第十章 魔将オロチの恋愛指南

第68話 魔王、オロチと女の子の交流を目撃する

 ホーリー王国建て直しも軌道に乗ってきた頃合である。

 最近では、余の代わりにベリアルを派遣し、技術指導を行わせている。

 このところ仕事が無かったベリアルは、嬉々として人間たちに魔動機器の技術を教えているようである。

 じきに、あの自動馬車はもっとかっこいいスタイルに変わるであろう。


「ただいま。ブリザードとフレイムは勤勉に働いていたな」


 帰宅したユリスティナが、村で見かけた四魔将の話をする。

 ブリザードとフレイムの姉弟は、戦い以外はてんで苦手であるからな。

 この機会に村人と共に働かせ、協働の精神を養うのだ。


 ちなみに器用なパズスは、子ども園で仕事をしたりしておる。

 四魔将たちも順調に、人間社会に溶け込んでいるのだ。

 一人を除いてだが。


「マウー」


『まっ、わたくしの尻尾を鷲づかみにするなんて! おやめなさい赤ちゃん!』


 窓辺で日向ぼっこをしていたオロチを、ショコラが捕まえる。


『キイー! 魔王様の命令さえなければ、赤ちゃんドラゴンなんて……!』


「ピャア」


『ひえー! わたくしの尻尾は食べ物ではありませんわあー!!』


 オロチが悲鳴を上げているので、余はショコラの後ろに回り、こちょこちょした。

 ショコラがキャーッと言いながら笑い出し、オロチを手放す。

 そこでオロチを回収である。


『助かりましたわ……! ありがとうございます魔王様!!』


「オロチよ。貴様、いつまでも家でごろごろしているから、ショコラのおもちゃになってしまうのだぞ? たまには村を散歩でもしてきてはどうだ」


『ええー。人間どもの村をですか? わたくし、興味が……』


「魔族と人の戦いは終わったのだぞ? これからは共存の時代がやってくるのだ。そもそも、ベーシク村には魔族の子どもも住んでおろうが」


『それはそうですけどお』


「これは命令である。村をお散歩し、ちょっとは体を動かして来るのだ」


『はぁい。分かりましたわ……!』


 余の命令には絶対服従のオロチである。

 渋々ながら頷いた。

 蛇の姿のまま、ちょろちょろと外に出て行く。


「蛇のままでは踏まれてしまうぞ」


『だったら大きくなりますわ!』


「大きくなったら村人が驚くであろうが。魔族の姿に変わって行くのだ」


『はぁい』


 ドレス姿の女に変化し、覇気のない様子でとぼとぼ歩いていくオロチ。

 心配であるなあ。

 余は自分の髪を一本引き抜いた。

 これに、ふっと息を吹きかけ、魔力を込める。

 すると、髪の毛は小鳥に変わった。

 余の即席の使い魔である。

 名を、そうだな。

 ガルーダとでもしておこう。


「ガルーダ、余と貴様の感覚を繋げる。オロチを見て参れ」


『ピピッ、かしこまりまちた』


 ガルーダは小鳥の姿で敬礼すると、ばたばたと飛び立ったのである。





 村の舗装されていない道を、トコトコと歩くオロチ。

 彼女の真っ赤なドレス姿は、村では大変目立つ。


「すげえべっぴんさんが歩いてる」


「誰だ、あれ」


「素敵なドレス……!」


『わたくし、注目されていますの……? 魔王様ならともかく、人間どもに注目されても……。ううっ、視線がわずらわしいですわ』


 オロチはそそくさと木陰に入ると、姿を変えた。

 人間を魅了するような妖艶さを和らげ、衣服は村人っぽいものに。

 長い髪をひっ詰めて、後ろで結ぶ。


「これでよし、と」


 ほうほう、人間の姿でも、魔力を抑え込むことを覚えたようではないか。

 すっかり普通の人間のようになっている。

 声に掛かっていたエフェクトも消えた。

 まあ、それでもこやつ、人間としては美女の類である。

 注目の度合いは減っても、まだまだ人の目を惹き付ける。


「まだ視線を感じますわ」


 オロチは首を傾げつつ、人気の少ない所へと歩いていくのであった。

 そもそも、このような中規模の村では、住民全員が顔見知りであるからな。

 新顔であるオロチが注目されぬはずがない。


 しばし歩いた先は、道も消え、村を囲む塀と茂みばかりが見えるようになっている。


「ここまで来たら安心ですわねえ。本当、視線がわずらわしいったら」


 オロチはぶつぶつ言うと、一休みするのにちょうどいいところを探し始めた。

 その時である。


 くすんくすん、と、誰かが泣く声が聞こえてきた。

 オロチが顔をしかめる。


「まだ人がいますの?」


 思わず声に出してしまったようだ。


「だ、誰!? 誰かいるの?」


 泣き声の方も、オロチの声が聞こえたようである。

 そこにいたのは、余の弟子たちよりもちょっと年上っぽい娘である。


「いますわよ。わたくしですわ」


「……誰?」


「誰と問うなら、自分から名乗るのが礼儀でしょう」


「ご、ごめんなさい」


「なんで謝りますの?」


 オロチがイライラしておるな。


「アウローラだよ。あなたは、村で見たことがない人……」


「オロチですわ。人間の村なんて歩きませんもの。見たことないのも当然でしょう」


 ふん、とオロチは鼻を鳴らす。

 アウローラは、一見して怒っている風なオロチに首をすくめる。

 あれだぞ。

 オロチはツン気質かつ、人見知りが大変強いので、初対面だと一見して怒っているように見えるのだ。

 これは、アウローラが怯えて逃げてしまうな、と余が思った時である。


「人間の村……? っていうことは、ザッハさんのお友達?」


「えっ!! 分かりますの!?」


 いきなりオロチの声色が変わった。

 余の名前が出たからなー。


「う、うん。ザッハさん、人間じゃないお友達がたくさんいるでしょ。だから、変なこと言う人はみんなザッハさんのお友達だと思って。あと、あなた、なんかザッハさんに雰囲気似てるし」


「似てますの!? うふふ、うふふふふふ……。参りましたわねえ」


 顔がにやけて、照れるオロチ。

 貴様、印象変わりすぎであろう。

 これを見て、アウローラもちょっとホッとしたようだ。

 うむ、それ、オロチの素の姿であるからな。

 そしてここで、アウローラは恐るべき勘でオロチの深いところを察知したのである。


「もしかしてあなた、ザッハさんが好きなの?」


「!?!?!?!? な、なななななななっ!? どどどどど、どうしてそれを!? ま、まさかあなた、心を読んでいるのでは!?」


 分かり易すぎる!

 途端にうろたえだしたオロチを見て、アウローラは微笑んだ。


「うん、分かるよ。だってあたしも、好きな人がいるもん。だけど、その人はちっとも気が付いてくれないの」


 なん……だと……?

 これは、これはまさか。


「恋バナ……ですわね?」


 オロチが、その両目をギラリと光らせたのであった。

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