっていた。

 ほう、ここは倉庫群なのであるな。

 集められた物資が、仕分けられて荷馬車に乗せられ、ある物は仕舞われて、あるものは市場へ向かっていく。


 車を牽きながら、荷馬が近づいてきた。

 ブルルーっと鼻息も荒く、ショコラに近づいてくる。


「ピャア」


「うむ、お馬さんであるな」


「ピャピャ」


 ショコラがお馬に手を伸ばす。

 危ない危ない。

 だが、お馬は舌を伸ばすと、べろりとショコラの手を舐めた。


「ピャアー!」


 びっくりするショコラ。

 馬の唾液で濡れた手を、顔の前まで持ってきて、「マー!」そうだな、臭かろうな。

 いやいや、しかしだ。

 王都に来て、ショコラは色々な反応をするようになったな。

 ベーシク村でゆったり育って、皆と共に育っていく暮らしも良いものである。

 だが、時にはこうして外に出て、様々な刺激を受けるのも良いものであろう。


「ふふふ、ショコラには初めてのことばかりだな。どうだ? ホーリー王国は楽しいか、ショコラ?」


「マウ!」


 王妃のハンカチで手を拭いてもらいながら、元気にお返事するショコラなのである。


 やがて倉庫を過ぎて、荷馬車と一緒に走ることになる。

 皆、馬がいない自動馬車が珍しいようだ。

 ちらちらと覗いてきて、御者台にユリスティナ、後ろに王妃が乗っているのを見ると、ギョッとする。

 それを、騎馬兵が「覗いてはいかん、覗いては!」と追い散らすのだ。


「うふふ、楽しいわねえ。めったにこういうお散歩なんてできないもの」


「母上だけでは危ないですからね。でも、今日は私とザッハがいるから、安心されると良い」


「うむ、ユリスティナは強いし、余だってなかなかのものであるからな」


「マウ!」


 ショコラもアピールしてくる。

 そうであるなー。ショコラもいるなー。


 自動馬車はそのまま、市場を走る。

 たくさんの注目を浴びながら、のんびりコトコト、馬のない馬車が道を行く。

 速度はそれほど出ないようだ。

 だが、人間を三人載せて、小走りくらいの速さなら十分であろう。

 馬車とそう変わりはしない。


「ピャワワワワ」


 ショコラが大きなあくびをした。

 眠くなってしまったようだ。

 今日は色々興奮して、疲れたのであろう。


「おねむなのね。風に当ててはいけないわ。貸してちょうだいザッハさん」


 王妃がショコラを抱っこして、子守唄を歌い始める。

 いや、見事な歌声である。

 ショコラはむぎゅっと王妃にくっつくと、ぷうぷう寝息を立てながら眠ってしまった。

 続く子守唄と共に、自動馬車は研究所へと帰っていったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る